私と真夏B
まあ推理というほど頭を使ったわけでもない。何故なら結局武山君は儀式の内容についてはあんまり教えてくれなかったからだ。
けど、武山君の言葉を信じ、その人柄を信用せず、真夏Bを私と同じ性格と考えるなら見えてくるものがある。
それは魔術に関して偽りはないという事だ。武山君が優れた魔術師である事も考えれば、今回彼女達がやろうとしている魔術は新しいなりに筋の通ったものなのだろう。
武山君の言っていた兄の身体をこちらの世界に戻すのは難しいというのも多分本当なんだろう。
けれど、武山君はその内容を私には教えてくれなかった。
お前にゃどーせ理解出来ないだろ的な視線ではぐらかしていたけれど、あれは私に知られてはマズい内容が含まれているからワザと私が聞く気をなくすような態度をとったんじゃないかと思う。何故なら私の身代わりに別世界に飛ばされた兄の身体がこちらに戻れなくなっているからだ。
要はさ、あんたの計画は最初から私と入れ替わって篠宮真冬と兄妹になる事だったんじゃないのって話。
「………………………………」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
う~ん、これじゃダメか。まあ武山君ももそっと複雑みたいな事言ってたし、的が外れたのかもしれない。
となるともう一方の手札を切るしかないか。
私は憂鬱な気持ちを払拭するように、いつの間にか額にびっしりと浮かんだ汗を拭い、息を吸った。
私の持つもう一方の手札。それは武山君の言っていた、彼女の隠し事についてである。
先に言った通り魔術については偽りなしだ。そこに隠し事があったら私ではわからないし、それなら武山君も私に頼みはしないだろう。
では何か。というと、私に思いつく答えは一つだけだった。あんまり突きたくない話題なんだけど、こうなった以上は仕方がない。うむ、仕方がない。
意を決し、私はそれを口にする。
あのさー、まなっちゃん。お主、あれじゃろ。武山君の事が気になっとるんじゃろ?
「んぬなっ!?」
あーっと、効果はてきめんだー。
スタンドランプの橙色の明かりではわかりにくいが、どことなく赤くなっている気のする顔色と驚愕したようなまん丸お目々がこちらに向けられる。
ほほう。その表情は図星ですかな。いやー、青春ですなぁ。
調子に乗って煽る私。いや、考えなしにしてるわけじゃないんだよ。ほら、武山君も言ってたじゃん? 魔術師だっつっても色恋が絡むと厄介だって。あれ、感情だっけ?
どちらにしても感情を制御するスペシャリストであるはずの魔術師様とやらがこれだけ取り乱してるのだから、私の作戦は大成功といえるだろう。天晴れ、私。
まーあんだけのイケメンだもんね。親しくされたらそりゃ悪い気はしないよね。
「ッカじゃないのっ! そりゃこっちのあいつは……まあ、その。ちょっとカッコイイかな、とは思ったけどっ」
ふむ? あれ、こっちの武山君にご執心なのか。向こうの世界の方がまともそうだと思ったのだが、この様子だと向こうも向こうで変態なのだろうか。救えないなぁ。
いや、考えてみれば姉の活動中は表に出られないのだからこっちの武山君とは姉を通してしか接触してないのか?
だとしたら別世界の自分を救う意味でも今のうちにその勘違いを正しておくべきだろうか。ううむ。
「違うから! そんなんじゃないっ。って、なんで自分相手にこんな弁解しなきゃなんないのさ!」
それはあれだよ。自分と言えども所詮住む世界が違うという事さ。
「上手い事言ったつもりかっ! 腹立つからそのドヤ顔やめい!」
くくく。いいねいいね。やっぱり羞恥に悶える美少女は最高だぜっ!
これでこの声というかしゃべり方じゃなければなぁ……こいつが私自身だって聞いてから気づいた事なのだけど、私自分のしゃべり方嫌いなのですわ……。
つまらない事を思い出して萎えそうになった心に鞭を入れ、私は尚も攻勢に出る。
ちなみに武山君は白金真冬に惚れてるけど、その時はあんたの中に入ってたんだから、身体の関係なら相手してもらえるかもよ。キャッ!
「どんなクズ野郎だっ! あいつはそういうんじゃなくて…………」
もう少し突いて色々聞き出せればなーなんて甘い考えで追撃を加える私を他所に、何故か急に意気消沈する真夏B。
途中飛んできたティッシュ箱を避けて床に倒れこんでいた私が正座で痺れた足を引きずりつつその顔を覗き込むと、物凄い目力込めて睨まれた。
そのあまりの形相に私も口にしかけた追い討ちの言葉を思わず飲み込んだ。
ぉぉ、自分で思ってた以上に迫力あるな……うん。
しかし二人っきりの部屋である。片方が黙り込むと気まずい事この上ない。
私は何とか機嫌をとって会話を続けようと思い、先ほど拒絶された熱々のティーカップが少々温くなっているのを確認すると、おずおずと真夏Bの手元に差し出した。
「…………ありがと」
おお、今度は受け取ってもらえたぞ。第三種接近遭遇を果たしたエリオットの気分だ。
さて、映画だとこの後子供達が大人達の魔の手からエイリアンを匿ってあげる展開なのだが、私は大人寄りなので彼女が敵か味方かくらいの判別はつけたい。
ね、そこんとこどうなのよ?
「私の立場がどうであろうと貴方と相容れないのは今のでわかったよ」
渡したティーカップに軽く口をつけ、優雅に一口傾けてから言う。こういうところは秋生と混ざってるんだなと思うなぁ。
秋生と私を足して二で割るとこういう感じになるのか。
どうでもいい感想を抱きつつ、なんかちょっと話を聞くにはいい雰囲気になったので遠めから話題を振ってみる。
素朴な疑問なのだけど、どうして魔術なんて学ぼうと思ったの?
「ん~? 私に言わせるとなんであんたが学ばないでいられたのかが不思議なくらいなんだけど。他にどうやってこの世界に生きているという実感を得るの?」
え。やだ。なんか面倒臭い事聞いてきた。そりゃあやっぱり周りから注目された時でしょ。
目立つのは嫌いだけど注目はされたい。この微妙な乙女心、お分かりいただけるだろうか。
「面倒臭いとか本人の前で言うな。なるほどね。あんたはそれだけで満たされるわけか」
なんだそりゃ。注目されるだけじゃ足りないとでも言いたいの?
「そうよ。私は個にして全である事を望んでいるのだから」
ふむ? 意味はよくわからんがなんだっけそれ。禅かなんかの考え方であった気がするな。もしくはアメフト?
けれどこいつが言っているのはワンフォアオールではなさそうだ。
彼女の言った意味としては万能を志すという事だろうか。それはつまり転地万物すべてを手中に収めるという事。誇大妄想もいいところだ。
人が天上を目指して建てた塔は神様の怒りに触れて儚く崩れ去ったそうだよ。
「なかなか面白い返答だね。けれど私はそこまで魔術を過大評価してないよ。出来ることは出来るし、出来ない事は出来ない。魔術も科学も所詮人の業よね」
ふーん。
誇大妄想狂かと思えばある種の達観もしてるのか。こういう人は高い理想を掲げながら現実的な手段で着実に歩みを進めるので権力を持たせると始末に負えない。とても扱い辛い嫌な人種というイメージなのだけど、それにしてはチョロかったなぁ。ここは少し踏み込んでみるか。
で、魔術師・篠宮真夏としてはお兄ちゃんの身体を戻す事は魔術で出来る事だと?
「それはさっき言った通り」
む。そっぽ向かれてしまった。まだ早かったか。
真夏Bは私から視線を外して手元の紅茶に目を落としてしまった。
けどこれだけ突っ込んでもブレないって事はやっぱり戻せるという言葉に嘘はないのだろう。
魔術に関する事ではなく、武山君に隠すような事で、けど武山君への恋心というわけでもない。で、私なら聞きだせるかもしれない事ってなると、あとは思い浮かぶのは兄……いや、白金真冬に関する事だ。
けど、それが兄を戻す事とどう関わるのか。
元々は私と入れ替わる予定だった真夏B。飛ばされた兄の身体。ドッペルゲンガー。無関係のままの私。2つの世界をつなぐ武山君。儀式を行った銀の結社。魂と身体。鏡合わせのような二つの世界――――――
考えても湧き上がってくるのは疑問ばかりだ。
わからない事は知っていそうな人に聞くのが一番。思い浮かんだ中で真夏Bが知っていそうな疑問を聞いてみよう。
まずは、えーと…………
使っているネタに関してはかなり適当なので信じないようにお願いします_(._.)_
ご覧いただきありがとうございました!




