私と非人道的兵器
どうしてそこまで白金真冬に固執するの?
私からしたら真冬は兄弟だから固執するのは当然のように思える。けれど彼女はそうじゃない。白金真冬についてはつい最近知ったばかりという話だったはずだ。病院の屋上から落ちそうになったところを助けてくれた命の恩人、という見方もあるかもしれないが果たしてそれだけなのだろうか。
「ただの知的好奇心よ。だって人を蘇らせる……ソンビーでもネクロマンシーでもない完全な復活よ? 私の知る限り過去一度しか確認されていない完全なる復活が手の届く範囲にあるのにみすみす見逃す手はないでしょう」
ふむ、なるほど。そう言われると確かに興味深い。
んー、でも本当にそれだけなのだろうか。彼女を見ているとそういう冷静な感じじゃなくて、もっとこう執念めいたものを感じてしまうのだが。
少し視点を変えるか。
復活って言うけどさ、わざわざこっちの世界に来たのって、あんたのいる世界には真冬の身体がないからでしょう?
でなければわざわざ自分自身をドッペルゲンガーという怪物にしてまでこちらの世界に来る理由がない。だからこそ武山君も兄の身体をこちらの世界に戻そうとしているのだろうし。ただ、それだけだと当然、白金真冬の復活とは言えない。彼を復活させる為にはもう一つ足りないものがある。
うちのお兄ちゃんは死んだわけじゃない。復活というからには白金真冬の事でしょう? けど、魂はどうするの?
そう、絶対不可欠なはずの白金真冬の魂が足りないのだ。
彼女の目的はあくまでも白金真冬の復活。しかも私と入れ替わろうとしていたのだから復活するのがこちらの世界でも構わないのだろう。肉体は篠宮真冬のもので代用するしかないとしても魂は白金真冬のものでなければ意味がないはず。つまり、恐らく彼女は白金真冬の魂の在り処を知っている。
そう考えて聞いた私の質問だったのだが、真夏Bは何か意外そうな表情を私に向けて言った。
「ああ、そっか。その辺りも聞いてないんだ。まあ、話したところで理解されないって思ったのかな」
聞いてない、というのは武山君から聞いてないという事か。てっきりこれが彼女の隠し事だと思ったのに、知ってて隠してただけかよ、あんにゃろう。
心に浮かび上がる武山君への罵詈雑言の数々。奴とはいずれ決着をつけねばなるまい。けれど今は話を聞くのが先決だ。溢れる怒りを抑えて彼女の言葉に耳を傾ける。
続けて彼女の口から語られた内容は、確かに理解に苦しむ……頭ではなく心が理解を拒否するような話だった。
「白金真冬の記憶はすべてデータとして残ってるんだよ。これに関してはあいつの方が詳しいんだけど、白金真冬が亡くなる直前まで私と意識が入れ替わっていたのは貴方の聞いた通り。それはBCIによるものなの」
言われて気付く。武山君はさらっと入れ替わってたとか言ってたけど、こんな状況でもなければ俄かには信じ難い話だ。それを可能にしたのがBCI…………
BCIって何ぞ?
「まあ普通知らないよね。私も聞くまで存在すら知らなかった。BCIってのはブレインコントロールインターフェイスの事。脳からの命令伝達を補助する医療機器で、普通は義手義足の操作に使われるらしいよ」
医療機器、と聞いて医者だったという白金真冬の父親の話を思い出す。確か彼の勤める病院が海外企業に密輸していたとかなんとか。
今聞いたばかりなので今いちその危険性がわからないのだけど、世間から隠して取引するようなものなのだろうか?
「別にBCI自体は問題ないよ。今も様々な医療機関が開発しているものだし。ただ、使い方によっては非人道的兵器にもなり得るから、厳密に管理されているのは確かだね」
どゆこと?
「私の経験がまさにそれなんだけど、白金徹が開発したのは人間本来の神経伝達に干渉するタイプで、しかもワイヤレスというか、専用回線を通じて離れた場所でも命令を受信できるタイプだからさ、義手の変わりに他人の身体を動かせるんだよ」
なんでもない事のように言う真夏Bとは裏腹に、聞いた瞬間私の脳裏に嫌な想像が浮かんだ。
本人の意思とは関係なく戦場に投入される兵士。ゲーム感覚になる戦争。強制自爆テロ。そんなものが蔓延してしまったら世界が今よりもっと混沌としてしまうのは明らかだ。
知らず、頬を冷たい汗が流れ落ちる。
「まあ、慣らす必要があるから私と真冬みたいに赤ん坊の頃にインプラントされたのでもなきゃ意識が入れ替わる感覚まではたどり着かないだろうけどね」
他人事のように、彼女は続ける。彼女の中にもそれが入っているのか。
そうか、彼女と白金真冬は同じ病院に生まれたと言っていた。推測に過ぎないけど、もしかしたら二人はやっぱり私達と同じ双子として生まれ、白金徹か、その病院関係者の陰謀で引き裂かれたのかもしれない。父と母には一方が死産だったとでも伝えればいい。まさかお医者さんがそんな嘘をつくなどとは夢にも思わないだろう。
恐ろしい話だった。目の前の彼女はいたって普通に見えるが、今現在も本来必要のなかった機器を通して身体を動かしているのだ。
あまりと言えばあまりな話に、私は言葉を失ってしまった。
そんな私とは裏腹に、淡々と話し終えた真夏Bは手元のティーカップを持ち上げて再び優雅に口をつける。
私はそれを見て自分も喉がカラカラに渇いているのに気付いた。聞き役に徹してほとんど喋っていなかったというのに。
私は彼女から目を逸らせないまま、サイドチェストの上に手を伸ばすと自分の分のティーカップを手にとって十分熱が放出されたのを確認してから同じように口をつけた。生乾いて引っ付いた喉が溶岩流に流される木々のように生温い紅茶に引き剥がされてゆく。
お互いに一息吐き、重たくなった空気を引きずったまま、私は確認する為に重たい口を開く。
じゃあ、白金真冬の記憶っていうのは…………
「BCIの監視データの事。脳波や細胞の活性状態なんかも記録されているからそこから人格の再現も可能だろうって話で持ちかけたわけ」
再現、か。
記憶や感情がデータで再現出来たとして、それは果たして魂と言えるのだろうか。
いや、その答えは彼女の言葉の端々に現れている。真夏B自身もそんな事は思っていないのだ。直接聞いたわけではないが武山君も同様だろう。彼は白金真冬について、すでに諦めてしまっている節がある。きっと真夏Bに協力したのも、愛する人の死を受け入れられなくて一時何かにすがりたかっただけなのだ。
そう考えて、私は二人の様子の違いに違和感を覚えた。
そうだ。武山君は兄の身体を戻すのが目的だと言った。けれど白金真冬の復活については真夏Bの最終目的として挙げただけだった。だからこそ私は彼がすでに諦めていると感じたのだ。しかし真夏Bはあくまでも白金真冬の復活を目的として動いているように見える。
だとすれば…………だとすれば、なんだろう。なんか大事な事が過ぎった気がするんだけど。
「貴方の言いたい事はわかるよ。データで人格が再現出来たとしてもそれは同じ人とは言えない。例え同じ人生を歩むのだとしても、ね。だからこそ私は彼の身体を求めて世界を渡ってきたんだよ」
いや、違う。それも聞きたかったけど、今過ぎったのはそれじゃない。
頭の隅でそう思いながらも彼女の言った内容は無視できるものでもなかった。
身体を求めてって、中身が偽者でも記憶があって身体が本物なら同一人物だとでも言うの? 魔術師であるあんたが魂の存在を否定するの?
「いいえ、そうじゃない。今の篠宮真冬が魂の存在を肯定しているし、私も身体より魂の方が個の存在を定義するのに重要だと考えてるわ。けれど魔術師なればこそ、身体と魂が切っても切れない関係だと確信してもいる。貴方だって身体が変わってからの真冬の変化に気付いているはずでしょう」
んう? そうだっけ。ああ、うん。なんか女の子っぽくなってきたなとは思った。
本人の努力もあるんだろうけど、たった三日にしては驚くほど女の子が板につき始めていると思う。元々女々しい男だったけどなー。
けど、なんだ。なんの話をしてるんだっけ。お姉ちゃんは可愛いよね。
「うん、可愛い。白金真冬はカッコイイというイメージだったけれど、篠宮真冬は可愛いという表現がピッタリよね。ちょっと私が照れてしまうくらい」
照れる? 変な言い方。身体を共有してるとそう感じるのかな。
そういえば姉が起きている間は彼女も同じ景色を見ているのだっけ。それってどんな感じなのだろう。夢を見ているようなもんなのかな。
「夢、ね。そうかもしれない。これは私が見ている夢のようなもので目が覚めると全部泡のように消えてしまうのかもしれない」
そうね。儚い、夢、幻の如くなり。平家物語。
「…………敦盛だよ。なんだか随分眠そうだね」
うん~、なんか急に……疲れてるのかも。
心地よい眠気が襲ってきてさっきから意識が途切れ途切れになってる気がする。
あれ、聞かなきゃいけない事があったはずなんだけど、なんだっけ?
「そんな状態で聞いても忘れちゃうでしょ。私は逃げないのだし、今日のところはもう眠ったら?」
何故か楽しそうに真夏Bが言う。
そうかもしれない。というかすでに夢見心地だ。これ以上何かを聞いても夢と区別がつかないだろう。
私は素直に真夏Bの言葉に従う事にして起き上がるべく足を動かそうとした。が、痺れて上手く動かない。ああ、どうして正座なんてしてしまったのだろう。
「仕方ないなぁ」
真夏Bはそういうとベッドから降りて私の身体を抱え上げると自分の座っていたベッドにそっと横たわらせた。
そして自身も私のすぐ横に寝転がると「今日はこのまま寝て良いよ」と言って私の頭を撫でる。
お、チャンス。
私はその身体に腕を絡めて抱き枕のように抱きついた。体温を感じると共に安心感を覚えて急激に意識が混濁してゆく。
「おやすみなさい、篠宮真夏。良い旅を」
まどろみに沈む直前、妖しく楽し気な真夏Bの言葉が耳をくすぐった。
当初、本当に平家物語の一節だと勘違いしてました……オハズカシイ
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