第86話 必要な理由
ユウはトレーニング室のコンソールパネルを操作する。
出てくる数値……精度、評価点。
以前は毎日のように行っていた能力コントロール基礎プログラムだが、三週間も空いていては、その精度が少々下がっていても仕方がなかった。
――とは言っても、ユウの数値だ。
ユウは納得いかずに難しい顔をしているが、見学していたユリアからすれば、充分どころか有り得ない数値を表示している。
誰でも一度は必ずクリアしている、能力コントロール基礎プログラム。
ユリアのクリア数値は、いくつだっただろうか。
ぼんやり思い出してみるが、ユウが難しい顔をして見ている、こんな数値ではなかった筈だ。
レベルが違いすぎる……。
それも当たり前だと、ユリアは納得する。
研修を挟むことなく、いきなり精鋭部隊へ抜擢されたユウと……少し前まで、第三部隊だったユリアとの差。
ユウのお世話係になっていなかったら、ユリアが精鋭部隊など、夢のまた夢だっただろう。
ユリアの実力は、何もかもが低い。
特化性として認められた”抑制”の能力すら、コントロールが甘すぎる位だ。
――甘すぎるコントロールの”抑制”能力。
今も、その影響は出ている筈だ。
それなのにユウは、なんの影響もないように能力を使っている。
やっぱり違う……他の人と。
この人の傍になら、いられる……。
心に沸き上がってくる気持ちと……
今迄の寂しい記憶が……ユリアの中で複雑に絡み合う。
熱い瞳でみつめる先のユウは、まだ難しい顔をしていた。
ユウは目を閉じ、ひとつ溜息をついて、プログラムを終了させる。
……復帰直後だ。
納得がいかない数値でも、無理をして、何度も繰り返す訳にはいかなかった。
時間を見る。
ゆるゆると流すようにした軽い運動でも、それなりの時間を使っていて、もうすぐ昼だ。
ユウもユリアも大して汗を掻いていないので、執務室へ戻らず、このまま食堂へ行く事にした。
「ユウ様……ランキング、凄いですが……」
「教育プログラムなのに、ランキングって意味判らないよね。やめてほしいな」
実働部隊はトレーニング室を使う時、IDである所属プレートをかざして本人認証をしてから使う。
受けるプログラム選択も、同じ方式だ。
ユウが何もしなくても、自動的に記録されている。
調子が良い時も、悪い時も関係がなく、記録されていく。
ひとつの指標となり、情報として見るには良いのだが……。
なにも力を誇示するように、ランキングへ載せる事はない。
ユウが目指すのは、”完璧な能力コントロール”。
出来る事なら、満点を取りたい。
……が、一度も達成した事がないので、繰り返す。
ユリアからすれば、もはや職人芸だ。
コントロールを得る為に練習しているレベルではない。
ユウなら、規則性なく激しく揺れ動く、射程距離ギリギリのターゲットも――
針の穴のような小さな的でも、正確に撃ち抜く事が出来るだろう。
ユリアは、自分との差を見せつけられたようで、肩を落として溜息をつく。
その様子を見て、ユウは視線を落とす。
ユウが人前で、練習を見せない理由――
自覚が、あるからだ。
だがユウにとって、”完璧な能力コントロール”は、必須事項だ。
人の何倍も高い能力値を持つユウが、コントロールを誤れば……この地下施設も一瞬で壊滅してしまう。
敵も、味方も、関係なく、殺してしまう。
自分の存在の恐ろしさを、ユウは理解していた。
「ココ、すいていますね。実働部隊用のトレーニング室は、いつもどこも混んでいて、あいている所を探すのも一苦労なのに」
「僕は探査能力で、すぐ判るけど……ココね、一般用の訓練室が近いんだ。同じ階でトレーニング室と訓練室があるのはココだけだから、意外と穴場なんだよ」
トレーニング室を出て、食堂へ向かう。
ゆっくりと話をしながら。
ユリアから見たユウは小さくて、背も、目線も、ユウの方が断然、低い。
だけど同じ精鋭部隊の制服を着て、並んで歩いている。
能力コントロールの練習風景を見ただけでも判る……明らかに違う、実力の差。
それでも横にいる。
ユウには、ユリアが必要だ。
必要となる理由――
ユウが首に掛けている、能力制御装置、試作機。
細いシンプルなネックレスにしか見えない、その機械。
ユウの発作を知らせるだけの……。
――気のせいだろうか、何かが光った気がした。
ユリアの真横を歩いていたユウが、立ち止まる。
俯いているユウの顔は……
ユウより少し高い目線のユリアには、一見しただけでは判らない。
ゆらり、とユウの身体が傾く。
壁際へ向かって倒れ込むユウの顔は蒼褪めて、目を閉じ……意識を失っているのを示すように、何の表情もなかった。
「ユウ様!」
咄嗟にユリアは、崩れ落ちるユウを壁へ押し当てた。
身体の重さの半分を、壁へ任せるように。
そのままユウを抱き締める。
ユリアよりも小さな身体は、壁とユリアに挟まれて、逃げる事は出来ない。
ユウの首元のネックレス――
能力制御装置、試作機が、起動を告げる光を放っていた。
――発作だ。
先程の感じた光は、見間違いではなかった。
意識のないユウを抱き締めて、ユリアは特化性能力”抑制”を開放する。
目に見えない特殊な磁場のように、ユリアを中心に、”抑制”能力の影響が働いた。
――ユリアのコントロールは甘すぎる。
この磁場の中にいる、すべての者の能力を抑えてしまう。
中心にいて、意識を向けているユウへ一番多く。
強く力を開放すればするほど、磁場は広がり影響は大きい。
――願わくば、この漏れ出ている分も、すべてユウへ――
そうすれば、発作的に能力値が高く上がり過ぎて、意識を失っているユウが……目を覚ます。
すぐに発作を抑えられるのなら、身体への影響も少なくて済む。
意識を失っている状態、イコール、身体への急激な負担が掛かる時間だ。
ユウは意識を失ったまま、回復を見せない。
ユリアは祈るように、ユウを抱き締める。
能力を……心を……ユリアのすべてを、ユウの中へ。




