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「どこでブーケ・ド・コサージュを手に入れたのか分からないけれど、残念だったわね。嘘付ローレル様」
エカテリーゼ様が再びシェミリール殿下の腕に手を回しながらローレル様を見下ろした。
「ちょっと、さっさとこの嘘つき女を会場から追い出しなさい!」
エカテリーゼ様の言葉に、従者が戸惑いながらも、ローレル様に声をかけた。
酷い。酷い。
いいえ、いいえ、いいえ!
本当に酷いのは私だ!
「ローレル様を離してください。魔除けのお守りじゃないわ。嘘つきはエカテリーゼ様の方よ。あれは、あれは裁縫道具よっ」
ローレル様の腕をつかんでいた従者手を払いのけようと手を伸ばすと背中に悪寒が走った。
ああ、この人はアレルギーが強くでる人だ……。
少し触れただけで手袋の中の手に違和感を感じる。
こほこほと小さな咳も出てきた。
「大丈夫か、リリー」
お兄様が、私の代わりに従者の手をローレル様から引き離した。
「ふふふ、仮病使いの公爵令嬢と、嘘つき辺境伯令嬢、随分中がいいみたいだけれど、似た者同志気が合ったのかしら?」
エカテリーゼ様が楽しそうに笑った。
「嘘つきはどちらだ……」
地をはうような声が聞こえた。
一瞬その声は誰が発したものなのか分からないくらい低くで怒りを含んでいる。
「薄汚い手で私に触れるな」
殿下がエカテリーゼ様を睨みつけた。
エカテリーゼ様が、あまりにも強い口調で殿下に言われたからか、慌てて手を離し、2,3歩後ずさる。
「私を騙そうとした挙句、許可も無く薄汚い手で触れた罪はどう償う?そればかりか……私の大切な人間を仮病使いだの嘘つきだの散々馬鹿にして」
エカテリーゼ様が、顔色を青くして、それでも何か言おうと口を開く。
「で、殿下……」
シェミリオール殿下が、手のひらの木の蓋を開けて見せ、その中から針と糸を取り出した。
「お、おお、本当に裁縫道具とは!」
ロイホール公爵が声を上げる。
「ここに、刃が仕込んであって……敵に捕まったときに、この刃でロープを切断し脱出できたんだ。……これが無ければ私は死んでいた。まさに私を守ってくれた……お守りだった」
シェミリオール殿下が、段を飛び降りると、私とローレル様の元に歩いてきた。
そして、手を伸ばして……。
「リリー!」
殿下が私に手をのばし、そして抱きしめようと体を引き寄せ、会場がワーッと激しく揺らめいた。
ところで、お兄様が殿下の腕をつかんだ。
「殿下、いくら殿下と言えどもリリーに触れないでいただきたいっ!」
リリーに抱きしめてもらえると思ったら、お兄様が殿下を止めた。
「ロバート、お前の妹馬鹿の話は噂では聞いているが、ここまでとは!不敬だと処罰されたいのか!」
「殿下ともあろうものが、人前で婚約者でもない女性を抱きしめるなどというみだらな行為を犯すようなことはないですよね?」
「み、みだら……っ」
ハッとして、シェミリオール殿下が私を見た。
「リリー、今日のドレスははじめて会った日に着ていたものと同じ色だね」
ポロリと涙が落ちる。
初めて会った日に着ていたドレスの色を……シェミリオール殿下が知っているわけない。
知っているのは……エミリーだ。
心が女のエミリーだ。
「記憶が……」
「ああ、全て記憶を取り戻した。皆の者にも心配をかけた。すまない。記憶を失っていた時の記憶もある。私の記憶を取り戻そうと色々と尽力してくれたものにはお礼を言う。そして、私の愛する者を探そうとしてくれた者たちにもお礼を。私を騙そうとした者たち……その多くは「もしかしたらうちの娘かもしれない」という程度で騙そうとまではしていなかったのは明白。その中で明らかに違うと分かっていながら自分だと言った者には王家を陥れようとした罪が問われるかもしれないので、追って事情を聞かせてもらうことになると思う」
エカテリーゼ様ががくがくと震え、ふらりと後ろに倒れかかかかったところを、2人の衛兵が支えて会場の外へと連れだした。
エミリーがローレル様を見た。
「ち、違うわ。ローレル様は、自分ですってひとことも言ってない……だ、騙そうとなんてしていませんっ」
ローレル様を庇うようにローレル様の前に出る。
「確かに。あの会話のどこにも自分だという主張はしていなかった」
エミリーの言葉にほっと息を吐きだす。
「殿下、記憶も戻ったことを陛下に早く報告をした方がいいでしょう。ローレル嬢も、そのために尽力してくださったのだ。疲れたでしょう。リリーも、宰相である父上と今後のことを相談した方がいい。それでは、殿下、失礼いたしますっ」
兄がさっさと話をまとめてその場を去ろうとしたところ、エミリーがさっと膝をついた。
そして、私の手を取る。
「さ、触るな、リリーは」
お兄様は私がシェミリオール殿下に触れられてアレルギーが出ることを心配してくれて止めようとしてくれているんだ。




