オレと統括
部室の中は角部屋だけあって構造自体は広いものの、部屋の奥側に書き割りのようなものやら大玉やら、学校にあっても不思議ではない程度の粗大ごみが詰め込まれている為スペースとしては準備室程度しかない狭い部屋だった。
その一角に衣装箱をひっくり返したような場所があり、その周りを数人の生徒が囲んでいる。
何やってんすか?
「ん? おお、篠宮。弥生の衣装選びだよ。結局ステージに立つ以上着替えた方がいいって話になってな」
人垣に顔を突っ込んで誰にともなくした質問に答えてくれたのはガタイの良い男子だった。
それはさっき聞いたんだけどな。どうやらオレがかじった先輩は弥生さんというらしい。なんで着替えする本人が門番してて関係ない人達が衣装を囲んでいるのか。
「あー、まあ弥生だからな。オレ等は渡会の身勝手さにどう対処すべきか議論してた」
「だからイベントの担当は渡会なんだから、身勝手じゃなくて権限範囲内だって」
「そうじゃねぇだろ。弥生は統括のスタッフだし、自分の担当も持ってるんだ。リーダーの立場を利用した越権行為だ」
「幼馴染として個人的に頼んだだけなら問題ないでしょう。弥生先輩もその上で引き受けたのならオレ達が文句を言う筋合いじゃないと思いますが」
眉のきりっとした気の強そうな女子と根暗そうなヒョロっとした男子がすぐさま反論してくる。なるほど、議論だ。
口調からヒョロ君以外の二人は先輩と思われる。
衣装を囲っているのはもう二人、パーマかけたような茶色い髪の女子と小さくて制服に着られている感じの男子が一名ずついるがそちらはそちらで衣装選びにきゃいきゃいと盛り上がっていてオレが入って来たのに気付いた様子すらない。
どちらの輪にも加われそうにないので適当に相槌を打って輪を離れ、隅の方でたたずんでいるこけし……もとい、弥生先輩の側へと戻る。
「おかえり~」
戻ったオレを柔和な笑顔を浮かべた弥生先輩が迎えてくれた。
教室の中にいるのはオレを含めて七人。先輩方の議論の内容から察するにこの場には渡会部長はいないのだろう。統括は七、八人と聞いているのでここにいるメンバーが部長を除いた統括部の全員と思われる。
真夏の話だと割と皆仲良しだと聞いていたのだけど、弥生先輩はなんで一人離れてるんですか?
「タッちゃんってば他の人に任せて私は絶対口を出すなって言うんだもん。私だって自分の着るものくらい自分で選びたいのに、失礼だよね~」
口を尖らせて不機嫌アピールする余裕を見せつつ、弥生先輩が若干ボルテージの上がった口調で言う。かわいい。
しかしなんでだろ。服装のセンスが絶望的になかったりするんだろうか。そういえば会った時真っ先に服装の言い訳をしてたっけ。
よくわからないけど、ひとつ解けた謎がある。どうやら弥生先輩に司会を押し付けたタッちゃんこそが渡会部長だという事だ。二人は幼馴染だという話だが、それで部活動まで一緒ってどうなのよ。
「あ~、うん。タッちゃんがコンサル部を立ち上げる時に人数合わせとして入っただけだったんだけどね。実は私、今でも文芸部に籍を置いてるんだよ。その辺が担当の理由でもあるんだけど」
へー、そうなのか。幼馴染の部の立ち上げに協力したという話ならわからないでもない。けど、コンサル部ってどういう事だろ。
「あれ? 言ってなかったっけ? ここは元々コンサル部ってクラブだったんだよ。タッちゃんが部活の枠を超えてイベントを起こす活動がしたいって言ってあっという間に作っちゃったの。色々やって結果も残して先生たちにも信頼されてさ。それがあの女のせいで生徒会の下部組織だもんね……」
ん? あの女?
言葉の端に違和感をとらえて弥生先輩の様子を伺うと、さっきまでの柔和な笑顔はどこへやら。何やらハイライトの消えた瞳で虚空を見つめながらブツブツと呪いの言葉を吐いている。
先輩、怖いっす。
なだめる為に声に出して言ってみたが、すでにあっちの世界に旅立った先輩は気付かなかったようだ。お帰りをお待ちするしかない。
しかし納得した。呼び方が人によってマチマチだとは思っていたが、元はコンサル部という部活動だったこの集団は今現在生徒会の下部組織に組み込まれて部活の統括という役職を与えられているのだ。立ち位置的には委員会に近い。
活動内容を考えればそれも無理からぬ事だ。部活毎の連携などそれなりの権限か信頼がなければ上手くいくわけもないし、かといって部自体が信頼を得るには常に結果を残し続けなければならない。自身が引退した後も部を存続させるには権限を持つのが手っ取り早かったのだろう。そこまで見越して生徒会へ下ったのだとしたら、渡会部長は噂と違ってかなりの切れ者だな。
「はーい、ちょっと失礼。あら、シノちゃん、こんにちは。ちょーっとモデルさん借りるね!」
自分の世界に行ってしまった弥生先輩の横でオレが考えにふけっていると、突然横合いから声をかけられ、何者かが間に入ってきた。先ほど衣装の周りできゃいきゃいしていたパーマの女子だ。手にはどうみてもチアガールが着るとしか思えない青い光沢のノースリーブを持っている。
パーマさんはこちらの返事も待たずスルっと弥生先輩の背中に手を回すとそのまま押して大道具の影に入って行ってしまった。あっけにとられていると、きゃいきゃいしていた内のもう一人、制服に着られている感じの可愛いらしい男子が近づいてくる。
「篠宮さん、来てたんだ。後は肝心の部長だけだね」
察するにたぶんこいつが真夏以外にもう一人いるという一年生部員だろう。子供の成長を期待した親がちょっと大きめのサイズを選んだせいで余りすぎた袖や裾が手足を半ば隠している時のような凶悪な格好は、ともすれば小学生に見られかねない彼の外見とマッチして恐ろしい破壊力を発揮している。何故かその手にミニスカなメイド服など持っているが、あれを着させても似合いそうな感じだ。
しかし会議があると聞いて来たのに部長はまだ来ていないのか。
「一度は来たよ。この衣装持ってきたの部長だからね。その後衣装決めとけって言ってどっか行っちゃったけど」
自由だな部長。先輩方の議論に熱が入るのもわかるというものだ。
そういえば目の前の彼とさっきのパーマ女子は議論には加わっていなかったが、納得しているのだろうか。
「僕と橘さんは自分の担当がまだ忙しいから、さっさと終わらせて戻りたいんだよ」
戻りたい、というのは自分たちの担当している部活なり作業なりに戻りたいという事だろう。まあ本番まで一週間を切ったこの時期ならそれが普通だ。
だとするとその手に持ったメイド服は自分の担当部活用という事かな?
「もちろんそうだよ」
弥生先輩がオレも着るかと聞いていたので心配していたが、ただの思いつきだったようだ。真夏が着たらすごく似合いそうな気がするので少し残念ではあるけれど、メイド服など今のオレには難易度が高い。まだパンツを穿くのも覚束ないのだ。
けれどそんなオレの心情を察したかのように意味深な笑みを浮かべて彼は続ける。
「そういうわけだから、これ持って橘さん達のところへ行ってね。もうすぐ部長も戻ってくるだろうから早くね」
安心したのもつかの間、オレの目の前に差し出されるメイド服。
どういうわけだから?
「困ったときはお互い様、持ちつ持たれつ、旅は道連れ世は情けって言うでしょ。衣装サンプルで持ってきたんだけど着てみないとわからない事もあるからさ、協力してよ」
妙に押しの強い口調で言われ断りきれずにオレはメイド服を受け取った。
外見に反して有無を言わさぬ迫力といい、先輩のはずのパーマ女子をさん付けしていた事といい、まさかこいつ先輩か?
予想外の疑念に囚われ、釈然としない気持ちで先輩方の隠れた大道具の陰へと向かう。
そこにはすでに着替え終わった弥生先輩と、弥生先輩の衣装を整えているパーマ女子こと橘先輩が待ち構えていた。
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