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30ブルーノの心境


 ブルーノはブロシウス公爵家の次男として生まれた。

 兄とはかなりの年の差がありその間には姉のシルビアもいて幼いころから期待される事もなく放任されていたと思う。

 特に上のふたりは成績もよく何事にも秀でていたが俺はごく普通の子供だった。

 両親は政略結婚で夫婦としては終わっていた。義務だけでの関係は子供心にひどく冷たく見えたものだった。

 全く期待されていない子供。それが俺だった。

 学園を卒業してこれから先何をして身を立てて行くかを考えたのは必然だった。身体も大きく強面でもある自分には騎士が一番だと思った。

 騎士団に入り訓練に身を入れた。そして気づけば近衛兵に配属になっていた。

 そして決まったのが第5王子ケネト殿下の婚約者の護衛だった。

 キャサリンと会ったのはそれが初めてだった。


 ブルーノはこれでも公爵家の令息なので学園でもちらほら令嬢たちからもてはやされた時もあった。

 それでも、他の令嬢を蔑んだり貶めたりする行為は散々目にして来てひどくなると婚約者のいる生徒に色目を使ってみたり、中には明らかに関係を持っている男女もいた。

 そんな令嬢は嫌になるほど見ていたし地位や名誉にばかり目を奪われる者たちにもうんざりしていた。

 婚約者がいなかったのは両親の冷めた夫婦関係に嫌気がさしていたのもあるし、家督を継がなくてよい分結婚は自分の好ましい相手としたいと思ってもいたからだ。


 キャサリンを見て最初は男に色目を使う嫌な女だと思った。

 ケネト殿下はこんな女のどこがいいんだと思った。

 それにケネト殿下はそんな奔放な彼女を心配してか王宮に住まうようにした。

 信じられなかった。

 でも、そんな彼女に付き添い行動を知るうちに彼女が寂しがっている事に気づいた。

 父親からは金の無心を受けるばかり、母親は亡くなっており、彼女には他に姉妹もない事も原因だったのかもしれない。

 そのうちキャサリンの態度には裏もなく寂しくて甘えているだけだと思うようになった。

 彼女はただ買い物を一緒にしたいとかお茶をして話をしたいだけなんだと、実際彼女は他の男に体を触れせるような行為は絶対しない事はすぐに分かった。

 男はお茶などを数回でもすればその気があるのではと勘違いする者は多い。

 キャサリンも男達とお茶を複数回していた。だからこそ彼らが手を握ろうとしたり立ち上がった時腰に手を伸ばして来た時などはそれをひょいと交わして決して自分の身体に触れさせないようにした。

 それは俺が護衛としている時もそうだった。

 馬車から下りる時でさえキャサリンは俺の差し出す手を取ろうとはしなかった。まあ、危険な場合は別だが…

 そんな彼女に好意を抱き始めたのは半年くらい前からだろうか…彼女にはケネト殿下と言う人がいて自分の気持ちが報われることはないと分かってはいたがそれでも彼女への想いを止めることは出来なかった。

 無邪気に笑う顔や困った顔もいい。

 悩む姿や無理を言ったと素直に謝るところなんか、俺には堪らなかった。


 そんな彼女の様子ががらりと変わったのはケネト殿下と喧嘩をして男爵領に帰ってからだ。

 俺はもしかしてケネト殿下と別れて俺と…などと期待した。

 俺は彼女が屋敷にいる間は直接かかわることはなかった。付き添うのは王宮から男爵家の道中や出掛ける時に限られた。

 男爵家に帰ってからしばらくは買い物などで出掛けることが多く俺は何度ももしかしたら俺を好きだと言ってくれるのではと思ったが、しばらくすると一切出掛けることはなくなった。

 期間にすると10日ほどだったか、俺は毎日屋敷内で悶々としながら身体がなまるので男爵家の近くを走ったり剣の鍛錬にと近くの空き地で剣を振ったほどだ。


 王宮に戻るときはすっかり意気消沈していた。ほとんどしゃべらず具合でも悪いのですかと何度も聞いた。

 王宮に着いても俺は何かとキャサリンに好意を寄せている事を伝えようと頑張った。

 まあ、告白は出来てはいないが。

 そして起こったケネト殿下の不祥事。そのことでケネト殿下が国王の子供ではないことが判明して王宮が大騒ぎになりあっという間にキャサリンは王都追放が決まった。

 しばらくは王都でもその話題で持ちきりだったが、人の噂も…であっという間に人々はそんな話も忘れてしまった。

 俺は近衛兵としての通常勤務に戻ったが、ずっとキャサリンの事が心配だった。

 彼女はあれからすぐ男爵家に戻ると言って王宮を出てしまった。

 俺の心は彼女への気持ちを伝える事も出来ずいきなり宙ぶらりんになってしまった。


 しばらくして覚悟を決めると男爵家にキャサリンに会いに行った。

 屋敷の中には通されず彼女は入り口にまで出て来た。

 彼女は憔悴しきっていてかなり痩せていた。

 「キャサリン様大丈夫ですか?」

 「ブルーノ?どうしてこんな所に?」

 「実は…ずっと言い出せなかったんですが…キャサリン…ケネト殿下とのことは残念でした」

 「ああ、その事。もういいの。そんな事を話すためにわざわざ?ありがとうブルーノ。じゃ「いえそうじゃないんです。俺はキャサリンが好きなんです。ずっとあなたを見て来ました。その素直で無邪気なあなたが好きなんです!」

 「冗談でしょ?」

 キャサリンは態度を豹変させた。

 「ブルーノ。あなたは勘違いしてるわ。私はわざとあなたに気に入られるような態度を取っていたの。なぜかわかる?」

 ブルーノは動揺して頭が回らない。首を横に振る。

 「私の母はね。クワイエス侯爵家を恨んでいたの。だからゼイス・クワイエスと結婚したマリアンヌ様のお父様に取り入って関係を持った。その子供がケネトなの。恐ろしい事に国王の子供と入れ替えて…自分の子供を死んだことにまでして…そして私にずっと言い続けたの。クワイエスが憎いって…だから私はアンリエッタからケネトを奪ったのよ。私はそんな女なの。あなたの事だって気のあるふりをして、あなたとケネトと取り合いにでもなればブロシウス公爵家の醜聞になる。そうなればシルビア様の婚約も破談になってクワイエスは困るはずと思ったわ。だから「確かにそうかもしれない。でも、あなたは本気でケネト殿下を愛していた。そうでしょう?俺は知ってます。奔放に振る舞ってまってはいてもあなたにはあなたの線引きがあったじゃないですか!おれは…」

 「もういいの。帰って」

 「あなたは傷ついている。そばに居させてもらえませんか?」

 「あなたじゃ何の役にも立たないわ。それに私を許せるの?」

 「変わればいい事です。あなたは母親に洗脳されていた。そうでしょう?」

 キャサリンの瞳が揺れて眦から涙が伝った。

 俺はその涙に思わず指を伸ばしてそっと拭った。

 「私なんか…」

 「あなたは本当は素直で明るくて優しくてすごく素敵な女性です」

 「もう、ブルーノったら…今まで本当にありがとう。気を付けて帰って。じゃあ」

 キャサリンはクスッと微笑んで入り口の扉を閉めた。

 「キャサリン。だめですか?俺なんかじゃだめですか?」

 俺は扉越しに話す。

 静かに足音が響いて、その足音が遠ざかって行くのがはっきりわかった。

 「さようならブルーノ」

 確かにキャサリンはそう言った。

 俺はその場に膝をおってしばらく動けなかった。

 気持ちは伝えた。これ以上はどうすることも出来ない。 

 俺は諦めるしかなかった。







 

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