28結婚式に向けて
そして約1か月後に二組の結婚式を迎える事になった。
結婚式の3日前に3人でクワイエス領に向かう馬車の中でエルディは興奮しすぎて気分が悪くなった。
一緒の馬車に乗ったアンリエッタには笑われるし叔母様からは叱られた。
1カ月ほど前。
怪我はすっかり良くなってあれから騎士団の仕事にも復帰した。
アンリエッタお姉様が帰って来ると結婚式の日取りが決まった。
お姉様は教会の外観を描いた絵を持って帰ってくれて一目でその教会に心を奪われた。
聖・メディウス教会はラトビアの神に仕えた3人の聖人の一人メディウスを祀った教会らしい。
それだけでも心が高鳴ると言うもの。
エルディはその絵を麗しい人でも見詰める眼差しで見入る。
蔦に覆われた外壁。レンガ造りの古い教会の建物は中央に大きなアーチ型の入り口があってその横には塔がある。多分鐘楼だろうと思われた。
教会は十字の形になっているらしく左右に建物が広がっている。
アンリエッタお姉様から中にはルーズベリー教会と同じようにラトビラ神像が祀られた礼拝堂が中央にあって,聖メディウスの像や聖母像があると聞いた。
古い教会らしく建物は板張りの床は飴色のように艶やかでステンドグラスはまるで宝石箱をひっくり返したようだとお姉様が話してくれた。
モザイク画で描かれた天井もあってそれは美しいとも聞いた。
エルディはそれはもう酷く興奮してその夜はなかなか寝付けなかった。
それから招待客にも参加の有無を確認して人数が決まった。
王都から2日ほどかかるクワイエス領にまで行くとなるとかなりの招待客が辞退を申し出たので結婚式はクワイエス家の親族とエリク・シャルトル伯爵の親族、トリスティス子爵家の親族で行い簡単なパーティーを行い日を改めて王都で披露宴を行う事にした。
エリク様がクワイエスで結婚式を行うのは、彼はもともと嫡男だったが、家督を弟に譲ってクワイエス領のエルディの父ディオが納めていた子爵領を譲り受けることになったからだ。
参加する人数は大幅に減ったが、クワイエス領で行うとあってそれなりの数になった。
クワイエス領にいる執事のトーマスと侍女長のメープルが主にパーティーや結婚式に必要な飾りつけの準備を頼んだ。
アンリエッタが一度クワイエス領に行って結婚式の段取りをもう一度確認した。
そしてエルディと叔母、アンリエッタは結婚式3日前に王都を出発した。
レオルカ様と叔父様は前日には来る予定だ。馬車なら2日。馬ならば1日で着くので遅れる心配なはい。
レオルカ様とエリク様の親族もそれぞれクワイエスに向かった。
屋敷では部屋数が足りないので宿泊は宿を用意してあって結婚式当日に教会に集まることになっている。
もちろんレオルカ様とエリク様は自分の家族と一緒に過ごす事になっている。
前日の夕方叔父とレオルカ様とがクワイエス領の屋敷に着いた。
エリク様はすでに屋敷で生活しておりアンリエッタとエルディ、叔母のマリアンヌは昨日着いてドレスの準備やらに追われていたがふたりが到着したと聞いて3人が玄関に迎えに出た。
「遅いじゃないお父様」アンリエッタが言う。
「すまん」叔父様。
「エルディ遅くなってすまん」レオルカ様は先に謝った。
「いえ、道中お疲れでしょう?寒くはありませんでしたか?叔父様もお疲れの所無理されてませんか?」エルディは心配そうに彼を見た。
クワイエス領にも腕に春は訪れている。木々は芽吹きあちこちで花が開き始めているが夕暮れ時ともなれば馬をかければ身体の芯まで冷える。
「ああ、大丈夫だ。そのつもりで外套もマントも着込んで来た」レオルカ様は鼻の頭を赤くしてそう言った。
「エルディは優しいな。心配ない。ここには何度もきているからね」叔父は何でもないと嬉しそうにほほ笑む。
「そうですよ。エルディ心配ないわ。でも、ご無事に着いて良かったです。さあ、早く屋敷の中へ」そう言って夫をスマートに中にいざなうのは叔母だ。
叔父様は「ああ」ただ一言そう言って屋敷の中に入って行く。
叔母様はその後ろをついて行く。
ふたりの何とも言えない阿吽の呼吸にほれぼれさえしてしまう。
さすがだとエルディは思う。
自分にもこんなふうに妻の役目が務まるのかとも。
騎士隊の妻として夫を送り出し笑顔で迎えることが出来るのかとも。
ふと不安になる。だって明日からは正式に夫婦になるのだから。
「エルディ?」
シルバーグレーの瞳が揺らぐ。
(私ったらそんな心配そうな顔をしてたの?いけない。ほんとは会いたくてたまらなかった。無事な姿を見てうれしくて抱きついてしまいたかったんです)
「レオルカ様会いたかったです」
「ああ、俺も。いよいよだな。明日は結婚式だ。ものすごく楽しみだ」
「ええ、準備はすべて整ってます。安心して下さいね」
「ああ、もちろん。明日が待ち遠しいよ」
「私もです」
レオルカ様はそう言うときょろきょろとして誰もいなくなった入り口でエルディにキスを落とした。
レオルカ様の唇や手はすごく冷たかった。でもエルディの心が一瞬で温かくなった。
そして思った。
素直な気持ちを心から伝えればいいんだ。
きっとこの人は何も言わなくてもすべてわかってくれる。
レオルカ様はそんな優しさを持つ温かい人なんだと確信した。
「レオルカ様あなたと結婚出来て本当にうれしいです」
エルディは心のままにそう言た。
レオルカ様はつまずきそうになった。あまりにうれし過ぎる言葉だったから。
「エルディあまり煽るな。自制が効かなくなる。さあ、入ろう。ここは冷える」
「ええ」
そうやってエルディの腰に腕を回して屋敷の中にいざなった。
ほんとは押し倒してしまいそうな不埒な心に拳を浴びせながら…
レオルカ様は名残惜しそうに家族のいる宿に帰って行った。
最期にドミール様がやって来た。彼には結婚式の神官を務めてもらうことになっている。




