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オレと同類

いつもより少し長めです。

「お待ちしておりましたわ、お客様」


 嬉し気に、本当に楽しそうに橘先輩が手をわきわきさせてこちらへ近づいてくる。


「私見張りしてるね~」


 スカートでチアリーダーを連想したが、上と合わせると魔法少女のようになった弥生先輩が何やら申し訳なさそうな視線を残して大道具の陰から去っていく。

 こいつら三人グルか。良い先輩方である。妹の高校生活が心配でならない。

 とはいえオレだってメイド服は嫌いではない。否、むしろ好きだ。もちろん観賞という意味でだが、それは自分が着ても気持ち悪いだけだからだ。しかし今は違う。今のオレは見た目だけなら世界一カワイイ。中身がオレなのは残念だがそこは目を瞑ろう。オレはカワイイ。カワイイ娘がカワイイ服を着るのは義務である。故にオレはこの手に持ったメイド服を着る義務があるのだ。

 うむ。その気になってきた。さて、自己暗示してみたがどうだろうか。間違ったこと言ってるか? 大丈夫だな? よし。

 さあ橘パイセン、煮るなり焼くなり好きにするがいい。


「はい終わり」


 って早っ!

 いつの間にか制服を脱がされ、気がつくとメイド服を着せられてたよ。マジシャンかこの人。プリンセスタチバーナとか呼んじゃうぞ。


「篠宮ちゃんはコルセットも必要ないしね。あとはこっちのニーソをガーターで吊って…………」


 と不穏な単語を交えて橘先輩が仕上げの説明をしてくれている最中、ガラガラッというやけに派手な音を立てて誰かが部室に入って来た。

 外の部員達が騒いでいる声を拾ってみると、どうやら入ってきたのは渡会部長のようだった。

 やがて喧騒が静まり始めた頃、ツカツカと高い足音を立てて何者かが近づいてきたかと思うと弥生先輩とその何者かの会話が聞こえてきた。


「ここは今男子禁制だよ~」

「中にいるのは篠宮か?」

「うん」

「篠宮。衣装のままでいいから早く出て来い。会議を始めるぞ」


 どうやら渡会部長だったようだ。

 オレはガーターベルトのつけ方を教えてくれる橘先輩の講義の隙間に返事をする。

 衣装でいいならこのまま出てもいいような?


「あきまへん。生足はあきまへんえ、篠宮ちゃん」


 なぜ京都弁?

 よくわからんが先輩に止められたので大人しく従い、教えてもらった通りにガーターを巻いてニーソックスに足を通す。


「なんか今日の篠宮ちゃんは大胆だよねぇ」


 途中そんな事を言われてドキリとしたが、どういう意味か尋ねる前に早く着けてと急かされて聞けなかった。

 ニーソックスを履き終わり、ガーターで吊って橘先輩にバランスを見てもらった後、二人揃って大道具の陰から出て行くとすでに会議が始まっていた。

 いつの間にか長机が出されて黒板を囲むように五人が座り、黒板側に先ほどはいなかった切れ長な目をした眼鏡の男子が立っている。

 あれが渡会部長か。

 噂ばかり先行して聞いていたのでどんな変質者かと思ったら生徒会長でもやっていそうな堅いイメージの見目麗しい男だった。

 その渡会部長と先ほどオレの呟きに答えてくれたガタイの良いマッチョな先輩だけが立ち上がり、意見を戦わせている。


「だいたいミスコンなんて高校でやるとこないぞ」

「何を今更。ミスコンの必要性は各部活動に対して行った非公式投票にて明らかになっている」

「なってねぇよ。その結果だってお前しか知らねぇだろうが」


 舌戦を繰り広げる二人の間は白熱し過ぎて入り込む余地がないらしく他の四人が傍観者と化していたので、オレと橘先輩は部屋の隅に立てかけてあったパイプイスをとってきてしれっと会議の輪に加わった。


「わ~、やっぱり似合うね! 着てみた感じはどう? 違和感ない?」


 席につくなりオレにメイド服を手渡したブカブカ制服の先輩が感想を聞いてきた。会議に参加する気はないようだ。

 着てみた感想と言われてもまだ鏡も見てないので着心地くらいしか言えないのだが、着慣れない感があって恥ずかしいのを除けば特に違和感はない。素直にそう伝えると先輩はふむふむとわざとらしく頷いてメモを取り始めた。

 放置され居心地の悪さを感じていると横から弥生先輩が紙コップに入ったお茶を差し出してくる。

 そうしている間にも会議という名の口喧嘩は進んでいるのだが、良いのだろうか。


「緑茶どうぞ~」

「お前がそれを言うのか」

「あ?」

「なんかフリフリしてて可愛いね~。私もそっちの方が良いな~」

「お前たちの投票用紙には予め細工しておいた。お前が書いた振りして白紙で出したのも知っているぞ?」

「不正じゃねぇか!」

「いや、弥生先輩のだってフリフリじゃないですか」


 おっと、橘先輩までこっちに来た。


「こっちはふりふりだけど、あっちはフリフリなんだよ~」

「無記名投票とは言ったがオレにもわからんようにしてあるとは一言も言っていない」

「ゴメン、弥生。ちょっと何言ってるかわかんないわ」

「だったらオレ達にも知る権利があるはずだな?」

「僕の知る限りメイドと魔法少女といえばコスプレの二大派閥ですね」


 ってか、いつのまにか議論してる二人以外集まってきてるじゃないか。


「コスト的にも今更中止には出来ん。何より全校生徒が支持しているのだ」

「どこの派閥よ……」

「一部の意見だろ。拡大解釈すんな!」

「では唯一中立を保ち、敢えて白紙で出したお前に今一度問おう……」


 なんかわざわざ来たのがバカらしくなるな……オレだけでも会議の方に参加するか。


「お前はどっちの衣装が良いのだ!」

「メイドに決まってんだろうがっ!」


 お前らもかーいっ!!


 というような流れがあって、オレと弥生先輩は全員の前に立たされ、遠慮のない視線に晒されていた。

 各々の間で様々な意見が交わされているが、特に白熱しているのはブカブカ制服先輩とマッチョ先輩だ。


「茶道部の喫茶店で使う衣装なんだから困ります」

「これそのものを使うわけないだろ。メイド服なんざ演劇部に言えばいくらでも借りられるだろうし」

「イメージ的に被るじゃないですか」

「それ言ったらメイド喫茶自体被ってるとこあんだろがよ」

「茶道部がやるから意味があるんです」

「逆効果だと思うがなあ」


 かと思うと妙に冷めている人達もいた。橘先輩と部長だ。


「折角カワイイの選んだのに……」

「考えてみれば出演者より目立つのは問題かもしれんな。まあ仮装大賞の例もあるが」


 仮装大賞ってなんじゃらほい?

 いやそれよりミスコンの是非についてはもういいのか?


「ああ、そうか。そうだな。こうなった以上やはりあの案しかないだろう」


 あの案?

 オレには何の事かわからなかったが、他の人達は何か思うところがあったようで、思い思いに納得しているようだった。

 えーと、あの案ってなんでしたっけね?

 多少怪しまれるのは覚悟の上で渡会部長に聞いてみるが、聞いているのかいないのかアゴに手を当てたポーズでオレと弥生先輩を見比べつつ何か考え事をしている。

 頭の上に疑問符を浮かべつつ弥生先輩と顔を見合わせて首を捻っていると、突然カエルが地面に落ちるようなベタッという音が室内に響いた。

 驚いて音のした方向を見ると、そこには床にこめかみをつけてへばりつきこちらを見上げる渡会部長の姿があった。

 何やってんだ、この人?


「ちょ……っ、タッちゃん!」


 隣ではここへ来て初めて尖った声を上げてスカートを押さえる弥生先輩の姿。

 あれ…………もしやしてコレって………………


「ふがっ! ぐほぅっ」


 間髪入れずに吊り目先輩とマッチョ先輩による制裁が渡会部長を襲った。


「お・ま・え・と・い・う・や・つ・は・!」


 吊り目先輩はさらに、自分より背の高い渡会部長の身体を片手で持ち上げるという恐ろしい腕力を発揮しながらアイアンクローで追撃を加えている。

 ごめんなさい、制服で女子だと判断してたけどゴリラの方でしたか。

 他人事ながら哀れになったオレは制裁を受けたときにすっ飛んだ渡会部長の眼鏡を拾ってやった。笑顔で部長の前に差し出すと、吊り目先輩が目を丸くして渡会部長を解放し、渡会部長は眼鏡を受け取ると素直に謝罪と感謝の言葉を言って来た。


「ああ、ありがとう。すまなかった。どうしても確かめなければならない事があってな」


 バツが悪そうにそう言って目をそらされてしまったが、オレはちょっとこの男の評価を改めていた。

 何の事はない。オレはスカートの中を覗かれたのである。まあ位置的にほぼ見えない角度だっただろうが。

 真夏にこんな事をしているのかと思うと腸が煮えくり返るが、オレの想像通りなら少し筋が違う。


「よし。決まりだ。例の案を採用する」


 唐突に放った渡会部長の台詞に周囲がザワつく。

 その内容はオレにはまだわかっていないが、まあこの男に任せていれば大丈夫だろう。そう思い、オレは黙って部長の言葉を聴いていた。


「弥生はスパッツ着用。ミスコン参加者には各部でイメージに合わせた衣装を用意。演劇部及び被服部に発注しろ。代表者は篠宮真夏。以上。質問は?」


 やはり。

 部長が言い放ち、周囲がざわつく中、 オレは自分の考えが合っていた事に満足していた。

 渡会部長もオレと同じく物事を計算づくで進めるタイプのようだ。たぶん衣装のままで良いと言ったのもここまでの流れを見越しての事だったのだろう。

 しかもオレと違って常識とかにとらわれないタイプ。嫉妬を通り越して尊敬の念すら覚える。

 そんな滅多に出会えない同類の先達に出会えた感動をかみ締めていたオレは、ふと周囲の視線が集中している事に気付いて思わず首を振った。

 質問などあろうはずもない。他人を慮る心も持ち、心理心情も計算できて自身を投げ出す事に躊躇がない。そんな男の採用する案に挟む意見など持ち合わせていない。

 半ば信仰にも似た気持ちを抱き、オレはすべてを受け入れた。


 その日の会議は以降滞りなく円滑に進み、オレは入れ替わり登校を無事終える事が出来た満足感と共に帰宅した。

 帰宅後、例の案の真相を聞かされ真夏にいびられたオレが渡会への信仰を失ったのは言うまでもない。

次回から本編に戻ります。


ご覧いただきありがとうございました!

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