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私とコピー

 聞こえて来た声は男の子のものだった。

 ここは男子校。場所は保健室。聞こえてきたのは男の子の嬌声。あとは、わかるな?

 私はそういう事に寛容な心の持ち主なので特に嫌悪感などはない。

 また、心も腐っていないので特別興味もないのだが、確認の為に一応聞いてみる。

 今のなにっ!?

 驚きのあまり若干勢い込んでしまったのはご愛嬌だ。ちゃんと小声で話すくらいの理性は保っているのでご容赦願いたい。


「なんで食いついてんだよ。どうやらお取り込み中みたいだし、場所を変えるか」


 芭蕉蛙? 今は両生類なんてどうでもいいよ! そんな事より同性愛の話をしようぜっ。

 勘違いをしてはいけない。私は天使なので心が腐ってるなんてそんな事はあり得ないのである。これは、あれだ。希少な愛の形を生で見る絶好のチャンスだからだ。

 けれど私の熱い思いは武山君には届かず、何やら複雑な表情を浮かべた彼に手を引かれ、強制的に保健室から離れる方向へと連行された。

 ああっ! 私のユートピアが遠のいて行くっ!?


「他人の学校に妙な理想郷を作るんじゃないっ」




 ユートピアから離れた後、抜け殻のようになった私はズルズルと引っ張られるままに学校の中庭に出てきた。

 中庭といってもベンチなどが設置されているわけではないので、武山君は座るのに丁度良いくらいの高さの花壇の淵に適当に腰掛ける。

 私も手を引かれてその隣に座る形になったのだが、座るというより倒れこむみたいな感じになった。

 千載一遇のチャンスを逃したショックから未だ立ち直れていないのである。いやそんなに興味はないのだが。


「あーもう、いつまで腐ってるんだよ」


 花壇の淵に腰を乗せて伏せる私の肩をつかんで引き起こす武山君。

 しばらく放っといてもらえませんかね? 人生で一度きりのチャンスを棒に振った直後ですので。


「あのな……何を勘違いしてるのか知らないけど、あれは多分まなっちゃんが思ってるようなのじゃないよ?」


 む。どういう事だ?

 まるで私が思ってる事がわかっているかのように言う武山君に思わず聞き返す。


「うちの保険医はカウンセラーも兼ねてるからね。時々ああいう声が漏れてくるんだ。つまりは嗚咽だな」


 おえつ? 誰かが泣いてたって事?

 言われて思い出してみれば、確かに声を殺してる感じとかは嗚咽に聞こえなくもないけど……鼻にかかった色っぽい声だった気がする。

 いくら私の期待と想像が大きかったとしても嗚咽と嬌声を聞き間違えるだろうか。いやいや、そんなに興味津々だったわけじゃないんだが。


「ああ、やっぱそう聞こえるわな。それも理由があるんだけどね」


 そういう武山君は何やら訳知り顔だ。

 なんかこういうもったいぶった喋り方は好きじゃないな。魔術師ってのはみんなこうなのだろうか。

 私は親友の顔を思い出して知らず知らずに武山君を恨みがましく睨んでいた。

 その視線に耐えかねたのか、武山君は私の目を見ないように顔を背けて別の話を振ってきた。


「そ、そういえば今朝の電話、まなっちゃんだったんだな」


 ふふん、そんな話でゴマ化されるほど私はちょろい女ではない。ここは黙って睨み続けて相手が折れるのを待つ場面………………

 そういえば今朝の電話での武山君はずいぶんぶっきらぼうな感じだったね?

 あ、いかん。また思った事が口に出てしまった。


「ああ、ごめん。知り合いと勘違いしてたんだ」


 ほほぅ? つまり武山君には朝早くから電話でフランクに話せるような女性の知り合いがいらっしゃるとそういう事ですね、OK?


「悪意しか感じない言い方だな。まあその通りだけど、残念ながらステディな関係ではないよ」


 うん、それはそうだろうと思った。恋人とかだったらもう少し言い方考えてやれよと説教するところだよ。

 なにせ質問の答えも聞けないまま一方的に電話を切られたからな~。今聞き直したら答えてくれるだろうか?

 って、まてよ。私あの時、お姉ちゃんの話してたよね? はっきり真冬という名前を出したはず。だとしたら一体誰と勘違いしたんだろ?

 疑問に思って聞いてみると意外な答えが返ってきた。


「まなっちゃんとも、もう話したって聞いたけど。名前聞いてないかい? お兄さんにとり憑いてる自意識過剰女」


 答えを聞いた瞬間、私は笑顔で武山君の襟首をつかみ、顔を引き寄せて言った。

 貴様の差し金か。

 コメカミには青筋が浮かんでいたかもしれない。

 私はあいつに非常な嫌悪感を抱いている。自分でもちょっと不思議なくらいなのだが、どうしてもあの自分の可愛さを強調するような喋り方が受け入れられないのだ。

 ぶりっ子も相応の努力をしているという意味では嫌いじゃないのだけど、なんでだろうなぁ。

 とにかくあんなのが一緒にいたのでは私の思い描く姉とのスイートライフが台無しである。今すぐ撤去していただきたい。


「撤去て。モノじゃないんだからそう簡単にいかないよ。それにどちらかというと立場は逆だしな」


 逆?

 意味がわからず、オウム返しに尋ねる。

 けれど武山君はすぐには答えてくれず、別の質問で返された。


「まなっちゃんはお兄さんの身体について何か気付いた事はあるかな?」


 ふむ?

 気付いたというか気付かされた事ならある。

 今朝は騒動に紛れて詳しく聞けず仕舞いだったのだが、姉のあの身体はどうやら兄が変化したというより私をコビーしたという方が近いようだ。

 おそらくだけどこれは秋生も気付いていたんだと思う。そうでなければ私の不興を買ってまで姉を偽者かもしれないなどとは言わないだろう。つまり痣以外でも外見的にわかる部分があるという事だ。

 また、今は若干私の方がたるんでいるが、一週間か二週間前の私とほぼ同じ体型なのもわかっている。

 そういう気付きを伝えると武山君はうんうんと頷いて、私にとってとても受け入れ難い事をさも当然のように言ってのけた。


「うん。あの身体の本来の持ち主は彼女だからね。彼女の名前は篠宮真夏。ちょっとわけありだけど、正真正銘、君自身だよ」

嬌声というのは女性にしか適用されないみたいです。ま、ネコならありか(ぉ

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