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オレとこけし

 場所がわかったのはいいけど、果たして本当に行くべきなんだろうか。

 小野田さんの背中を、というか階下へ降りてゆく頭を見送った後、いよいよ向かおうかという段階になって、オレは再び悩み始めていた。

 正直行っても何も出来ない。それどころか大事な事を聞き逃したり伝え忘れたりすると真夏に迷惑がかかってしまう。話を聞いた限りだとうちの高校で言う文化祭実行委員みたいなもんだから大丈夫だとは思うのだが、いかんせん部内の人との関わり方がわからない。例えばもう一人の一年生部員に対して敬語で話しかけてしまったり、先輩の地雷を知らずに踏み抜いてしまうというような事も考えられる。

 折角聞き出したのに何だが、やはりこのまま帰るか。でも出なきゃ出ないで真夏に怒られる気もするしなぁ。


「真夏。ちょっと待ちなさい」


 悩みつつ階段を下りて中二階の踊り場に差し掛かった時、呼び止められて後ろを振り返ると階段の上から小野田さんがこちらへ降りて来た。何か見覚えのある袋を抱きしめるように両手で抱えている。

 七ヶ瀬プラザの紙袋?


「私の荷物の方に貴方のも混ざっていたから持ってきたの」


 そう言って手渡されたのは昨日三人で買い物に行った百貨店でもらえるシンプルなロゴの入った紙袋だった。

 それから折角だから送るわという彼女のお言葉に甘えて二人並んで歩き出す。どの部屋だかわからなかったので助かるが、これでサボるという選択肢はなくなった。


「余計なものまで入っていたから少し驚いたわ。中はきちんと確認してよね」


 やれやれという風に吐き捨てる彼女の表情は少し照れているように見えた。

 もしかしたらオレの様子がおかしかったから心配になって来てくれたのかもしれない。良い友達だ。

 オレは友達思いの小野田さんに感謝しつつ、さりげなく彼女の向かう方向を先読みしながら歩調を合わせて、部室の前まで誘導してもらった。

 階段を降りて左手に曲がり、そのまま廊下を真っ直ぐ進んで突き当たりの教室まで進むと、そこでようやく足を止める。


「それじゃあ私は戻るわ。今日はもうこちらには顔を出さないのでしょう?」


 こちらというのは小野田さんの方の部活動という事だろう。

 まるで部活動を掛け持ちしているかのような言い方だが、統括の活動内容が部活間の連携をとる事なのだから他の部にも割と頻繁に出入りしているのだろう。

 オレはよくわからなかったので相槌を打ってその指示に従う事にした。

 小野田さんは後で電話するわと言い残すと、長い髪をフワリとなびかせて颯爽と去って行った。

 美人で気も遣えて根に持たない。なるほど、真夏が気に入るわけだ。

 実は昼の失言について怒られるのではないかとビクビクしていたオレは、そんな素振りを一切見せず気遣ってくれた小野田さんに心の中で謝る。

 真夏はあれで自分に厳しいところもあるので、行き過ぎて周りに心配を掛けてしまう事が多々ある。そのせいか真夏の周りに集まる人達はさり気ない気遣いが出来る人が多くなるのだが、小野田さんはその典型。真夏にとってはまさに理想の友達といえるかもしれない。


 そうだな。統括だって真夏が貴重な高校生活を捧げようとしてる部活だ。きっと良い人が集まっているに違いないさ。


 小野田さんの消えて言った廊下の先に視線を飛ばしながらまだ見ぬ部活仲間達に希望を抱き、気持ちを切り替える。

 覚悟を決めて部室に入ろうと振り返った時、ちょうど良いタイミングで中からドアを開ける人がいた。


「あ、なんだ。篠宮ちゃんか~。ドアの前でずっと立ち止まってるからお客さんかと思ったよ」


 ドアの隙間から頭だけ出してそう言ったのは肩まで伸ばした黒髪をボブカットにした、なんとなくこけしを連想させる女子だった。

 サッチーの話では一年の統括部員はもう一人、男だけという話だったのできっとこれは先輩だろう。

 オレはなるべく愛想良く見られるように笑顔を作ると嫌味にならない程度に礼儀正しくお辞儀をした。

 こんにちは、先輩。


「お、おう? なんか今日はいつもと違う感じだね」


 バカな。一瞬で見破られただと……?

 出会い頭、いきなりの先制パンチにオレは言葉を詰まらせた。

 いやダメだ。ここで黙るのは得策ではない。考えろ、何を間違えた? 一般的な先輩後輩の関係を考えれば今のオレの態度におかしな点などなかったはずだ。とすれば目の前の先輩とオレ=真夏の関係の中では違ったと考えるべきだ。ではこの先輩と真夏の関係とはどんなものか。見れば身長は同程度で日本的な美人顔でありながらどことなく小動物を思わせる可愛らしい雰囲気を持った女子、つまり真夏の広過ぎるストライクゾーンの内角高めにズバンと突き刺さるストレートだ。百合っ気があるんじゃないかとお兄ちゃんは気が気ではありませんと常日ごろから思われているような、あの妹の事だ。こんな子が身近にいたら先輩だろうが先生だろうが過度な期待はしないでくださいと自分に言い聞かせつつ触る揉むねぶるなどの犯罪行為スキンシップに及んでいるに違いない。しかし目の前の女子のこちらを見る目から推測するに特に変な事をされているという認識はない。という事はまさか、彼女はその関係を甘受している!? 彼女にとってはそれが日常! むしろ今は触られない事に不信感を募らせている状態!! そうか、そう考えれば辻褄が合う。真夏と彼女……否、オレと彼女の関係はつまり学校という堅苦しい環境をものともせず周囲の視線も気にしないで仲睦まじく乳繰り合ってイゴイゴするような関係…………っ!! であるならば今、オレがとるべき行動は…………


 ガプッ

 とりあえずかじってみた。


「いたっ! ったたたたたいたいいたいいたいよぉ、篠宮ちゃん、こらあっ!」


 ペシっという小気味良い音を立ててオレのおでこに平手打ちが当たる。どうやらまた間違えたらしい。

 おかしいな、頭をかじるのは我が家では割とメジャーなスキンシップなのだが。ほっぺにチューの方が良かっただろうか。

 頭しか見えていないのでオレの中ではその二択だったのだが、もしやして真夏の奴、オレの知らない間に新たなスキンシップスキルを身につけていたのだろうか。う~ん。


「ご、ごめん、痛かった?」


 おでこを打たれた直後に黙り込んで考え始めたオレを見て心配になったのか、こけし先輩がドアから更に身を乗り出してこちらを覗き込む。やはり小動物。

 いや悪いのはこちらだと思うんですけどね。

 オレはひとまず大丈夫である旨を伝えてかじった事を謝罪する。そんな強くかじったつもりはないんだけどなぁ。


「や、私も別にホントに痛かったわけじゃないんだけど、びっくりしちゃって」


 慌てて顔の前で手を振るこけし先輩。その拍子にバランスを崩したのか、ドアの中から廊下へと倒れるように全身をさらけ出す。ってなんだその格好。

 姿を現したこけし先輩は上半身は学校指定のブラウスを着ているのに下半身は光沢のある蛍光イエローのミニスカートという奇妙な格好だった。

 そのアンバランスさに思わず視線を下げて凝視していると、こけし先輩は恥ずかしそうにスカートを押さえて、まだ聞いてもいないのに説明を始めた。


「着替え中だったんだよぉ。昨日タッちゃんから急にイベントの司会を頼まれてさ。そだ、いっぱいあるから篠宮ちゃんも着てみない?」


 恥ずかしそうな表情から一転、思いついたようにパッと表情を輝かせてオレの手を引くこけし先輩。

 イベントってのはサッチーの言ってた体育館でやるやつだろう。司会やるのに衣装を選んでるってところなのかな? なんでオレまで着なきゃならんのだろうか。ってか、タッちゃんて誰だ。

 色々な疑問が思い浮かびながらも聞いて良いものか判断がつかず、引かれるがままに部室へと踏み込むオレ。

 不安な気持ちはまだあったが、こけし先輩の屈託のない笑顔を見ていると大丈夫なような気がして、思ったよりもすんなりと足を踏み入れていた。

 やはり真夏の周りには良い人が集まるらしい。

普通に括弧書きしたらルビになっててびっくり。


ご覧いただきありがとうございました!

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