オレとジョシーズ
再び真冬視点。三日目のお兄ちゃんです。
朝方、父の運転する車に揺られながら考えていたのは、どうすれば逃げられるかだった。
気分は護送される受刑者だ。判決は無期懲役で執行猶予はなし。護送車はご丁寧に刑務所の門前まで送り届けてくれた。
普段から自分に自身を持てないオレだが性別が変わって以降は特に顕著で、見様によっては不審者のようですらあるだろう。絶対に目立ちたくない心境だというのによりによって一番生徒の多い時間帯の校門前に停車してくれるのだから、護送車の運転手としては優秀だ。恨むぞ、親父。
案の定注がれる視線から隠れるように身を縮こまらせて足早に校舎へと向かう。一応妹のクラスくらいは把握していたので入り口上のプレートを確認しながら教室を探すと、一分とかからず見つかった。どこの学校も下級生が下の階層を使うのは同じらしい。
キョロキョロしていたからか、それとも格好や仕草に違和感があるからか、ここに至っても校門で感じたような視線を感じる。教室に入る前に一旦深呼吸でもして落ち着きたかったのだが、これでは下手な事は出来ないじゃないか。
しかしそんな心配をするまでもなく、どの教室もドアも窓も全開で下手な事をする間隙はどこにもなかった。
教室に入るとまず全体の様子を見渡した。HRにはまだ若干の余裕があるからか、生徒たちは思い思いの場所に集まって談笑している。これじゃどれが真夏の席だかわかりゃしない。
仕方がないのでオレは用意していた苦肉の策を実行する事にした。
まず手近な人物(男子)に声を掛け、急ぎの用がある旨を早口に告げて「コレお願い」という台詞と共に鞄を放り投げる。直後に小走りで教室から離脱し、適当に時間を潰してHR直前に戻ると教室の奥側の席に鞄が置かれていた。先ほどの人物を探して礼を言うと照れたように「気にしないで」とか言っていたのであれが真夏の席で間違いないだろう。窓際から二列目の一番後ろ。対人恐怖症みたいになっている今のオレにとってはありがたい位置だった。
HRは問題なく終わり、授業開始。なのだが一限目は物理なので移動教室となる。もちろん物理の教室など知らないが特に長い休憩を挟んだわけでもなし、全員が同じようなタイミングで移動するのでついて行けばいいだけだ。
そう思っていたのだが、ここで予想外の……いや、予想通りの事態が起きた。
名も知らぬ女子が一緒に移動しようと話しかけてきたのだ。第一村人ならぬ、第一女子である。まずい、名前がわからん。
「ナッチン? どした?」
いえ、何でもないです。
つい敬語で返してしまう。真夏以外の女子と喋るのはどうにも苦手だ。
件の女子はフヒヒと笑って先に教室の出入り口へ向かう。放置したい衝動にかられたが無意味に真夏の評判を貶めるわけにもいかず、オレは慌てて後を追った。
道中、何やら芸能人の話を振られたが正直興味もなかったので適当に相槌を打ってゴマ化す。幸いにもこの女子は話し好きなようで、こちらから話題を振る必要もなくずっと喋り続けてくれた。物理の授業は自由席だったので授業中も隣に座って時々話しかけて来たが、半分は真剣にノートを書いている振りでスルーした。
そんな感じでなんとか四限まで乗り切り、いつもなら嬉しい昼休み。
購買でパンでも買って人気のない場所で食べようと画策していた矢先、例の女子に学食へ誘われてしまう。しかも今度はもう二人ほど引き連れていた。よし、断ろう。
すまない、今日は購買でパン気分なのだ。
「安心しろ。私なんて弁当だ」
引き連れられて来た二人の内、スラリと背の高い長髪の女子が巾着片手に言う。もう一人の女子はショートヘアで背は低く、どことなく引っ込み思案なイメージだ。
ってか、なんでわざわざ学食で弁当食べるんだよ。
問い質したいがJKの間では常識とか言われたら目も当てられないので黙って従う事にした。ボロが出ないかと心配だったが、断る方が角が立つだろう。
「ごめんねー、サッチー軽音部だからさ、イベント進行について聞きたいんだってさ」
オレがパンを買って学食へ入り、三人の確保した席へ座った第一声がこれである。ちなみにサッチーは先ほどの長髪だ。
わかるわけないじゃないか。
「ええ? でも一年で統括やってるのってあんたと二組の男子だけだろ?」
すいません、統括ってのがどういう活動をしているかは母と真夏の会話でふんわり理解してるけど、ふんわりなんです。
とは言えるはずもなく。資料がないと正確な事が言えないから確認事項を箇条書きにして渡してもらうようお願いした。
「そっかー。まあそりゃそうだよね、了解。しかし篠宮さん、きっちりしてるね。やっぱりあの渡会先輩に頼られてるだけはあるな」
誰だ、渡会先輩って。
適当にゴマ化しただけの台詞に何やら感銘を受けたらしいサッチーが唐突に知らない名前を出してきた。
なんでも統括のリーダー的存在らしいのだが、かなり問題のある人物でその世話を真夏がやっているらしい。
真夏が部長って呼んでた奴か。だとしたら世話なんて可愛らしいもんじゃなさそうだな。
何と応えていいかわからず黙っていると、不機嫌になっていると勘違いしたのか第一女子が話を逸らしてくれた。
「ナッチンの周りってなにかと濃ゆい人多いよね。小野田さんとか」
フォローしてくれるのはいいけど、また新しい名前をぶっこんでくるのやめてください。
あ、いや、違う。小野田さんは一応知ってる人か。昨日会ったな。
真夏が下の名前でしか呼ばないから半ば忘れていたが、昨日会った色白黒髪のホラー系美人の苗字が小野田さんだった。真夏はアキオって呼んでたな。
右も左もわからない場所で冷や汗かきながらわからない話題をずっとかわしていたオレにとって、それは初めての知っている話題だった。
あ~、アキオは確かに見た目からしてちょっと怖いよね~。
調子に乗ってついついそんな事を口走った次の瞬間、何の脈絡もなくオレの背中に最大級の悪寒が走る。それが何かと確認する間もなく、遠いところから響いてくるような不思議な効果を伴って声が這い寄る。
「へぇ。貴方にそんな風に思われていたとは心外を通り越して不快だわ」
声を思い出すまでもない。そんな台詞を言うのは噂されていた当人だけである。
振り返るとそこには何か禍々しいオーラを幻視してしまいそうな鬼気迫る笑顔を浮かべた噂の人、小野田アキオさんがいらっしゃったのだった。
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