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第75話 平常運転

『精鋭部隊、帰還します』


警報と共に、いつもの台詞をアナウンスは地下施設へと響かせた。

アナウンスを聞いて、ゴードンは精鋭部隊の帰りを待つ通路の分岐路へと走る――。


前回、ユウは瀕死になって帰って来た……。

あの時は、もうダメかと思うほど絶望に打ちひしがれ、白く冷たくなった動かないユウを……ただ見ているだけしか出来なかった。

あの時の想いが……呼び起こされる。


その後の初の出撃だ……不安にならない筈がない。

フラッシュバックするかのように、頭の中に広がる光景は、あの時の医務室……ユウの血で彩られた死のイメージ――……。


ゴードンは否定するように、頭を左右に振った。

厳しい目をして、前を向く。

不安になっても恐怖に駆られても、あるのは現実だけだ。

ユウを信じて、待つしか自分には出来ない。



いつもの通路の分岐路には、いつも通り小さな子供達が目を輝かせながらなまの精鋭部隊を見ようと待っていた。ゴードンもその中に、さりげなく入る。


「わ~い、おかえりなさい、ユウさま~!」


まだ通路の向こう側に見えたばかりのユウへ子供達はわらわらと走り寄って行く。それに気付いてユウは微笑んで、いつもの台詞を言う。


「汚れているから、触っちゃだめだよ」


いつもの光景……見慣れた遣り取り。

ゴードンは、ほっと息を吐いて肩の力を抜く。


良かった……今日は無事に帰って来た。

見た限り、どこも怪我している様子もない。変わった節も見られない。

いつものユウだ…………。


だけど何か違和感を感じる――……そうだ、いつも先頭を歩いてくるリーダーや親衛隊の二人も見られない。それどころか、妙に人数が少ない……。



ゴードンは驚愕の表情をした。



まさか……まさか、今度はリーダーに何かあったのか……!?

親衛隊もいないという事は、まさか……!!


物凄い形相をしてユウを凝視しているゴードンと、ユウは目が合う。

暫く無言でみつめあった後、ユウは周囲にいる小さな子供達に微笑んで別れを告げた。子供達が笑顔で去った後も、まだゴードンは同じ表情でユウを凝視していた。


「……ただいま?」


ユウは少し顔を傾けるようにして、ゴードンへ微笑みかける。

穏やかなユウの微笑みは、戦場帰りとは思えない天使の微笑みだ……しかし裏を返せば殺戮を果たして来た者の、暗き闇を持つ死神がひととき見せる”生”の輝きにも見える。


ゴードンにとっては、ユウが生きて帰って来れば、どちらでも良い……。

天使だろうと、悪魔だろうと……”英雄”だろうと、殺戮者であろうと……。


「おかえり……。今日もなにかあったの? 妙に少なくない? リーダーと、親衛隊のシンジさんとサーラさんは……?」


二人並んで部屋へ向かう通路を歩きながら、ゴードンは不安そうに聞く。

少し前を歩くユウが、ちらりとゴードンへ目を配らせてから前を向いて言った。


「今日はちょっと…………。大丈夫、こっちの被害はないから。リーダーも、シンジさんもサーラさんも、みんな直接、自分の部屋へ戻っただけだから」


「……なにかあったの?」

「ちょっとね……小さい子供達に見せられないだけ」


見せられないというのは、なんだろう……。

被害がないと言っているのだ、死んだり重傷を負った訳ではないのだろう。だと、すると……。


「今日は、ユウは…………」

「僕は、探査と遠距離攻撃だけだから。常に護衛も付いていたし……甘やかされ過ぎだ」


苦笑して、ユウは答える。

自身が抱えている爆弾のような症状をユウは理解している……そのせいで一度、死に掛けた事も。

しかし今迄大人と同じ扱いで、必死に背伸びしてまで合わせて来た……それがいきなり丁重に扱われ、護衛まで付いている。流石に違和感を感じずにはいられない。


「護衛が付いているの? 今日だけ?」

「今後ずっと、そうみたいだよ。僕がいないと困るんだって……治癒とか」


ユウを超える治癒能力の使い手はいない。

大袈裟に言えば、ユウさえ無事に生き残っていれば、即死以外の死人が出る事はないのだ。


ゴードンにとっては願ってもない吉報だ。あの日の事を思い出し、毎回毎回ユウが出撃の度に、不安に駆られる事はこれでなくなった。

これで……「行くね」という、行ったきり帰って来ないような台詞を聞かなくて良くなるのかもしれない……。


「そうなんだ……良かった。もう、ユウが危険な目に遭わなくて済むんだ……」

「戦闘員じゃなくて、補佐要員だよね……正直」


むしろ、こんな子供のユウを、それでも戦場へ連れて行かなければならない方が間違っている気がした。いつ発作を起こして倒れてもおかしくないユウを……。

それだけ過酷という事なんだ――今日の平常ではない帰り方も、言葉を濁して言わないユウを察するしかなかった。




ユウは当たり前のように元の自分の部屋へ戻り、帰還後のシャワーを浴びる。

しっかり着替えも用意してある。

一時ゴードンが、もう二度とユウはこの部屋へ戻ってくることはないんだ……と哀しんでいたのが嘘のように、ユウは毎日この部屋へ戻って来る。


「部屋変わったんだろ? こっち戻ってて良いの? いや、俺は歓迎だけど」

「よく考えたら、帰還後はシャワーの取り合いになるじゃないか」


そこまで先を争わなくても……と思ったが、一刻も早くさっぱりして平常運転に戻りたい気持ちは判る。そのまま二人で食堂へ行く事にした。


「サブリーダーの仕事って、なにするの?」

「こまごまとした……殆ど雑用だよ。あんなの誰でも良いじゃないか。なんで僕がやらなくちゃいけないんだろ」


どうも最近のユウは色々不満が溜まっているようで、愚痴をこぼす。

誰にでもという訳ではなく、心を許しているゴードンにだけなのだが、三日間謹慎の時のように、結構ぶっちゃけて言う。

もはやリーダーに聞かれていようが、何だろうが構わない様子だ。


ゴードンは苦笑する……。

ゴードンがユウにしてあげられるのは、こうして言いたい事を言わせてあげる位だ。







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