表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/89

第89話 心の闇

 ゴードンは、ベッドの上で深く、深く眠るユウの胸に、手を当てたまま……押し黙った。

 悲壮な顔をして、ユウをみつめる。


 精鋭部隊の制服を着たまま、緩やかに開かれただけの胸元。

 息をしやすいように……。

 服と肌の合間に当てられたゴードンの手に、ユウの命の鼓動を確かに感じる。


 だが一度見た”死”への恐怖は、一般の子供のゴードンには強烈過ぎて、頭を離れることはない。

 元気なユウを見て安堵すると共に、こうして発作を起こして倒れる度に、あの時の恐怖が、ぶり返す。



 ハルカはその姿を見て、目を伏せた。

 伏せた目に映るのは、医務室の床。


 この床一面に……ユウの血が、溢れていたのだ……。


 一度聞いただけのゴードンの言葉からは、どれほどのものだったか想像するには足りない。

 ただ……ハルカが知っている”外”の世界で見た凄惨さと、それほど変わりは無かったのだろう。


 一面に溢れる”死”の世界。

 それが、すべてユウの”命”だっただけで――


 ゴードンもまたハルカと同じく、”死”の世界を知ってしまったのだ。


 光輝く未来しか夢見て来なかった、普通の子供であるはずのゴードンが、

 ユウという、命の狭間を行き来する”戦場の申し子”によって……。


 同じく、”闇”を……”死”を……心に植えてしまった。



 ――大事に、大事に。

 箱庭のような、平和しかない地下施設に、置いて守って来たはずの無垢な子供達の一人であるゴードンは、ユウと関わる事によって”闇”を見てしまった。


 ”死”は、地下施設にいても、経験する事はあるだろう。

 だが戦いによって訪れる”死”は、また別のものだ。


 ユウに、友達が出来ない訳……。

 ハルカはそれを知っている。


 怖いのだ。

 ユウが……。

 ユウと関わる事で、知ってしまう”恐怖”が……。


 ただ”英雄”として、憧れ、心を躍らせているだけなら知る事はない”闇”を。

 気付かぬうちに、誰もが避けている。


 たった八歳で”精鋭部隊”という大人でさえ、なるのは難しい戦闘のプロフェッショナルに……。

 その中でも、飛び抜けた力と戦績を持つユウを、憧れながら、恐れている。


 だから必要以上に、近くへ行こうとしない。

 ”友達”という傍には、寄ろうとしないのだ。


 ハルカはすべてを知って、傍にいる。

 その位の覚悟がなければ、ユウの”友達”には、なれない。



 ――ハルカと手を握り合う、親友のレイカ……。

 眠るユウの胸に手を押し当てて、必死に生命(いのち)を感じ取ろうとしているゴードン。


 ……光しか見て来なかった二人の子供達は、ユウと関わる事によって”闇”を見た。


 ユウが、心から望んだ”友達”は

 ”闇”から、命を懸けて戦い守るユウによって、その”闇”を知ってしまったのだ。


 ユウが、それに気が付いた時――

 彼は、どうするのだろうか……。


 その時は、傍にいる。

 誰がいなくなっても、ユウが人を避けようとしても……。

 ハルカだけは。

 最初から知っていて近付いたのだと、安心させてあげるのだ。


 ”闇”も”死”も……。

 ユウと会う前から知っているから、気にしないで……と。

 言ってあげられるのは、ハルカだけ。



「ゴードン、その女の子は誰? 知っているんでしょう?」


 眠るユウの傍に、ゴードンと共に、付いて離れない精鋭部隊の制服を着た女の子……。

 ユウを、抱き締めていた女の子。

 ……レイカが一番知りたい事を、ハルカは聞いた。


 現実へ引き戻されるように、ゴードンは顔を上げて、ハルカを見る。

 この状況の説明は、まだ終わっていない。


「ああ……ごめん。彼女はユリア。サブリーダーにまでなっちゃったユウの付き人だよ、お世話係。リーダーに親衛隊が付いているのと、一緒なんだって」

「……その付き人さんが、なんでユウさまを抱き締めていたの?」


「ユリアはね、ユウの、この発作を抑えられる特別な能力を持っているんだよ。ああやって抱き締めて、ユウの高過ぎる能力値を下げてくれるんだ」


 ――ユウが死に掛けた一件で、ゴードンは見ている。


 リーダーからの輸血を受けながら、

 能力値の異常高上昇が止まらないユウを……。

 抱き締め、祈りを捧げるユリアが、ユウの命を救ったところを。


 今のユウには、なくてはならない存在だ。


 しかし抱き締める行為に、違和感があるのも確かだ。

 ユリアは頬を染めて、恥ずかしそうにしながら答えた。


「すみません……能力を伝えるターゲットを固定する為に、掴まえて接触していないとうまく伝えられないんです……。まだコントロールが甘くて……」


 コントロールが甘いだけなのか、ユウに対する特別な気持ちがあって、しているのか……。


 頬を染めながら愛しげに、ベッドの上で眠るユウを見るユリアの仕草と瞳は、恋する乙女にも見えて、能力値を下げる為”だけ”に、抱き締めているのか、どうか……。

 これが”ターゲット”がユウでなかったとしても、同じく抱き締めるのか。


 本当の所は、誰にも判らなかった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、感想、評価、など。是非、皆様の声をお聞かせ下さい。
レビューを頂いたら、天にも昇るほど嬉しいです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ