第42話 Fランク冒険者トロイトのダンジョン探索(3)
悲痛な叫びの残響が鼓膜にこびりつきながらも、俺はダンジョンへの入り口まで来た。野良のダンジョンではなく、整備されたダンジョンでは入口の雰囲気はまるで違う。
そう。例えるならこれはまるで高級ホテルのロビーだ。
冒険者ギルドに隣接された建物の中がダンジョンの入り口というのも驚きだが、人工的に整備されているのはもっと驚きだ。
以前ここに訪れた時よりも、さらに手が加わっている。
真新しい床や壁は均されているし、それに、ここの名物でもある噴水もより大きく豪華なものになっている。
噴水の中には様々な硬貨が投げ入れられている。
ここに訪れた者達の募金だ。
噂によればここにお金を投げ入れれば願いが叶うとか。
絶対にそんなことはないだろうが、みんな無事ダンジョンを潜行できることを祈って入れる人は少なくない。
ここの募金は年間で数百から数千の金銭が集まるといわれている。
教会もびっくりの募金量。
募金額は世界一といっていい。
まあ、それだけ世界中の人間がここに集まるのだ。
一人一人の投げ銭が少なくとも、積もり積もってこの国を支える予算となる。
だが、人が多いと変な人間も増える。
夢見がちで現実が見られない奴とかが。
「お願いします! 私もダンジョンに潜りたいんです! だって、私は冒険者だから!」
何やら騒がしい。
目を向けてみると、怒鳴るように訴えている女の子が一人。
「あれは……」
「あの方ですか……」
俺とほぼ同時に声を上げたのは、受付をしていたギルド職員。
本来ならば受付と、案内役は別なのだが、もっとお金をもらえると思ったのか同じ人に案内をしてもらっている。
「知っているんですか?」
「ええ。朝方にもやってきて同じことを……」
「お願いします! お願いします!」
うっるさいなー。
あれは。
元気よくはきはき言っているものだからそこまで不快感はないのだが、詰め寄られているギルド職員が可愛そうだ。
そして、あの女の子は、俺がギルド会館に入る前にぶつかった子だ。
特徴的な大きいリュックを背負っているからよく覚えている。
リュックや靴それ以外の装備品全てが真新しく、泥一つない。完全武装が大きいせいで、制服がブカブカな中学一年生みたいだ。似合っていない。
「げ」
ぐるり、とこちらにを向くと、俺に視線が固定される。
「あっ、もしかして、一人でダンジョンに!? ということは、もしかしてCランク以上の冒険者の方ですか!?」
「まあ……ね」
「よかったああああ……」
え?
なにが?
嫌な予感が……。
「私を同行させて欲しいです! 必ずお役にたって見せますから!」
「えっ、とお……」
なんかそう言うと思っていたよ。
他にもチラホラ冒険者いるのに、なんで真っ直ぐ俺のところに来るかなー。
なんというか礼儀も常識もないな。
もちろん、パーティーになってくれるように直接交渉するのだってアリなのだが、基本的にはギルドに申請を出してから募集するものなのだ。
前衛、後衛、希望とか。
募集要項をまとめていた方が自分のパーティーに不足しているものが明確化されるし、何よりギルドを介することによってトラブルが減少する。
分からないことがあれば、プロであるギルド側がフォローしてくれるしな。そういったこともせっかくやってくれるのだから、利用しない手はないっていうのに。タダでそこまでやってくれるのだから。
もしかしたら、それすらも知らない新人なのかな?
「私、トロイトと申します。Fランク冒険者ですっ!!」
「Fランク……? ダンジョンに潜るのは何回目ぐらい?」
「初めてです!!」
「……は? 初めて?」
「はい! ギルドに冒険者登録したのも今日が初めてです! 初体験です!」
「あっ、そう……」
新人だとは思っていたが、まさかデビューさえしていないとは。
こんなの相手にできるわけない。
普段だったら新鮮芯を出してインストラクターの真似事をしたかもしれない。
だが、今は緊急事態だ。
そんな暇はないし、Sランク冒険者が行方不明になっているダンジョンに今挑戦しようとしているのだ。
お荷物を抱えて潜れるほど楽な道程じゃない。
「今のダンジョンがどうなっているか。それぐらいの話は聴いているんだろ? 俺は単独で潜る。悪いけど、遠足気分の奴がいて、ラビリンスのダンジョンを探索できるとは思えないんでな」
「なんでですか!? 私、役に立ちますよお! この日のために準備は万端ですから!」
準備万端ね。
確かにガントレットや持ち物はたくさんあるが、それじゃ身動きとりづらいだろ。甲冑を装備していても動けるのは、セミラミスのような熟練者だけだ。
野外にいるモンスターよりかは、ダンジョンのように屋内にいるモンスターの方が鈍重の傾向にはあるが、それでも油断ならない。
なるべく持ち物は軽い方がいい。
スキル『心眼』で、レベルを視認すると、
武術スキルレベル11
と出た。
もちろん他のスキルレベルは0なので、総合スキルレベルは11だ。
確かに、スキルレベルは頑張って上げている。
初めてダンジョンに潜るにしては相当努力しているといっていいだろう。
第一層ぐらいならば、時間はかかるだろうが単独で踏破できるほどの実力はあるだろう。
だが、それはあくまで第一層の話。
ダンジョンは、層が変わればモンスターのレベルがガラリと変わる。
もしも安全にラビリンスダンジョンを踏破するのならば、総合スキルレベル30は最低でも欲しいところだ。
今のトロイトのスキルレベルでは心もとない。
「大体、ダンジョンを案内する専門職の奴がいるだろ? そいつに頼めばいいんじゃないのか?」
冒険者として初心者の人間をナビゲートする職業がある。
それだけを何十年も続けている人間がいるのだ。
しかも、他のダンジョンには行かずに、ラビリンスダンジョン一筋の人だって一人や二人ではない。
冒険者という職業でありながら、一切冒険をしない。
ただただ堅実な生活のために生きている。
そういう人だっている。
そのほとんどは夢破れて、年齢が重なり旅をできなくなった人達が多く、小馬鹿にはされがちだけど、俺は尊敬している。
冒険者という名前はかっこいい。
だが、その実態は、地に足つかないフリーターのようなもの。
命の保証がなく、ダンジョンでお宝を見つけて一獲千金を狙う人達だ。
そんな人が大多数の中、自分の力量を見極めて小金を積み重ねていく人達のことを俺は尊敬している。餓鬼である俺には想像もできないほどの努力をしているんだとお思う。
そういう人たちをなんで頼らないのかな。
俺の疑問にギルド職員が答える。
「それが、こういう事態でみんなダンジョン探索中でして、今は予約待ちという状況になっています……」
「ああ、そう……。でもまあ、俺には無理だよ。資格なんてないし、もっと適任いるだろ? 誰かを探せばいいさ」
「だって、他の冒険者さんは殺気立っていて怖いし、それに『師匠』は一応一言ですが話をしたことあるじゃないですか!! だから、これも縁だって思って諦めてください!!」
「……なんだよ、その『師匠』っていうのは」
「師匠ですよ! これからダンジョンのことや、冒険者のことを教えてくれるんですから!」
「ふざけんな! なんでもうその気になっているんだよ! 俺は絶対にやらないからな! そもそもできないだろ!」
いい加減腹が立ってきた。
こっちは人一人の命がかかっているのだ。
お遊び感覚でダンジョンを潜ろうとしているわけじゃないんだ。
それなのに、
「いいえ、できますよ」
思わぬ横やりが入る。
「は?」
「ですよね! ですよね!」
いやいやいや。
いきなり話し出したと思ったら何言ってくれちゃっているのかな? この人は。
「あっ、あのですねー。無理って言っているじゃないですか。こういう時はギルド職員の人がしっかりしてくれないと」
「可能なんですよ。別に引率者の資格があろうがなかろうが、ダンジョンに潜ることは可能です。むしろ……えっ、となんとお呼びすればよろしかったですか?」
「ああ、えっ、と」
ああ、そうか。
トロイトがいる前で本名を言う訳にはいかないから……。
偽名か。
そこまで考えが至らなかったな。
こんなことならもっと前から考えておけばよかった。
「ブレイブ、だ」
気の効いた名前が思いつかなかった。
勇者だし、ブレイブでいっか。
「失礼いたしました。ブレイブ様のように高位の冒険者ならこちらとしても止める理由はありません。むしろ、適任かと。ダンジョン探索ならお手のものでしょうし、自分よりもランクの低い冒険者とダンジョン探索した経験は十二分におありかと思われますが」
「そういう資格とか、できるできないの問題じゃなくて、俺の迷惑を考えてくださいよ」
「私は、可能かどうかを述べただけです」
「…………」
「…………」
揺るぎない瞳をしている。
私情を挟まずに自分の業務だけを遂行することだけを考えている、機械のような無機質さを感じる。
なるほどね。
サイコパスの多い職業として医者とか弁護士とかマスコミが挙げられるのは、感情移入してはいけない職業だからと聴いたことがある。
もしも患者の気持ちに寄り添ったら外科手術なんてできないだろうし、弁護士だって誰かを不幸にするかもしれないのに弁護なんてできない。マスコミだってわざと神経を逆なでするような言動を引き出すために、心ない言葉を吐かないといけない時だってあるかもしれない。
ギルド職員だってそうだ。
冒険者を送り出す人たちは『死』に慣れている。
自分達が送り出してしまったせいで死んだ冒険者だってたくさんいるだろう。
そのことを意識してしまったら、仕事にならない。
だから、考えないようにしているのだろう。
仕事は仕事として割り切っているんだろう。
厄介だな。
これは、言葉が通じるような相手じゃなさそうだ。
職員はもちろん、この新人冒険者の方も。
対照的に無垢な瞳をキラキラさせているこいつは、現実を知らない。
どれだけ人が死ぬのか分かっていない。
言葉で通じないなら行動で示すしかない。
荒事が嫌いな俺がやれることとなれば、たった一つ。
逃げる。
「あっ、まっ、待ってください!!」
追いすがれようが関係ない。
俺はダンジョンへと駆け降りた。




