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第78話 眠れるオートマタのレイゴウ(7)

 より強固な独房へと移された俺ができる最大限の建設的なこととなれば、スプーンを使った脱獄しかない。

 最後の晩餐を指定できたので、スープを頼んだ。本当だったら最期にカレーを食べたかったのだが、そんなものはないと却下された。ということで、スープを頼んだ。咄嗟にスプーンが絶対についてくる料理は、スープしか思いつかなかったのだ。

 失敬したスプーンで抜け穴を作ろうとしたが、全然掘り進めることができない。

 鉄格子に味噌汁をかけ続けていたら錆びて脱獄できるという話を聞いたことがあるが、今は時間がない。即興性のあるやり方で抜け出さなければならないのだ。穴を掘るやり方の方が時短になると思ったが、大して変わらなかったらしい。

 せめてスキル弱体化の手錠をかける前だったら、もっと抵抗らしい抵抗もできたのに。

「……何をやっているんだ」

 呆れ切った声が背後からした。

 振り返ると、そこにはゼロと、看守がいた。

「別に……何も……」

「スプーンで穴を掘るつもりか……。無駄な努力だな」

 冷静に状況説明されて、俺の堪忍袋の緒が切れる。

「だから何だ!! 無罪なのに私刑になるんだぞ!! 命かけられたら誰だって死に物狂いで逃げるだろ!!」

「ここから逃げることができたとしても、ミストヤードに永遠に追いかけられるだけだ。貴様が逃げれば射殺許可が出ている。自分の力で脱獄するのは推奨しかねる」

「だとしても、ここにいたら死ぬんだろ」

 こうなった以上、もう隠し立てする必要はない。

 自分が何者かを告げるしかない。

 俺も勇者だし、一応王様だ。

 国際問題に発展するかも知れないが、もうこの状況の時点の大問題だ。

 俺が誰か分かれば処刑はなしになるかも知れない。

「ゼロ、お前、俺の正体を聞きたかったな」

「何?」

「教えてやろうか。俺は――」

「いや、今はいい。一刻を争う事態だからな」

「え?」

 あんなに俺の正体を突き止めるのに躍起になっていたのに、嫌に冷静だった。

 何か別の考え事があるようだ。

 ゼロの横にいた看守が言いづらそうに、響かないよう小さい声で話す。

「ゼロ様。処刑まではここには誰も連れてくるなと、長官から堅く言われています。それはゼロ様もです。なので、」

「ああ。なので早くお前の口を塞がないとな」

「? それはどういう――」

 会話の途中で、ゼロはサイレンサーを付けた銃で看守を撃ち抜いた。

 流れるような動きで、看守を仰向けにするとポケットの中身を探り始めた。

「お、おい!! 何やってんだ!? 仲間だろ!!」

「仲間だ。だから私が撃ったのは麻酔銃だ。命に別状はない」

「ど、どういうことだよ」

 看守の身体を触って見つけたお目当ての物を、ゼロが掲げる。

 探していたのは鍵の束だった。


「脱獄するぞ」


 たくさん種類がある中、順番に鍵穴に鍵を差し込んでいく。

 その中には牢屋の鍵や、手錠の鍵もあるはず。

 数が多いので、当たりの鍵に行き着くまで時間がかかりそうだ。

「なんで……。こんなことしたら、お前もただじゃすまない。下手したら、殺されるかも知れないんだぞ」

「そうかも知れないな。……ただ、不当なやり方で殺される人間を見殺しになんて俺にはできない」

「俺がお前にしてやれることなんて何もないぞ。お前が望んでいる記憶も教えてやることなんてできない」

「見返りなんていらない。事情聴取もなしに処刑なんて、相手が誰だろうと間違っている。私は私の正しさのためにやるんだ。私には記憶がないからこそ、後悔しない記憶ばかり作りたい」

「ゼロ、お前――」


 ゼロの背中に、伸びた蛇腹剣が斬りかかった。


「があっ!!」

 鍵束が落ちると共に、膝から崩れ落ちる。

「今度はちゃんと直撃したね、ゼロ様ァ」

 クロックが不敵な笑みを作りながら、歩み寄って来る。

 後ろに仲間を数十人連れながら。

「ゼロッ!!」

 ギリギリのタイミングで扉の鍵を回してもらったので、ゼロに駆け寄れた。

 血は出ていないようだったが、脊髄は神経が集中している場所。

 当たり所によれば、歩けない体になってしまう。

「駄目じゃん。犯罪者の脱獄の手助けをしたとなったら、自分の義理の息子を溺愛している長官だろうと庇いきれないよ?」

 ゼロが顔だけ上げて反論する。

「貴族達の反感を買わない為に、人身御供を出して事件解決か? そんなの、私の正義じゃない」

「弱者は強者に屈さなければならないものでしょ? 正義? それは強者だけがかざしていい力の象徴なんだよ」

「違う!!」

 痛みに耐えながら、ゼロは立ち上がる。

「人は公平にならなくちゃいけない。皆が装着している『エクスマキナ』だってそうだ。これはスキルレベルが、低い人間にだって力を与えてくれる画期的な装備品だ。これがあるから、弱い人間だって強くなれるんだ。強者? 弱者? 人類の英知の結晶はそんなもの簡単にひっくり返る。だから、貴様の正義が強者だけのものっていう考えは、間違っている。正義は特定の誰かのものじゃない。平等に全ての人間が持っていい心の中の道標なんだ」

「へぇー。大層な考えをお持ちみたいだけど、その考えを持てるのは、君が生きているからでしょ? 言わせてもらっていいかな。この処刑は、スミス長官が望んでやった事なんだよ。あの人の命令なんだ、これは。助けてもらったのに、君は自分の育ての親に逆らうつもりなのかな」

「…………」

 痛い所を突かれたようで、ゼロが押し黙る。

 ゼロはスミス長官に逆らうような真似はできない。

 実直だから、命の恩人の顔に泥をかけるようなことはできないのだ。

「命の恩人なんでしょ? そもそも君は少しでも強いと認められたから救われたんじゃないのかな? 今でも弱い人間は暗黒街に這いつくばっているはずだよね? どんなに綺麗事を宣っても、社会の縮図は変わらない。搾取される側と、支配する側に分けられるんだ。その優劣に人は逆らえない。ゼロ様だって、逆らわずに従順に従えばいいんだよ。あの人だって、あなたに傷ついて欲しいわけじゃないんだから。あなたはただ黙って親の言うことだけを聞いていれば、ちゃんと出世して、人より優れた生活が送れるんだ。反抗をせずに、従うのが最大の親孝行なんじゃないの?」

 ゼロが前に出て、俺を庇うように手を広げる。

「親の言うことはいつだって正しいんだよ。憎まれることがあっても、それは全てあなたの為なんだよ。ゼロ様だって親の厳しさに感謝することだってあるんじゃない? 私だって、反抗期があったけど、今では親に感謝している。それに君に死んで欲しくないのは私も一緒だよ? 今なら私の権利で、ただの気の迷いだってことにしてあげられる。さあ、早くそいつの身柄を渡してよ」

 クロックは立ち止まり、手を伸ばした。

「誰だって汚くなるんだよ。君は記憶がないから赤子みたいなものだ。だけどね。気が付くんだ。みんなそうやって妥協して大人になっていくもんなんだよ」

 ゼロの肩に手を置こうとしたクロックの腕を、俺がつかみ取る。

「子どもは親の奴隷じゃないだろ」

「邪魔をしないでくれるかな」

「お前が邪魔をしているんだ。ゼロが自分の考えを持つことの邪魔を」

 クロックは舌打ちすると、後ろに控えていたミストヤードの連中に命令を下す。

「この囚人を捕縛しろ!! 抵抗するなら発砲も許可する。全員でかかれ!!」

「待て!!」

「あなたに余所見する余裕はないはずだけどね」

 クロックが蛇腹剣を伸ばし、その切っ先をゼロは銃で弾いた。

 肩に照準を絞った銃撃の前に、クロックは射線を予測して背中を反って躱し切る。バク転の動作で蹴りを顎に入れるが、ゼロが顎と脚の間に手を入れて致命打を防いだ。

 お互いに距離を取って様子を見る。どちらも遠距離攻撃の武器を持っているが、蛇腹剣は一度攻撃したら、剣を自分の元に戻さなければ攻撃が再開できない。ゼロは銃弾が尽きたら補充しなければならない。どちらも隙が出やすい武器を所持している。

 二人ともどちらかの隙を見つけるために必死であり、見つけられた方が即座に敗北する。ただ、追い込まれているのはゼロの方だ。スキルレベルに差があり過ぎる。このまま膠着状態が続けば、地力の差で敗北する。

 少しばかり余裕があるクロックの方が、状況を整理するための視野は広い。

 だから、俺の様子を見るために眼球だけこちらに向けて、ぼそりと呟いた。

「何? その動き……。手錠をしている以上、素の身体能力しか引き出せないはずなのに。それなのに――」

 狭い通路で人数が多いと、動きが鈍くなっている。ミストヤードの彼らは武器の扱いに特化した戦い方を得意としており、癖となって抜刀をしているが余計に行動範囲を狭めていた。

 俺は徒手空拳でも十分に戦えるので、十分応戦していた。

 複数人との闘い方も心得ている。

 視野を広く持ちながら、同じ場所に一定時間いないことを意識する。人と人の重なりで必ず死角が生まれる。目の前の味方の身体があるせいで、観えなくなる部分が必ず出てくるのだ。前衛の人間をブラインドに使いながら、攻撃するよりも避けることに徹する。

 避けながら、相手の視線が切れた瞬間を狙って、前にいる人間を一人ずつ潰していった。

「誰だって汚くなる!? ああ、そうだな!! 誰だって純白なままじゃ生きられない!! そんなの聖人だ!! 人間なんかじゃない!! プログラムに則って正しく生きるのは機械人形ぐらいしかできない!! だけど、汚いままで満足するのと、汚くなっても綺麗になろうとするのは違うだろ!!」

「――何だって!?」

 俺は、クロックの妙に悟ったような言い方が癇に障った。

 ゼロがどれだけ育ての親に感謝しているのかは知っている。

 親の言う事を聞けば間違いなく出世することも自明の理だ。

 だけど、親の言う事だけ聞いていればいいのなら、子どもの考えはどうなる。

 ゼロの人生はスミス長官の人生じゃない。

 ゼロの人生はゼロ自身のものだ。

「自分の考えを持って、自分の親の考えを超えようとする奴の邪魔をするな!! そういうのは反抗期じゃない、親離れっていうんだ!! 自立することを、人は成長っていうんだよ!!」

 眼前にいるミストヤードの人間が剣を突いてきた。

 俺はさっきのクロックのように背中を反って避けて、手錠の鎖を巻き付ける。意表を突かれて瞠目する隙を、俺は見逃さなかった。剣を少し上に浮かすと、蹴りを腹にぶち込む。呻きながら退いた男に対して大きく踏み込み、奪った剣で袈裟斬りにする。

「自分の考えも持たずに、ただ上の命令だけを聴くだけの奴は機械人形以下だ」

 驚愕の表情をしながら、鮮血を流して倒れ込む。

 訓練された戦い方じゃない。

 これが、野試合を繰り返してきた男の汚い戦い方だ。

 ミストヤードの数が少なくなってきた。

 これなら武器を思う存分振るうことができる。

 武器は牢獄に押し込められる前から没収されている。自在にスキルが使えず多対一の戦闘において、新しい武器を手に入れられたのは相当戦力が引きあがったと言える。

「あいつ……」

 ゼロが横目で戦いぶりを見て感心したように呟くが、ずっと意識を割くことはできなかった。

 大蛇が膝に喰らい付いたかのように、傷が広がる。

「ぐっ――!!」

 ゼロは膝を斬られたが、機動力が大幅に落ちる訳ではない。力を入れずとも、少しの挙動で『エクスマキナ』の噴射機構は稼働できる。背中に背負っている噴射機構を起動させると、中空を舞いながら距離を取り、安全地帯から狙撃する。

 蛇腹剣によって弾かれるが、それも計算の内のように口を歪める。切っ先に接触した瞬間に、銃弾が破裂して煙が周辺に一気に充満する。

「煙幕!? 無駄なことしないでよ」

 拳銃をクロックに向かって投げ捨てるが、煙幕の中でも察知して弾いて地面に落ちる音がした。当てるのが目的じゃなく、ただ邪魔だから手元から離しただけだった。背中のバックの側面に取り付けられていた、より重厚な銃を取り出すと、アンカーを射出する。

 一騎に目的地まで移動して、地を這う。

「確か、この辺に……」

 探し物をしている間に、ヌッ、と影が視界に入ってくる。

「どれだけ小細工を弄しても、この力の差は埋められないでしょ」

 近距離から蛇腹剣を伸ばされ、脇腹を貫通してしまった。ゼロは、せっかく拾った物を手放してしまい、勢いそのままに壁へ背中を強打する。ガクン、と首は下向き、もう力が入らないようで座り込んだままだった。

「グッ……」

「煙幕で周りを見えなくして何をするつもりだったのかな? まさかこの期に及んで逃げるつもりだったの? それとも奇襲かな? お互い見えない状態で、一か八かの作戦に身を投じるなんて、ゼロ様もお馬鹿になったみたいだね」

 未だに煙幕が立ち込めている中、金属音が響く。

 クロックが音源の方向を見ると、そこには自分の部下達が全員倒れ伏していた。そして、響いた鈍い金属音が何なのか、落ちている手錠で察する。

「まさか。煙幕を使ったのは鍵を私に気づかれず、囚人に投げるため――!?」

 蛇腹剣によって斬られた衝撃で、ゼロは鍵束を落としていた。その鍵束を見つけ、俺の方へ投擲してくれたお陰で晴れて自由の身になれた。

「悪いが、私にはこれしかできなかった。――後は頼む」

「十分だ。これで、全力でお前を倒せるな。圧倒的力の差の前に、お前に何ができるかな」

 ゼロが悔しそうにしながらも気絶する。

 他の敵は全員倒した。

 立っているのは俺と、クロックだけ。

 これで一対一の戦いになった。

「……少しは腕が立つようだけど、あなたは何も分かっていないみたいだね。奇跡的に私を倒しても、あなたに待っているのは敗北だけでしょ。力っていうのは腕っぷしだけじゃないんだよ? 組織という数の暴力のことも、力って言うんだ」

 クロックは頭上を指差す。

「この騒ぎ。上にいるミストヤードが聞きつけて押し寄せてくれば、あなたみたいなチンケな列車強盗は一瞬で潰されるよ」

「それはどうだろうな。上の連中は誰も助けに来ないと思うけどな」

「まさか、あなたは仲間が助けにでも来てくれるのかな?」

「助ける? とんでもない。あいつは人助けなんてしない。あいつはただ人を傷つけることしかできないんだ。あいつは助けるどころか、確実にこの場にいる全員を不幸にする。あいつこそ、力の差なんて無意味だと教えてくれる最悪の奴だ」

 この乱戦騒ぎ。

 人間の心の動きを観察するのに、これほど適した状況はない。

 今のこの戦いに傍観者でいられるほど、あいつは大人しい性格はしていない。

 相手がミストヤードだろうが、躊躇なく倒すだろう。

「――あいつ?」

「世界最強よりも世界最強のパーソナルスキルを持つ、あらゆる事件の加害者だ」

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