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第85話 変わらぬ日

 一般用の”訓練室”でゴードンは基礎プログラムからやり直していた。


 ここのところ、訓練室へ来なかった。

 身体も(なま)っている。感覚も……。


 基礎から、やり直さなければダメだ。

 ユウへ追い付くなど、夢のまた夢だ。


 その夢を……目標を見据える為には、まずは基礎だ。

 ユウが良い例だ。

 あんなに実働部隊、最高峰の精鋭部隊に所属していて――

 実戦にも毎日のように行ってるのに、未だに基礎を繰り返している。

 ……最近、やっていないようだが。


 プログラムの終了と共に、汗だくになってゴードンは休憩に入る。

 朝からずっと続けていて、流石にくたびれた。


 (なま)った身体を動かす、基礎トレーニング。

 そして、感覚を取り戻すための、能力コントロール基礎プログラム。


 今、終わったのは、ユウがよくやっている――

 能力コントロール基礎プログラムだった。


 訓練室に備え付けのタオルで汗を拭きながら、水を飲む。

 プログラムを流したままにしていると、ランキングが流れて来た。


 ……いつ見ても、上から下までユウの名前ばっかりだ。

 せめてこの一番下にでも、名前が入る事を目標にしてみようか。


 ふと、今終わったばかりの自分の総合評価を見てみる。

 …………とてもじゃないが、無理そうだ。


 ランキングに表示されている日付は、どれもこれも三週間以上、前のものだ。

 ――当然か。


 死にそうになって重傷を負って帰って来てから、ユウはずっと動けなかったのだ。

 その後は、朝から夜までサブリーダーの仕事で、忙しそうにしている。

 トレーニングも出来ないほど忙しくて……大丈夫だろうか。


 今朝は、ゴードンが起きた時には、もういなかった。

 さすがに忙し過ぎる。


「アイツ、まだ無理しちゃいけないんじゃ……なかったっけ?」


 水を飲みながら、ぼんやりとランキングに流れるユウの名前を見て、ゴードンは呟く。

 ユウが医務室から解放されて、まだ日も浅い。


 どう考えても、全力で仕事をこなしているとしか思えない。

 ……どうしてこうユウは、何でもかんでも全力なのか。


 少し力を抜く事を覚えないと、また……。



 動きを感じて訓練室の入り口を見ると、ドアを開けてこっそり覗き込むようにしているハルカが見えた。


「あっ、ゴードン! やっとみつけた!」


 笑顔になって、小走りに近寄って来る。

 後ろに控えている、オドオドとしたレイカの手を引っ張って。


「もう~どこにいるか判らなくて、訓練室、全部回っちゃったよ~!」

「俺、いつもココ」


「なんで?」

「ココ、他の訓練室より、ちょっと離れているだろ? だから空いている時が多いし……それに、近くに実働部隊用のトレーニング室があるんだよ。一般じゃ行けないけど。

 ……なんとなく、実力も上がる気がして」


「ふ~~ん?」


 ハルカはニヤニヤと含み笑いをして、ゴードンを覗き込む。

 心の奥底まで見抜かれる気がして、ゴードンは急に恥ずかしくなった。


 早く、ユウの傍に――

 横にいるのが、当たり前の「実力」をつけたい。

 だけど、”急がば回れ”だ。

 ユウを見ていて、基礎がどんなに大事か、よく判った。


 だからこそ、基礎をしつこい程に繰り返す。

 自分が納得するまで……。

 出来る事なら、このランキングの一番下にでも載るのが目標だが、いつになる事か。


 それほどまでに、ランキングでの数字は遥か遠い高みだった。


 やり過ぎだろ……。

 正直、そう思う位に。


 ふと、ゴードンを覗き込むハルカに、目がいく。


 ハルカのお陰で、気持ちに整理がついた。

 ただユウだけを見て、ユウの一挙手一投足で、オロオロしている自分に――

 ……これではいけないと、気付かせてくれた。


 ハルカは……不思議な女の子だ。

 ゴードンや、レイカにはない視点を持っている。


 ――”外”から来た。

 そう、言っていたせいだろうか。


 誰にも言わない約束で、話してくれた”秘密”は意味があるようで、ないようで……。

 その”意味”は、本当のところは何を示しているのか、ゴードンには判らない。


 だけど、この”視点”の違いは、きっとそこにあるのだろう。

 ゴードンやレイカには見えないものが、ハルカには見えている。


 ”外”を知っているから……。


 ――”外”は、どんな世界なのだろう。

 ユウが、いつも見ている世界――


 ……ゴードンの知らない世界……。


 聞いたら、教えてくれるだろうか。

 ユウは部隊に所属していて守秘義務があるから、無理として……ハルカなら。


 誰にも言わない約束で……こっそりと。

 ハルカの視点となる世界を、ゴードンにも、教えてくれるだろうか……。


 真面目な顔をして、ゴードンはハルカをみつめる。

 その考えている中心がユウなどとは、ハルカが気付く筈もない。


 ただずっと無言で真面目な顔をして、みつめる(さま)は、まるでユウだ。

 ユウの癖が、ゴードンにも移ったように感じた。


「……なに?」


 ハルカは、へらっと薄笑いを浮かべる。

 互いの脳裏にあるものが、ユウだなんて、もちろん知る筈もない。


 目の前の互いの顔を認識して、少し気まずいような……恥ずかしいような気持ちになった。


 視線を外して、頬を染める。

 意味もなく、ゴードンは頬を掻いて誤魔化(ごまか)した。


 一見すると恋が始まったかのように見える、ゴードンとハルカの二人。

 だけど運が良いのか、誰も見ている者はいなかった。


 たった一人……この二人を見ていたとするなら……。

 同じく、この訓練室にいるレイカだけだ。


 しかしそのレイカは、ゴードンもハルカも見てはいなかった。

 訓練室の、中空に流れるランキングを……

 ただ瞳へ映して、ずっと眺めていた。


 上から下まで、ずっと流れるユウの名前。

 ゆっくりと流れ、最下位まで表示し、そしてまた同じく上から流れて繰り返されていく。

 違いといえば、表示される数字の、ほんの少しの差。


 ゴードンが今、出したばかりの数値も、別枠で横に出ている。

 その差に、明らかな実力の違いを見る事が出来た。


「……やっぱり、ユウ……凄いんだね……」


 ユウが戦っている姿も、トレーニングしている所も見た事がないレイカは……、一番長くユウの傍にいても、その実力を知る事はない。


 レイカよりも年下なのに、妙に強くて、素早くて。

 能力は、英雄並みに攻守共に秀でている、としか……。

 正直なところ、理解はしていない。



 ――レイカには、”王子様”に見えた。

 お姫様を守ってくれる……凛々(りり)しい”王子様”に。

 誰よりも、強い。

 決して屈する事がない、頼もしい”王子様”に――


 だけど、本当は……。



 レイカは、髪飾りに手をあてる。

 ユウの心がこもった”愛の証”――


 もう、怖くない。

 愛しい気持ちが勝っている事に……気が付いた。


 また同じように”殺人者の瞳”を見てしまったとしても――

 今度は逃げずに、抱き締めよう。


 ユウの()てついた心を溶かすように……

 レイカの温もりを伝えよう。


 ”心”を確かめるように、レイカは胸に手を当てる。

 温かい気持ちが込み上がってくる。


「ユウに会いたい……」


 一度、捨ててしまった髪飾りは、再びレイカの元へ戻って行った。

 同じように、ユウとレイカも、元に戻れるだろうか。


 レイカを見て、ゴードンはハルカへ目を配らせる。

 ハルカは、ウインクをして応えた。


「……そういう事」


 確かにテレパシーの訓練はしているが、まだゴードンは、そこまで人の心を()める訳ではない。


 ……そういう事、と言われても。

 なにが、なんだか……。

 女の子の言葉は、謎過ぎる。


「レイカに話したの?」

「まだ、なにも。言っちゃいけないのは、ユウさまが死にそうになった時の事、だけだよね?」


「ダメっていうか……広まらない方が良いかなって」

「判った。口止めしてから話すね。レイカも知る必要があると思うから」


 ――そう……。

 レイカは、まだ何も知らない。

 立ち止まっていた時間に、何があったのか。


 ユウを避け始めた時と、今が、

 数日も経っていないかのように……

 レイカの時間は止まっている。


 ――変わらぬユウに、また会えると。


「レイカ、食堂へ行こうか。ユウさまも来るかも」

「うん」







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