第88話 蘇る言葉
「ゴードン……説明して。どういう事なの」
何もかも、理解しているであろう、ゴードンの行動。
突然の逢瀬とも思える抱き合った二人を見ても、一人だけ取り乱し方が違った。
普段のゴードンなら、ユウがレイカの頬に口付けをしただけで、誰もが判る程の驚き方をする。
口を大きく開けて、目を見開いて……。
そのゴードンが、ユウと見知らぬ女の子が抱き合う場面に出くわして、平静でいられる訳がない。
レイカも……ユウの”心変わり”を疑った。
ハルカにも、女の子へ添えられたユウの手が、女の子の抱き締める行為をユウが受け止めているように見えた。
こんな一般でも誰でも通るような廊下で、ラブシーンなど……。
する筈もないユウが、している事が衝撃だった。
……いや、ユウは意外と人目を気にしていない。
レイカの頬への口付けでも、それは感じていた。
ゴードン、レイカ、ハルカ……。
ユウの一番近くに居て、数少ない”友達”。
……だけど知らない女の子と抱き合うユウは、知らない誰かに見えた。
他の誰よりも――
この三人以上にユウを理解している者など、いないと思っていた。
その自信が、崩れ落ちる。
いつの間にか知らない女の子と、抱き合う程までになっていた事を。
そして――
状況が把握できないハルカとレイカの不審な目を受けて、ベッドの上で静かな寝息を立てて眠る蒼白い顔をしたユウを見ながら、ゴードンは重い口を開いた。
「ユウ……、もう何度も倒れているんだよ。俺が知っているだけでも……。
こうやって酷く真っ白な顔してさ……急に倒れるんだ、意識を失って……」
「なに? なにかの病気な訳? ユウさま……」
「病気みたいな、そうじゃないみたいな……俺もよく判らない。基本能力値が急激に上がって、それで起こるとしか聞いていない。あんまり酷いと死んじゃう事もあるんだって」
「死……!? まさか……」
――ユウが、死にそうになって帰って来た――
ゴードンから聞いただけの、ハルカの知らないその一件を……ハルカは思い出した。
無敵を誇る、英雄譚のようなユウが……。
部隊随一と呼ばれる能力攻撃を放ち、それを上回る防御結界を持つユウが、そう簡単に撃破されるなど考えられない。
と、なれば……。
その発作を、戦場で起こしたのだ。
ハルカは絶句した。
ユウがそんな症状を持っているなど、今まで知らなかった。
――当たり前だ。
ユウの体調などを含める情報は、最高機密扱いになっている。
”英雄”の名を持つユウの存在は、もはや”象徴”であり、体調の悪さなどが露見すれば、部隊全体の士気にも影響する。
ゴードンは口止めされてはいなかったが、ユウの動向を見て、他言は避けていた。
その思慮の深さが認められ、ゴードンは一般の子供でありながら、”精鋭部隊”であるユウの傍に――
同室である事が許されている。
ただ申請を出せば、何でも通るという訳では、ないのだ。
蒼白い顔をして、医務室のベッドの上で深く眠るユウを見て、レイカは思い出す。
両手を覆うように口へ当て、過去に見たユウの姿を、脳裏へ映し出すように。
「……! ユウ、前にも……倒れて……!」
「うん……そう、それ。レイカの能力が出るきっかけ……? になったアレ。実はあの後も、何度も倒れているんだよ」
「……何度も?」
「ユウさ……自分でこの発作を起こした事を、全然気が付いていないんだよ。発作起こしても、その前後の記憶がないみたいで。だから本人に確かめても”違う”としか言わない。でも……」
ふと……
ゴードンは思い出す。
ユウの兄……ハジメの言葉を――
『ユウ、お前は死ぬ。もう何したって遅いぜ……。能力が爆発的に上がって……終わりだ!』
あの時、聞こえたハジメの言葉。
全部は聞き取れなかった、”ユウの兄”ハジメの言葉……。
一瞬、寒気がしてゴードンはユウを見る。
……ユウの手に、そっと自分の手を合わせてみる。
冷たく感じるユウの手は、ゴードンよりも体温が低く、あの日を思い出す。
白い顔、冷たい手――
精鋭部隊の制服も、ベッドも、医務室の床も……。
すべて同じ色に染め上げていた、ユウが死に掛けた、あの日を……。
フラッシュバックするように、ゴードンの脳裏へ広がり
同時に、静かな寝息を立てて眠る目の前のユウを見て……安堵する。
ここにいるユウは生きていて、眠っているだけなのだと。
そっと手を、ユウの胸に当ててみる。
小さく、浅く……ゆっくりと。
動きのあるユウの胸は、息をしている証拠……生きている証。
安堵と共に、不安が広がる。
……いつから?
ユウは、いつからこの発作を起こしているのだろう……?
前は倒れた事なんてなかった。
……いや、ゴードンが知らなかっただけだろうか。
ゴードンとユウが知り合って仲良くなっていったのは、最近の事だ。
その前は、どうだったのだろう。
ゴードンがルームメイトになる前は――
誰も、気が付かないところで……
ユウ本人も、知らないところで
……悪化していったんじゃないのか……?
時間を掛けて、ゆっくり、ゆっくり……。
誰も気が付かないところで、知らないところで……。
『もう何したって遅いぜ』
ハジメの言葉が蘇る。
……最近、ユウの倒れる回数が、増えてないか?
こんなに頻繁に、倒れてはいなかった筈だ。
――もしも……もしも。
ゴードンが危惧しているように……。
壁の中の配線整理中に、脱水症状を起こした一件も……。
空調の効かない壁の中で、ユウ以外の他に誰も居ない中……急に発作を起こして倒れていたのだとしたら。
その後の交戦中でも、発作を起こして……
そして、今もまた。
……頻度が高くなってないか?
ゴードンは、ユウの胸に手を当てたまま……
命の鼓動を感じながら、死への不安を募らせた。
『ユウ、お前は死ぬ』
ユウの兄、ハジメの声が蘇る。
忘れていた……忘れられない、あの一件が――
今……ゴードンの心に、再び影を落とした。




