第69話 スチームパンクの中の名探偵アン(9)
服が破れたせいで直に、胸に触っているのだが意外に大きい。
サラシでもしていたのかも知れない。
聞くまでもない。
こいつ、男装していたのか。
「ふん」
鉄の小刀が数十本降り注ぐ。
後ろ手で鉄の触っていたのだ。
俺は後ろに飛びのいて避けた。
「素性を隠した方が、調査しやすいのでねえ」
アンは破れた布を編み直して、胸元を隠すように新しい服を作った。
名前からして女性っぽいと思っていたが、本当に女性だったとは。
確かに、男装に限らず、変装していた方が探偵業は何かとやりやすいのかも知れない。
犯行が行われた後に、太々しい態度で警察に突っかかりながら推理を披露して、そして事件を解決する。
そんな探偵像が一般的ではあるが、探偵とはそれだけではない。
迷子の猫探しや浮気調査だって立派な探偵業。
むしろ、現代日本ではそちらが、真の探偵といえる。
それに、大きな事件だろうと、未然に防ぐために事前に調査するためには、犯人に顔バレしないように変装した方がいい。
事件前だけではない、事件後だって犯人の逃走を許してしまったら大変だ。
推理を聴かされて素直に罪を認め、お縄に付く犯人は現代日本では一般的でも、異世界ではそうはいない。
法整備は整っていないし、警察が世界中にいるわけではない。
犯人が逃げ切ってしまったら、それで事件は未解決になってしまう。
そんな犯人を追いつめる時は、油断させるためにも顔が割れている探偵は変装した方がいいのだ。
変装といえばむしろ『探偵』とは真逆の『怪盗』の特権のように思っていたが、ここまで考えると変装するのに利点しか感じない。
「貴君こそ何者だ? その強さ、尋常ではない。そこらのゴロツキに堕ちるような実力ではなさそうだが」
「肉声よりも、肉体言語の方が通じるみたいだな」
口では俺のことを認めつつも、警戒心がなくなったわけではない。
構えが解かれていない。
まだ臨戦態勢だ。
どう説明したものか考えあぐねていると、
ビビビビィ!! と、貨物の中から熱線が発せられる。
一直線に放たれたそれは、天井高く積み上げられていた荷物を切り裂きながら、俺に向かっていく。
「な、何だ!!」
反射的に避けたものの、突然乱入してきた第三者に驚いてしまった。
熱線が通った床は焼け焦げている。
ガシャン、ガシャン、と稼働する機械は、武骨な造形をしている。
大型機械を支えるのは、蛸のように複数ある脚。
赤い点がギョロギョロと動き、対象物を捉えるセンサーが搭載している。
両横に取り付けられている砲台からは、まだ煙が出ている。
無人駆動多脚砲台。
いくら最新機関車だろうと、こんなものを設備している訳がない。
外部から持ち込まれたものだ。
貨物の中に紛れていたのか。
「レ、レーザー!? オーバーテクノロジーだろ!!」
メイドインバベルミラージュは、アイテムポーチも大概だけど、こういう戦闘機械の発達度も半端ではない。
だけど、問題はどうして起動したか、だ。
外部の人間が持ち出したのは分かったが、誰の持ち物か。
こんな物騒なもの合法で持ち込める訳がない。
この大きさだと荷物チェックの時に、駅員に止められるはずだ。
となると、いくつかの荷物に分けたのか。
解体して貨物室に持ち込んで、ここで組み立てたに違いない。
一般市民がそんなことするはずがない。
となると、盗賊団がもしもの時のために切り札として持ち込んだのか。
今頃起動したのは、『黄昏より深く』のメンバーの誰かが起動スイッチを押したのか?
だとしたら、人数が多すぎて監視できなかったツケがここで回ってきたな。
「警護ロボといったところか? 盗品のようだが、機能は生きているようだ」
ここに来る前に調達したか、それとも襲った場所に警護ロボが設置されてそのまま強奪してきたのか。
その警護ロボのボディ部分が、ガコンと開く。
ギュルギュギュルと何やら大層な音がすると思ったら、そこから小さな銃口が飛び出してきた。
「げっ!!」
パパパパ、と銃弾の雨あられ。
威力は小さいが、レーザーと違い広範囲に何発も連射してきた。
咄嗟のことで避けきれないと覚悟したが、
ガキンキン!! と突如現れた鉄の壁が、銃弾を跳ね返す。
鉄の糸の先を辿ると、アンの五本の指先までいく。
どうやら庇ってくれたようだ。
「決まりだな。盗賊団の一員ならば顔の識別を登録しているはず。それがないってことは、貴君は『ミストヤード』か、最も可能性が低い『ただのちょっと強い通りすがりの一般人』っていうところかな」
「最後の推理で正解だ、迷探偵」
ギュウゥウン、と警護ロボが唸る。
何かエネルギーを収束しているような音。
再びレーザーが発射される。
「まずっ!!」
今度はアンが標的になる。
鉄の壁を編み出して防ぐが、溶解していく。
穴が生まれ、徐々に拡がってレーザーが貫通する。
機動力のないアンは、そのままだと直撃する。
俺は縮地を使って高速移動すると、アンの首根っこを掴む。
「うぐっ!!」
アンを引きずりながらも縮地で避ける。
ジュッ、とアンの靴のつま先が熱せられた音がした。
「あっぶ」
ギリギリ避けられたようだ。
だが、ようやく自分のペースを取り戻した。
さっきの小型機関銃もそう簡単には被弾しないはずだが、それでも全部を避けるのはこの狭い車内では難しいだろう。
だとするならば、アンのパーソナルスキルであろう『スカーレットスレッド』が必要となって来る。
問題は、相手に共闘の意志があるかだが、
「非礼を詫びよう」
いきなり謝罪してきた。
そんな殊勝なことができたとはな。
「言葉だけじゃ足りないな」
「ならば、この名探偵シャーロキ・アン・ホームズ。一時的に貴君を我が助手にしてしんぜよう」
「断る!! なんだそのいらない称号は!!」
自然と肩を並べるように立つ。
アンは相も変わらず話を聞かずに叫ぶ。
「共に戦おう!! 我が助手よ」




