私とオチ……
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翌朝、目覚めると目の前に美人さんがいた。
化粧気のない肌はまだ二十歳前後と思われるけれど敢えて言おう。美少女ではなく、美人さんである。
この世のものとは思えないほど整った顔と尖ったアゴがシャープな印象を与え、黒く長い髪をポニーテールにまとめた、凛とした感じの和風美人さんがベッドの端に頭を乗せて眠りこけている。
知らない人……だよねぇ?
確信とまでは言わないが女の子好きを自負する我が誇りに賭けて、こんな美人さん一度見たら忘れるはずがない。
では何故見知らぬ人が私の部屋にいるのか。
その答えはわからなかったが、美人さんから少し視線をずらすと納得のいく状況である事に気がついた。
私の部屋じゃない?
そこは見慣れた私室ではなく、白を基調とした壁に囲まれた飾り気も何も、ベッド以外には家具すらない不思議な部屋だった。
記憶をたどってみても自分の足で入って来たという記憶はない。ただそこがどういう場所かは匂いでわかる。病院だ。
でも、何故?
昨晩の出来事は鮮明に覚えている。兄をしばき倒してお互いに情報交換をし、母が帰ってきてからは普通に過ごして、そして両親が寝静まった深夜に真夏Bと話した。その途中で私は急激な眠気に襲われてそのまま眠ってしまったわけだけど、その直前に彼女が言った事も覚えている。
――――おやすみなさい、篠宮真夏。よい旅を――――
妙な台詞である。寝る前の挨拶としては明らかに間違っている。
けれど今の状況を照らし合わせると不本意ながらなるほどと納得してしまう台詞でもあった。
あいつの仕業か。
間違いないだろう。他にこんな事をしそうな人物といえば武山君もいるが、私が寝落ちた時に近くにいたのが真夏Bである以上、彼女が無関係というのはあり得ない。彼女の単独犯かもしくは武山君との共犯の二択だ。
共犯だった場合、武山君には死んでいただこう。実際に殺して私が社会的に抹殺されるのは御免なので私の世界から精神的に抹殺するだけだが、愛する真冬に良く似た私から無視されるのだから彼にも多少はダメージがあるだろう。
単独犯だった場合はどうするか。いやまあ、私が迂闊だったというだけの話なんだけどさ。やられたらやり返すのが礼儀じゃない?
とそこまで考えてふと気付く。
なんで病院……というか、どうやって?
人一人搬送するというのは大変な労力だ。姉の腕力が私より弱かった事を思い出しても一人で運び出したとは考え難い。
普通に考えれば救急車とか車で運ばれたと考えるべきだが、そうなると大事だ。少なくとも両親には知らせなければならないし、救急車ならご近所にも知れ渡る。
どちらにしても両親が知っているのだから付き添いは父か母でなければおかしい。百歩譲って姉という可能性もないではないが、実際に隣にいるのは初対面の美人さんである。
美人さんである。
くぅーっ、初対面でなければ軽く辱めて赤面する可愛い生物にクラスチェンジさせてやるのに!
いくら私でも見ず知らずの人にいきなり破廉恥行為を働いたりはしない。捕まりたくないもん。
けれどこの状況。考えられるとしたら私が何らかの事故にあって記憶がちょっと跳んでるというケース。その場合であれば彼女の正体は事故の加害者という事になる。
この可能性はあまり考えたくないな。
美人さんと事故った瞬間を覚えてないなんて一生の不覚過ぎる。
というかそもそも病院に搬送された割にはどこもおかしな感じはしない。
寝返りを打って確認してみても痛みがないのはもちろん麻酔が効いている感じもしないしギプスのようなものもついてないみたいだ。
どこか違和感があると言えばあるのだけど、それがどこかはわからない。
わからないという事はわかり難いという事だ。外傷ではなく内部的なものなのかもしれない。
内面…………インプラント…………?
背中に嫌な汗が滲んだ。
病院だと気付いてから考えまい考えまいとしていたが、私が真っ先に連想したのは白金真冬の父親、白金徹の病院だ。こちらの世界のその人が何をしているかは知らないけど、それほど違いのない世界という話なので医者をやっている可能性は高い。
とすると目の前の美人さんは武山君と白金真冬に協力していたという看護師さん?
いやいやいや、落ち着け私。武山君はおばさんと言っていた。いくら武山君の性格がアレだからと言っても二十歳そこそこで協力関係にもあるお姉さんをおばさん呼ばわりなんてしないだろう。それに彼女が着ているのは半そでのYシャツだ。ナース服という奴ではない。誠に遺憾である。
となるともはや思い当たる人物はいない。やっぱり加害者なんだろうか。
う~ん、わからん。
というか考えてわかるもんでもなし、彼女が起きれば事情も聞けるだろう。
と、そんな事よりもおしっ……じゃなくてお花摘みに行きたいですわ。
美人さんを起こしてしまいそうで我慢していたけれど、寝る前に紅茶なんて飲んだせいか早々に我慢の限界に近づいてきている。
起こさないように極力気をつけつつそっとベッドを抜け出し、いつの間にか着替えさせられている事に驚きながら病室を出ると左右に長い廊下が伸びていた。
人がいない…………。
入院経験がほとんどないので朝方の病院がどんな感じかとか知らないけれど、太陽が昇っている時間に病室がずらっと並んだ廊下に人っ子一人いないなんて有り得るんだろうか。
シンと静まり返った建物内は無機質な造型と相まってどこか廃墟のような雰囲気を漂わせている。
い、いけない、これはお漏らしフラグだ。
病院的な建物の廃墟に正体不明の美人さんと二人きりとかどんなB級ホラーだよ。
いや、べ、別に怖くねーし。お漏らしとか高校生にもなってするわけねーし。
まあ、あれだ。ここにいても何かわかるわけでもないんだし、早く済ませてさっさと元の部屋に戻ろう。うん、そうしよう。
あまり気持ちに余裕はないけど戻れなくなったら嫌だから慎重に部屋の場所を確認してっと。とりあえずおトイレらしき入り口の見える辺りへ向かって足早に歩き始めた。
と、そこで再び違和感を覚える。
今度ははっきりとした違和感。それは女の子の口で言うのはちょっとはばかられる部分だった。
驚いて立ち止まり、周囲に誰もいないのを再度念入りに確認してからその部分に触れてみる。
恐る恐るだったのでそれなりに加減したはずなのだけど、つかんだ瞬間そいつはくぐもった痛みを肺の下まで伝えてきた。
うだっ…………っ!
お腹を殴られるのにも似た衝撃に思わず座り込んでしまう。
ほんの少しの間だけ尿意すらも忘れ、私は呆然と床にへたり込んでいた。
嘘だ…………ウソだうそだウそダウそダウソダうソダウそだうソダウソだウそダうソダうそだウそだウだそうだウだソだうソだうダソうだそうダうそダそだウだそダうだそうだうソウダそうそダ…………っ!!!!
真っ白になった頭を否定の言葉が埋め尽くし、救いを求めた視線が宙を漂う。その目がトイレと思しき入り口を再び捉えた時、私は我知らず駆け出していた。
数十mの距離を一気に駆け、入り口に体当たりするように突っ込みつつ壁に赤い御手洗いの印を確認してそのまま個室に飛び込む。狭い空間の中で呼吸を整えて心を落ち着け、大丈夫、大丈夫と自分でもよくわからない呪文を唱えながら、寝ている間に着替えさせられたとばかり思っていた病衣のズボンに手を掛け一気に下げ降ろした。
にぁぁあああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!
見るのは小学校以来だろうか。私は自分についているはずのないグロテスクな器官が股間に生えているのを目の当たりにして、ここが病院だというのも忘れて思いっきり絶叫したのだった。
遅くなりまして申し訳ございません。こちらは先週分になります。
今週分も今日中には投稿する予定ですのでしばしお待ちください。




