私と因果
気を取り直し、話を進める事にしよう。姉が床をのた打ち回っているが気にしてはいけない。
私が姉を呼び出したのは何も折檻するだけが目的ではない。そういうのは後でたっぷり楽しむとして、私の聞いた話をいくらか姉に話しておかなければならない。
まず、その身体の事だ。お姉ちゃん、自分の内腿に痣があるの気づいてた?
「く、首がっ……首に何かこれ以上いけない的な痛みがぁっ!」
聞けよ。
痛がる姉の声にかき消されたのか、私の声は姉の耳まで届いていないようだ。落ち着くまで待ってあげても良いけど、いつ母が帰ってくるともわからないからなぁ。仕方ない。ここは強硬手段を用いるとしよう。
私は首を抱えて転げまわる姉の細腰に向けてすべるようにダイブして抱きつき、ベアハッグよろしくその身体を持ち上げた。
軽っ! ムカつく……
あまりの軽さに重いイラ立ちを抱きつつ、私はそのままベッドへ倒れこんだ。
「きゃうっ」
布団に叩きつけられた姉が悲鳴を漏らす。
え、何その可愛い悲鳴。私だって咄嗟にそんな声でないよ?
どうも姉が女の子らしくなっていっている気がする。私が言った通り姿勢も良くしてるし、そういえば帰って来た時も靴を揃えたりとかしてたな。
ふむ。
私はマウントポジションをとると、顔を近づけて姉の表情をまじまじと見つめた。
怯えた表情、潤んだ瞳、媚びるような八の字の眉。なんだろう、ゾクゾクする。
ちゅーしたら驚くかしら。首筋を舐めたらもっといい顔を見せてくれたりするかしら。耳たぶもいいな。どんな味がするんだろう。顔中舐めまわして私の匂いでべっちゃべちゃにしてしまいたい……
「ま、真夏? なんか顔赤いよ?」
はっ!
いかんいかん。暴走するところだった、落ち着け私。
顔を離し、頬をペチペチと叩いて自分を律する。どうにも姉を前にすると調子が狂う。チャームの魔術かなんかかかってんじゃないかしら。
コホン。ま、ともかくだ。
何がともかくなのか自分でもわからないが、場をゴマ化す為に咳払いを一つして落ち着きを取り戻す。
あ、制服がシワになるのでお姉ちゃんも起きてください。
私がそう言って上から退くと、姉は起き上がって制服を整え始めた。その間に手鏡を持ってきて姉に差し出す。
「何?」
これで自分の内腿の付け根んトコを見てみて。痣があるから。
私がそう伝えると姉は手鏡を受け取って私に背を向けると、スカートを捲り後ろでゴソゴソとやり始めた。なぜ背を向ける。
「……本当だ。気づかなかった。ていうか、なんで真夏がこんなの知ってんだ?」
当然の疑問に、私もちょっと……いや、かなり恥ずかしかったが、スカートをたくし上げて姉に内腿を晒す。
慌てて目を逸らす姉に良く見るように言うと、顔色を窺いながらも私の太ももに視線が動くのを感じ、羞恥心で顔が熱くなった。
「え……同じ…………?」
姉が漏らした困惑の呟きを確認し、安堵の吐息を吐いてスカートを戻す。
あー恥ずかしかった。一応女の子相手だから中村君の時よりマシだけど、なんで一日で二度もこんな恥ずかしい思いをしなければいけないのか。
私は火照った顔を冷ますように手でぱたぱたと仰ぎつつ、姉の様子を盗み見る。
が、あれ……なんか黙って考え事を始めた?
視線の先に見る姉はアゴに手を当て、時々手鏡を除いては首を捻っていた。
姉が黙りこんでしまうと部屋はシーンと静まりかえり、気まずい沈黙が降りる。あ、いや、気まずいのは私だけか。不公平だな。よし。
私はこういうのは耐えられないのがわかっているのでさっさと話を進めてしまう事にした。姉はまだ考えているが考えてもわかるわけないので答えを教えてしんぜよう。
さて、見てもらった通り、どうやらお姉ちゃんのその身体は私のものらしいのだよ。
「真夏の? え、本当に? どういう事?」
うん、本当にどういう事だろうね。未だに私にもよくわからないよ。
ただ、納得いかない部分に関しては思いつく限りその場で武山君に質問し、一応納得のいく解答を得ている。
一番疑問だったのは真夏Bが私と同じ痣を持っている事だ。
私が自傷行為とも言える痣を刻んだのは瓜二つの兄がいたからだが、真夏Bにはそもそも兄がいない。つまり彼女には痣をつける理由がない。
その点について質問すると、二つの世界の因果関係について説明された。別の世界でありながら繋がっているという話の延長なのだけど、あちらの世界とこちらの世界で違う事があっても別の形に姿を変えているだけらしい。ほんの少し掛け違えただけでまったく別の結果を産むバタフライエフェクトみたいなものだ。
例えば兄の有無についてだが、武山君と白金真冬の調査では白金真冬も真夏Bも白金徹の病院で生まれており、誕生日も一日違いだった事がわかっている。実は誕生日は偽装で、双子として生まれていたにも関わらず白金徹の計略で引き離されたと考えられなくもない。
他にも真夏Bは魔術師で私は普通の女子高生だが、私には魔術師を自称する親友がいるし、武山君と真夏Bは同じ学校だが、武山君はうちの姉とも同じ学校である。
そんな風に形を変えて、痣がつくという因果が繋がったというのが武山君の見解だった。
そういうあれやこれやも含め、伝える部分と伝えてはいけない部分に気をつけながら慎重に説明した。
伝えてはいけない部分っていうのは白金真冬に関する部分。まあ、向こうの世界で貴方はすでに死んでますなんて、言えるわけもない。
実はもう一つあるんだけど、そっちは姉の答え次第だ。
粗方の説明を終え、姉に切り出す言葉を考えながら、私は話の終わりに武山君と交わしたやりとりを思い出す。
もしかして武山君と真夏Bのやろうとしている儀式ってさ、私も参加する感じなのかな……?
私の放った疑問に、年頃の娘の胸元を覗き込んでも動じない男、武山君が明らかに動揺したのがわかった。
探るような目線を私に向け、警戒心も顕に聞き返してくる。
「特にそんな意図はなかったんだけど……どうしてそう思ったんだい?」
ん~、特に理由はないかな。強いて挙げるなら魔術の知識もない私に対してわざわざ説明する理由がわからないからってのと、武山君の言う因果とか繋がりとかの話で考えたらおね……お兄ちゃんより私の方が向こうの世界との因縁は深そうだと思ったから?
もちろん魂はこちらに残したまま体が向こうに行っちゃってる姉の方が繋がりは強いと思うのだけど、因果因縁という話だと何も知らない上に一人きりの姉よりも、ある程度首を突っ込んでしまった上に二人ともこちらの世界に存在する私の方がより深く関わっていると言える気がする。
あまり自身を持って言ったわけでもないけれど、まったくの的外れってわけでもなかったらしく、武山君は何か諦めたような複雑な表情でため息を吐いた。
「ああ。やっぱりそういう事か。真冬は違ったんだな」
それは独り言のような、もしくは私の後ろにいる誰かに言っているような、距離感のつかめない言葉だった。
念のため背後に手を回して何かいないか確認するが、手に触れるものは特にない。ふりかえっ……て手に触れないものがいたら嫌なので振り返るのは自重する。
そういうの怖いからやめてくださいっ。
「ん? あ、ああ。ゴメン。そうだね……」
そう言って自分の顔を手でひと撫ですると、武山君はすっかり動揺を消して元に戻っていた。
「それじゃあ、ここからはオレとまなっちゃんとの話にしよう。まなっちゃんの感じた通り、オレは君の協力を仰ぎたいと思ってる。ただ、協力といっても儀式に参加してほしいってわけじゃないんだ」
大仰に、それこそ私のような一般人が思い描く魔術教団の教祖のように大げさに手振りを加えて話す武山君。なんか突然楽しそうだな。
対照的に私は警戒心を全開にして押し黙る。
「そんなに警戒しなくてもいい。まなっちゃんにはより慎重になって欲しいってだけだ」
ごめんなさい、他人から言われる「警戒しなくていい」は「警戒した方がいい」と同義だと思ってるんです。
ていうか武山君と一緒にいる間に警戒を解いた事は一瞬たりともない。そう見えないのは警戒心では補いきれないほど隙があるだけだ。
あ、なんか情けなくなってきた。
「大丈夫。そんなドジっ娘なまなっちゃんでも出来る簡単なお仕事です」
ほう? 交渉は決裂という事でよろしいか?
自分で自覚する分には問題ないが、他人から言われると腹立たしい。私の乙女心は彼を全力で拒否せよと叫んでいるのだが、武山君は全く意に介した様子もなくただ一方的に自身の要求を突きつける。
「篠宮真冬の希望を聞いた上で、真夏Bの話を聞いてやって欲しい。これは君にしか頼めないし、君だから頼める事だ」
なんで私がそんな事…………
言いかけて、ふと考える。真夏Bの話を聞く、というのはたぶん言われなくてもやる。魔術の事はわからないけど、こんな面倒な事をしてまでほんの一瞬しか面識のない白金真冬を復活させようという理由が知りたいし、兄のいない自分がどう考えて生きてきたのか興味もある。
けど、その前に姉の希望を聞いてってのは、どういう事だろう?
ってか、おね……お兄ちゃんの希望って何の?
「ここまで言ってまだわからないとは。察しが悪いのか天然なのか。」
悪かったな、天然系モテカワ女子で。
軽口で応戦し少し自分の調子を取り戻す私。けれどそんな小細工で少しでも優位に立とうとする私を嘲笑うように、先ほどまでと変わらぬ大仰な手振りを交えて武山君が突きつけたのは、およそ簡単とは言い難い、ある意味究極の選択とも言える二択だった。
サブタイにインガオホーって書きそうになった。。
ご覧いただきありがとうございました!




