38説得
その頃クワイエス領ではキャサリンの処分を決まる前にどうしても話がしたいとクワイエス夫人のマリアンヌがキャサリンの元に出向いていた。
それまでにブルーノが何度もキャサリンの元を訪れ考えを改めるように話をしていた。
だが、キャサリンは頑なに「クワイエスが憎かったからあんなことをしたのよ。私をここから出せばまたあいつらを襲ってやるんだから」などと反省の色は全く見せなかった。
取調室でキャサリンの向かいに座ったマリアンヌにキャサリンが文句を言う。
「あんたなんかの話なんか聞かないから。私の事は殺すなりどうとでもすればいいわ」
「いつまでも虚勢を張るのはよしなさい。バルブロ男爵はあなたは男爵家から籍を抜いたから勝手にしてくれて構わないって返事が来たわ。キャサリンあなたは平民なの。それは知ってる?」マリアンヌは事実を話す。
「平民ですって?ふん、あんな奴。私を金にする事しか考えないんだから。あんな奴の言いなりになるくらいなら平民の方がましよ!」
「落ち着いてキャサリン。あなたを殺したりしない。寧ろ何とか立ち直ってほしいと思っているのよ。いいから一度私の話を聞いてほしいの。お願いキャサリン」
何とか自分の話を聞くようにキャサリンに言った。
さらにハーブティーとお菓子も用意して彼女の気持ちを静める。
「さあ、お茶でも飲んで…」
マリアンヌはそう言うとしばらく黙った。
キャサリンは怒らせた肩を下ろしそっと出されたお茶に手を出した。カップを持ち上げる所作はとても綺麗だ。
そしてお茶を飲みお菓子を食べるとぽろぽろ涙を見せ始めた。
「ねぇ、キャサリン聞いてこれから話すのはあなたのお祖母様の話。もちろんお母様のほうのね。アミルのお母様はクワイエスの前領主と婚姻していたの」
「えっ?」
キャサリンはキツネにつままれたかのような顔をした。
「驚いた?でも、事実なの。でもね。クワイエスとは政略結婚だった。お祖母様は好きな人がいたらしいの。お祖母様は結婚した後もその好きな人と会っていた。そして妊娠したの。それがアミル様だった。浮気はばれてお祖母様はクワイエス家から離縁されたわ。もちろんそうなるわよね。お祖母様のお相手は伯爵家の跡取りで結婚していたんだけど、そのことがばれて伯爵は離縁したわ。先に生まれていた男の子はそのまま伯爵家の嫡男として育てられる事になってその後お祖母様が伯爵家に嫁がれたの。アミル様は伯爵の子供だったから問題はなかった。でも、お祖母様は姑からひどく嫌われてアミル様もそうだった。そしてお祖母様はクワイエス家の事をひどく恨むようになったの。アミル様にもクワイエス家のせいで自分たちはこんな目に合うのだと…だからアミル様も当然クワイエス家を憎む考えを持つようになった。そしてキャサリン。あなたもアミル様から同じようにクワイエス家を憎みように言われ続けて来た。だからあんな事をしてまでクワイエスを憎もうとして来たんじゃないかって思うの。そうじゃない?」
「そんなの嘘…」
「嘘じゃないわ。クワイエス家の者ならみんな知ってるわ。でも、アミル様はそんな事を話すはずもない。でしょう?自分の母親が浮気をして自分は不義の子だったのなんて娘に言える?彼女はそれもこれも全部クワイエス家のせいだって思いこませれていた。そうは思わない?」
キャサリンはキュッと唇を噛んだ、
目を閉じてじっとしている。きっともしもそうだったならと考えを巡らせているのだろうか。
「私もいえ、みんな、あなたに立ち直ってもらいたいの。平民でもクワイエス領で暮らせばやって行けるはずよ。そのための後押しはブルーノ様がしたいって言われてるの」
キャサリンの瞳がはっと開く。
「まさか…私は彼にはひどい事をして来たんです。私の事なんか…」
「でも、本当なの。彼はもう王都には戻らないつもりらしいわ。近衛兵もやめたってクワイエス騎士隊に入りたいって入隊の準備を進めているわよ」
「どうしてそんな事!私の事なんか放っておけばいいのに」
「そうよね。でも、恋は人をおかしくするらしいから…常識って言うものが通用しないって話よ」
「このまま処罰されてどこかの強制労働に着くか、修道院にでも行って生涯神のもとに身を寄せるか。それとも自由に平民として生きていくか。そのためには身元引受人は必要不可欠なの。ブルーノ様は自分が身元引受人になるって言ってるの。どうするキャサリン?」
キャサリンの瞳から涙があふれ始めた。
「どうして?どうしてそんな事。ブルーノにはひどいことをしたのに…」
「あなたが好きだからじゃない?」
「でも…」
「みんなあなたが幸せになってほしいって思ってるの」マリアンヌは微笑んだ。
「あの…奥様。どうかおふたりに本当に申し訳ありませんでしたとお伝え貰えますか?私、本当に自分勝手で取り返しのつかないことをしました。あんなお祝いの席に…」
キャサリンは泣きながら頭を下げた。
「今の言葉でもう充分。さあ、もう泣くのはやめて。ねっ、キャサリン」
そう言ってマリアンヌはその震える背中をそっとさすってくれた。
キャサリンはブルーノに身元引受人になってもらうことを承諾した。




