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第77話 疑惑

 翌朝……。

 ゴードンはベッドの中で目を覚ます――……。


 まだ早朝も良い所の、起きても何もする事がないような時間……何故か、そんな時間に目を覚ますようになってしまった。

 ぼんやりと天井をみつめ……そして、視線を横へ移す。


 部屋の入り口側を見れば、そこには――……。

 ユウのベッドで、ユウが眠っている。


 ――今日も、部屋へ帰って来た。毎日いる。

 今朝も、昨日も、一昨日も……ゴードンが早い時間に目を覚ませば、いつも必ずそこにいる。


 くすっと微笑んだ――。

 和やかな気持ちになり、安心する。


 もう二度とこの部屋へ、ユウは帰って来ないんだ……と、嘆き哀しんだ時があったなんて、嘘のようにユウは毎日いる。



 ……本当に、なんでコイツ毎日帰って来ているんだろう。

 ”掟”は?

 サブリーダーになって、俺とは全然違う身分になってしまったんじゃなかったっけ……?



 そこにいるのが不自然のようで、当然のようで――どちらも本当で。

 それでも必ずここへ帰って来てくれることが嬉しくて、ゴードンはベッドで眠るユウを見て微笑む。


 音を立てないよう気を付けて、自分のベッドを離れユウの傍まで行く。

 そうっと近くまで寄って……毎度毎度やっているように、ユウのベッドの横に座って顔の位置にちょこんと手を掛け、やっぱり30センチメートルもない程に顔を近付けて、じっとユウを見守る。


 なんだか、愛しい人を見るかのように……。

 瞳に映すユウの姿は……心を満たしてくれる。

 こうして見ているだけで満足する。


 ユウは、もはやサブリーダーで、精鋭部隊でも必須の存在だ――……。ゴードンとは違う。

 決して失ってはいけない位置に、既にいる。

 だからこそ、出撃時には常に護衛が付く程までになった。


 例えいつか、ユウがこの部屋へ戻って来ない日が来たとしても……それは”失った”喪失感ではなく、状況が変わって行っただけの結果に過ぎない。


 いつか、その日は来るだろう…………。

 もしかすると、明日かもしれない……、一か月後か、一年後か、それとも……。


 それでも”その日”が来たとしても哀しみに暮れるのではなく、今度はゴードンが実力で、ユウへと近付いていく。

 この部屋へ、勝手にやって来たのと同じように――。



 いつか必ず精鋭部隊へ入って、ユウの横にいるのが当たり前のように――

 一日中でも、ずっとずっと傍にいるのが当然のように、なってみせる。


 ユウが嫌がったって、傍にいてやる。

 ――そんな風に思いながら、ゴードンはユウを瞳に映して微笑んだ。



 いつかこの部屋からいなくなった時が来ても……この瞳に映したユウを忘れない位に、みつめ続ける。


 幸せに心満たしながらユウを見ていると、そのユウが目を覚ました。

 あまりにも近い位置で、目と目が合う――――ユウはきょとんとした顔をしながら言った。


「……おはよ?」

「おはよう」


 頬を染めるように、満面の笑顔でゴードンは答える。


 ユウは身を起こしてぽりぽりと掻いてみたり、目をこすってみたり……まだ起き抜けだ。

 そんなユウも全部瞳へ焼き付け、記憶の大事な引出しにしまっておきたいかのように、ゴードンは微笑みながらみつめ続ける。



 ……と、そうだ……こんな事をしている場合ではなかった……と、不意にゴードンは思い出した。



 昨日のユウの反応……あれは明らかに、おかしかった。

 一時、レイカを諦め、新しくユリアとの関係を築こうとしているのかと疑ったが……。


 正直ゴードンにとっては、それはどちらでも良い話で……レイカには悪いが。

 ユウさえ、元気に生きていてくれれば…………。

 どうも最近、極論になりがちだが、ゴードンの本心だ。仕方がない。


 例えそうだとしても、ハルカへのあの反応は……どう考えたら良いのか……。


 モソモソと起き出して、身体を伸ばしたりと朝のストレッチを始めるユウを瞳に映しながら、ゴードンは考える。

 早朝からする話ではないのだが……最近はユウが忙しくて、日中に捕まえる事が出来ない。夜も無理だ。


 仕方がないので、思い切ってゴードンは口を開く――……。



「ユウ……あのさ……、……レイカの事なんだけど……」



 腕を伸ばしたストレッチの途中で、ユウはゴードンへ目を配らせる。


「……なに?」

「……レイカの事……。昨日、会っただろ……」


「……誰と?」

「いや、だから……レイカと、昨日会っただろ……?」


 腕を伸ばした状態で、ユウは空をみつめるように、思い出す素振りをする。

 ……そして、ストレッチの続きを始めた。


「聞いてる?」

「聞いてるよ。昨日のこと?」


 全工程を終了させたようで、ユウはゴードンへ向き直る。

 改めて視線を合わせると、この話題は少し……しにくい。ゴードンは、ユウから視線を外した。


「お前、レイカの事……、どう思って…………」

「……誰のこと?」


 ゴードンはユウへ視線を戻した。

 ――なにかオカシイ。さっきから話が堂々巡りだ。


「レイカの事だよ。昨日、会っただろ?」

「誰と?」


「~~だから、レイカだって……! さっきからずっと言っているのに……!」

「だから、誰なの、それ」


 立ち尽くし、時間が止まったようにゴードンはユウをみつめた。


 レイカの話をしているのに、まるで知らない誰かの話を聞いているような顔をして、ユウはきょとんと不思議そうにしている――。


 背筋が寒くなるような、異変を感じた――……。


「…………え…………?」


「もしかして、昨日、廊下ですれ違った子……? ハルカ……だっけ。……と、もう一人の子が、そう呼ばれていたような……?」


 ユウは首を傾げて手を口に当てて、思い出すように考えている。



 ……なにかの悪い冗談か……?



 最近のユウは以前と違って、普通の子供のような仕草を見せる。

 無口で、無表情だったのが嘘のように……ゴードンの前ではよく喋るし、表情も豊かだ。


 だけど……これは笑えない冗談だ。

 ゾクゾクとする寒気を感じながら、ゴードンは確かめるべく話を続ける。



 ……頼むから……とんでもなく悪い冗談であって欲しい……。



「……レイカだよ。レイカはお前の――――」


 会話を遮るように、ユウは後ろのポケットから端末を出して見た。


「ごめん、呼び出された。またあとで」


 直後に瞬間移動で消えていった。

 ゴードンの目の中に、ユウの残像だけが残る――。


 軽く手が震えるように……血の気が引いていった。

 背筋に誰かが悪戯いたずらで氷の粒でも入れたかのように、す――と一筋の冷たさを感じる。


 ……まさか……。


 嫌な予感が、ゴードンを奈落へおとしめていく――……。

 ユウを見て、ユウを瞳に映して幸せを感じていたのが、ほんの僅かな一瞬であったかのように……その疑いは喪失感とは、また別の……不安を煽り立てた。


 昨日のユウの、ありえないほど冷たい目と言葉――……。

 ハルカへの態度…………。

 そして今の――レイカへの反応…………。


「……まさか……まさか……、覚えてない……のか……!?」








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