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第83話 新しい日常

 ”執務室”の朝は早い――


 朝といっても、地下施設だ。

 大きな環境の変化がある訳ではない。


 廊下などの共有部分や、部屋の推奨照明が多少、変化するだけに過ぎない。

 希望者には、遥か過去に見られた美しい朝焼けの映像が流れる部屋もある。


 だが”執務室”には、そんなものはない。

 合理的に常に同じ照明がつけられ、寝る時のみ暗闇になるだけだった。



 定刻――

 執務室メンバーが集まって来る。

 親衛隊のシンジとサーラ、ユウのお世話係となったユリアだ。


「おはようございます」


 いつも通りに扉を開け、一歩入ったところで硬直する。

 後ろの者が(つか)えるように、背へぶつかった。


「な……なんですか、これは……」


 一番先に入って来た、シンジが驚嘆の声を上げる。

 それもその筈……。

 リーダーの机を中心に、書類が天井まで、山となって積まれていた。


 リーダーの机の上は、書類で埋まっている。

 置き場所がないかのように、書類は机の周囲を取り囲み――

 囲んだ書類は、まるで強固な壁要塞の如く、天井まで(そび)え立っていた。


 疲れ果てた様子のリーダーが、ぐったりとしながら出て来た。


「ユウだよ……。アイツ、本気で容赦無ぇ……」


 大股で書類の山を(また)ぎながら、机へと向かう。

 もはや机は、書類に承認を押すための、狭い場所しか()いていない。

 心なしか、リーダーの目の下にクマが見えた。


「これ……昨日のうちに、全部……?」


 確かに、最後までユウが残っていたのは覚えている。

 そのまま、この部屋で寝るからだと思っていた。

 リーダーとサブリーダーは、基本的に同じ部屋で寝泊まりをするのが、この地下施設での”掟”だ。


 だが、そのユウの姿は、今のところ無い。


「アイツ……また元の自分の部屋へ戻って寝てやがる。”掟”にすら従わねぇ! しかも定刻に遅れると来てやがる!」


 怒りを(あら)わにするリーダー。

 とんだ、とばっちりだ。


 よほど書類が苦手と見える。

 既に一日で処理する量ではなくなっているのが、また苛々(イライラ)を助長しているようにも見えた。


 しかし、ユウが時間に遅れるなど珍しい。

 几帳面なユウが……。

 むしろ、どこかで倒れているのでは、と心配になった。


 よく考えてみれば、医務室から解放されてのち、ずっと早朝から深夜まで仕事尽くめだ。

 出撃がないだけ、マシだった。


「なに怒ってるの? 僕ならさっきから、ずっと居るけど」


 声はすれども、姿は見えず。

 確かにユウの声が聞こえて来た。


 書類置き場”奥の部屋”から、更なる山のような書類を抱えて出てきた。

 夕べのうちに、子供一人が入れる隙間を作ったようだ。

 ――その結果が、リーダーの机の上と、周囲の書類の山なのだが。


 リーダーから、殺気のような凶悪な気を感じる……。


「……いたのか。というか、その書類の山……。もう少し、ペース配分落とせ」


「……どのくらいなら、良いの?」

「この三分の一くらい」


「それじゃ全然終わらないよ! いつから貯めてたんだよコレ! ちょっと目を通して承認するだけだろ。なんでそんなに時間が掛かるんだよ!」

「オカシイだろ、お前! 何でそんなに処理早ぇんだよ!!」


 一体、何に対して怒られているのか、もう判らない。

 ユウの仕事ぶりは真面目過ぎて、手に負えなかった。



「ユウ様、お茶をどうぞ」



 いつも通り、ユリアがお茶を()れる。

 執務室での仕事を始めてから、大体定刻に、ユリアはお茶を用意する。


 朝から昼の間に一度、昼から夕方までの間に一度。

 休憩には、ちょうど良い時間だ。


 ユウはなにも言わずに、息を吹きかけて、お茶を飲む。

 熱いものが苦手のように、念入りに冷まして。


 いまだユリアとは、あまり会話をしようとしない。

 元から自分から話す方ではないにしても、これではユリアがやりにくい。


「ユウ、お前トレーニング室へ行って来い。身体、(なま)っているだろ。ユリアの実力も把握(はあく)しておけ」


 珍しくリーダーが、ユウへ仕事以外を命令した。

 ……いや、書類がどんどん積みあがって行くのに、嫌気が差しただけかもしれない。


 お茶を飲みながら、ユウはちらりとリーダーの方を見る。

 もはや姿を見る事は出来ないほど積み上がった、書類の山壁。

 白い壁の向こう側から、リーダーの声だけが聞こえた。


 少し考えてユウは、ユリアを見る。


「……そうだね。行こうか、ユリア」

「はい!」


 ユリアはとても嬉しそうに、ユウの後へ付いていく。


 大人三人だけとなった執務室は、ユウがサブリーダーになる前の、静かな雰囲気だ。

 ――悪魔のように(そび)え立つ、書類の山がなければ。


「くそっ、こんな事なら書類の整理なんぞ、頼まなければ良かった」


 どんなに高速で承認していっても、ユウの書類処理能力が高過ぎて、減るどころか増える一方だ。

 もはや今日は目を通すどころか、ろくに見てもいない。

 それでもだ。


 もうユウを執務室から追い出すしか、止める方法はなかった。


「アイツがいると、俺がしたい事が何も出来ん。……ったく」


 机の上の書類を全部、下へ移動させ、広く作業が出来る場を確保する。

 そしてその場へ、書きかけの図面を広げた。


「なんですか?」

「リダクションデバイスがウザくて仕方がねぇ。いちいちブッ壊すのもイタチごっこだ。面倒だが開発してやる。これが一番、効率的だ」


 途中まで、書いた図面――

 そう簡単に、新規開発が出来る訳ではない。


「ユウがいると、落ち着いて書けん。ったく、あのクソガキが!」


 勝手にサブリーダーにしたのを棚へ上げて、リーダーは文句を言った。

 事あるごとにユウを執務室から追い出す理由を、考えておかなければ、ならなかった。







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