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第55話 名前も知らない最弱(3)

 スライム。

 ただ、柔らかくするだけのスキル。

 柔らかくしたものを、スライムのように弾力のあるものにすることもできるけれど。

 そんなの弱すぎる。

 世界最弱のスキルだといってもいい。

 だけど、冷や汗が首筋を流れる。

 このスキルはおそらく、世界最弱のパーソナルスキルだ。

 だから、一気に畳みかければいいだけ。

 なのに、なぜか身体が重くなる。

 まるで、体が警告を発しているかのように。

 戦っても勝ち目がないことを教えているようだ。

 いや、そんなの考えすぎだ。

 膝を叩いて鞭打つ。

「――よしっ!!」

 炎や雷などといった、遠距離からのスキルは無意味。

 全ては空間を捻じ曲げられて跳ね返されるが、流される。

 なら、勝機は接近戦。

 相手も接近戦には自信があるようだが、戦闘スタイルとスキルから考えて受け身の態勢しかとっていない。

 性格もあるのだろうが、受けているだけで勝てるほど実践というものは甘くない。

 どれだけ力を受け流すことに長けた技術を持っていたとしても、それは続かない。

 体力が尽きれば動きは鈍る。

 多種多様な攻撃を完璧に受けることなどできない。

 戦闘が長引けば必ず隙が生じる。

 気を付けるべきは、空間を捻じ曲げるカウンターによる被害ぐらいなもの。

 攻撃力皆無のスキルなんて、押して押して押しまくって完全攻略してみせる。

 小手面。

 手首を斬りつけるのではなく、叩き、そして衝撃の反動を使って跳ね上げる動作。鋭く、そして速く斬る。

 単純、それゆえに隙が無い二連撃。

 だが、小手も面も最小限の動きでかわされる。

「なっ――」

 見て躱したというより、事前にこっちがどんな攻撃をしかけるか知っているかのような動きだった。

 避けた鎧の女は、拳を腕に叩きつけてくる。

 ただそれだけのはずなのに、肌が裂け、血が噴き出す。

「いっ――!!」

 刀を取り落としてしまう。

 拾っている暇などない。

 拳を突き出す――が、手のひらで受け止められてしまう。

 パァンと気の抜けたような音が響くだけで、ダメージを与えることができなかった。

 俺の腕をスライム化して、拳の衝撃をなかったことにした。

 豆腐の角で頭をぶつけても死なないのと同じく、硬度を喪失させては威力がでるはずもない。

 そして、それだけじゃない。

 枝が生えているみたいに、複数の骨が皮膚を突き破っている。

 自分から電柱にぶつかって大破した車のように、ぐちゃぐちゃになっている。そして、スライム化を解除すれば普通の腕に戻る。

 血管も筋線維も元通りになれば、痛覚も通常になり、血液は壊れた噴水のように吹き上がる。

「アアアアアアアアアアアッ!!」

 のけぞり、痛みに訴える俺のことを鎧の女は見下す。

「…………」

 何一つ言葉を発さずに、感情というものがまるで見えない。

 おかしい。

 ビブリアが、幻想体の人格までいじるはずがない。

 ある程度の記憶や状況を変えて戦わせることはあれど、人間の本質を変えてしまったらあいつの美学に反する。

 むしろ、もっと感情のぶつかり合うように性格をいじることはあるかもしれない。

 ということは、これが鎧の女の素なのか。

 ここまで他人を傷つけても平然といられるものか?

 何も感じていないというだけで、得体が知れない。

 ボアは他人を傷つけて愉快そうだったが、まだそのほうが分かりやすかった。

 鎧の女は、無事だった俺の片腕に蹴りを入れる。

 力を入れていない。

 サッカーボールを3mぐらいしか飛ばさない程度のキック力。

 なのに、俺の腕は絞られた雑巾みたいに捻じれている。

 捻じれた腕の隙間からは、もちろん骨が突き出し、血が噴き出す。

「――――ッッ!!」

 痛すぎて、悲鳴すら上げられない。

 自己治癒のスキル『ナチュラルバフ』を使うが、文字を消しゴムで消すみたいに簡単に傷を消すことはできない。

 捻じれた腕を逆回転に捻じり、突き出した骨をまた体の中に入れこまなければならない。治療しているときも、攻撃されたときと同じ痛みを味わうのだ。

 しかも、ゆっくり治療するから、痛みがより鮮明に伝わる。

 まずは『縮地』で距離を取る。

「…………?」

 追いかけてこない。

 その素振りすらも見えないし、今も微動だにしない。

 脚がまだ健在なのは不幸中の幸いだ。

 刀は握れない。

 拳を振るうことも難しい。

 腕が使い物になるよう時間を稼ぐしかない。

 無闇に攻撃をこちらから仕掛けなければ、手痛いしっぺ返しを食らうことはない。

 一気に距離を詰める方法がないから、見切りをつけて何もしてこないのだろう。

「…………なんだ?」

 スッ、と鎧の女は無言で地面に手を当てた。

 なんだ、何も起こらないよな――と疑問に思っていた直後――。

 ドォンッ!! と地下から腹に響くような音がする。

「な、んだ?」

 鎧の女の周辺の地面から罅が入ると、そのままギザギザの線が観客席まで到達する。

 そのまま一部の観客席が陥没すると、そこから大蛇をかたどったような砂が屹立する。

 闘技場に敷き詰められている砂がうごめき、まるで八岐大蛇のように鎧の女の後ろに集まっていく。

 地表そのものをスライム化させれば、こんなこともできるってわけか。

 なるほどね。

 これなら自ら動かなくても攻撃できる。

 これはいうならば、砂の津波だ。

 砂の大蛇は口を開けて襲い掛かってきた。

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