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私と日記

 計画の内容を知っているのはこっちの世界では武山さんだけだ。とはいえ病院から着の身着のままで拉致された私が携帯なんて持ってるはずもなく、当然彼女の連絡先などわからない。

 こんな事なら昨日武山君と話したときに詳しく聞いておけば良かった。理解できないまでも大体の流れくらいわかっただろうに。

 今更後悔しても後の祭りである。となると出来る範囲で調べるしかない。幸いにも今私がいるのは首謀者の寝起きしていた寝室だ。すでに物色された後だけど私が求めているのはデータではなく計画書、もしくはそのヒントになるものだ。ハルネ先輩達が見落としている可能性は高い。私は部屋の物を調べてみる事にした。途中、ハクさんがコンビニで買ったらしい弁当を持ってきてくれた時はどうゴマ化したものかと悩んだが、整理しつつだったのが幸いして片付けをしているのだと思われたようだった。

 そうして一目でそれとわかるほど荒らされた部屋が半分ほど片付いた頃、ようやく手がかりになりそうな物を発見した。

 それは日記だった。

 ハードカバーの本とまったく同じ造りに魔術の本と思しき別の表紙を被せているのでパッと見ではそれとわからない。ただ、読まれて困る内容ではないのか、開いて見ると中は普通に一日一ページ進めるタイプの日記帳になっていた。

 最初の日付は今年の四月七日。私と兄が高校に入学した日だ。

 書かれている内容は思ったとおり他愛もない事ばかりで、友達とどこに遊びに行ったとか、どこそこのお店でこんな服を買ったとかのごくありふれた日記だった。あんまり普通すぎて逆に違和感を覚えるくらいだ。


 これを本当にあの子が書いたの?


 私の中の真夏Bのイメージは超然としていて、常に思わせぶりな言動と行動をとる、いかにも魔術師といった女だ。

 けれど日記の中にいたのは友達との会話で一喜一憂するようなどこにでもいる普通の女の子だった。もっと魔術の考察とか事件の事とか書いてあるのを期待していただけに肩透かしをくらった気分になる。

 ところが読み進める事数十分。日付にして二ヶ月余り進んだ時、何の前触れも兆候もなく突然様子が変わった。いや、それどころじゃない。文字の書き方や文章の癖まで、まるで別人のように変化していたのである。


 なるほど。ここが中身の入れ替わった日――――篠宮真夏から白金真冬になった日ってことか。


 日付は六月五日。書かれているのはごく簡潔な自己紹介と『これを読んだら次のページに返事をください』という嘆願だけだった。

 その短い文章に込められた意味にどきどきしながらページを捲る。すると再び元の篠宮真夏の字に戻っていて、私はその内容に眉をひそめた。そこには震える文字でただ『ごめんなさい』とだけ書かれていた。日付を見ると七月二日となっている。武山君の話では真夏Bは六月の記憶がほとんどないという事だったので時系列的には合っている。たぶんこれは亡くなった白金真冬に向けられた言葉なんだろう。

 日記はそこで終わっているようで翌日のページには日付すらも入っておらず、何も書かれていない中にぽつりと漂う謝罪の言葉は酷く心許なく見えた。まるで存在するのも申し訳なくて隅に縮こまっているみたいだ。

 言いようもない感情が体の内側に沸き起こってざわざわと蠢き回る。これが彼女の動機だろうか。

 聞いた時はあまり深く考えなかったけれど、改めて彼女の見た状況を考えてみると、気が付いたら一ヶ月もの間記憶がなく、更に自分を助ける為に見ず知らずの他人が建物の屋上から落ちていくのを目撃したという事になる。

 そして後日、一通りの状況を理解し、気持ちを整理しようと日記を開くとそこには自分を助けてくれた恩人が自分にコンタクトをとろうとした形跡が残っているのだ。

 彼女はそれをどんな気持ちで見たのか。震えた文字の曲線にその答えがあるような気がして、私は指で文字をなぞった。

 コンッ、コンッ。

 不意に背後から硬い音がして勢い良く後ろを振り返る。別にやましいところはないのだが、他人の日記を盗み見るのは褒められた事ではないので反応が大げさになってしまったのだ。いや中身的には自分の日記と言えなくもないんだけど。

 音の元を辿り部屋の中を見回すと、窓から差し込む光に人影が映りこんでいるのに気付いた。窓を見ると部屋の入り口から死角になるような位置に隠れて武山さんがこちらに手を振っていた。

 入り口から廊下を覗き、ハルネ先輩達がいないのを確認してから窓を開く。


 何やってんの? ていうかよくここがわかったね?


「ああ、言い忘れてたけどその服、介護用のだから」


 介護用だと場所がわかるのか。ああ、徘徊する人用か。何故そんなものを着せられているのか威力的に問い詰めたい。

 けれど正直を言えば少しほっとしているのも自覚していた。ハルネ先輩もハクさんも元の世界と同じ外見はしているけれど、こちらとあちらではやっぱり別人だ。見た目が違くて中身が残念ながら同じである武山さんの方が事情がわかっている分安心感があった。丁度聞きたい事もあるしな。


「にしてもなんで篠宮ん家を知ってるんだ? 君の世界とじゃ住所が違うだろ」


 彼女もここが真夏Bの家だというのは知っていたらしい。私はここに来た経緯と今の状況をざっくりと説明した。

 拉致されてそのまま連れて来られた事、私自身はこの場所の事すら知らなかった事、途中聞いた彼女らの目的等々。そして最後に今しがた読んだ日記の事を伝えると、武山さんもその存在は知らなかったようで見せるように言ってきた。


 他人の日記を読むのはいけないと思います。


「君だって本人とは言えないだろ。オレなら白金の書く文字は記憶してるから、少なくとも真贋の判定は出来るよ」


 ふむ。真贋の判定が必要かどうかはさておき、詳細を知らない私よりは実際に行動を共にしていた武山さんが見た方が日付の確認とかも出来るし良いかもしれない。

 私は窓際を離れて日記を手に取ると、六月五日のページを開いて武山さんに手渡した。

 自分のじゃないので見られても構わないのだが、普通に普通の女子高生の日記なので、他のページを見せるのは良心が咎めたのだ。

 武山さんはそのまま受け取ってそのページを一瞥すると「確かに白金の字だな」と呟いて、私の意図を汲む事なくパラパラとページを捲り始めた。入り口を警戒しつつ横目に見ていた私が耳元で舌打ちをしても素知らぬ顔だ。とはいえ自分も盗み見てしまった立場なので声高に糾弾する事も出来ず、罪悪感にもやもやしながらただただ見張りを続けた。


きりが悪い気もしますが今回はここまでで。

ご覧いただきありがとうございました!

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