第73話 作戦変更
「さて……ユウが復帰したなら、まずは変な誤解を解いておかないとな……」
瞳に冷ややかな光を差して、悪魔のようにリーダーは嗤う――……。
地下施設内に警報とアナウンスが響き、戦いの火蓋は切られた。
『精鋭部隊、出撃します』
大きく高い瓦礫が立ち並ぶ、見通しの悪い場所――そこに、相も変わらず”スカーレットコロナ”は待ち伏せをしていた。
悪名高き”殺戮集団”を退かせた事により名を上げ、周辺の荒くれ者を吸収し、更に肥大化した”スカーレットコロナ”……彼らには、自信があった。
”小さな悪魔”ユウを抹殺した事により、新型リダクションデバイスの有効度と自らの力に溺れ、向かうところ敵なしと自負していたのだ。
「くっくっく……何度来ても同じさ。俺達が正義だ、皆殺しにしてやるぜ!」
「ヒャッハー!!」
前回同様、何も遮蔽物がない、誰が見てもどこから見ても一瞬で気付く中空に、リーダーとユウが突如、姿を現した。
瞬間移動で――今度は二人、寄り添うように。
新型リダクションデバイスは既に稼働している……この場に現れた時点で、その影響を受けている。
だがやはり前回と同じように、リーダーもユウも、空から落ちる事はなかった。――新型リダクションデバイスでは、二人の能力を皆無にし、能力を一切使えない無力な状態には出来ない。
だがそんな事よりも驚くべきは、抹殺したと思っていた”小さな悪魔”がそこにいる事だ。殺したと思っていたのに、ピンピンして目の前に現れている。
この世にいない筈の”小さな悪魔”……それはまさに悪夢を見るように、人ならざる者が子供の姿を借りて、この世に存在しているかのように……恐怖を感じた。
あれは人ではない……生かしておいてはいけない”悪魔”そのものだと――……。
「……ば、馬鹿な……!? 何故、生きている……!?」
「あの失血量で……何故だ!? 奴は人間じゃないのか!」
「落ち着け、人間だ! その証拠に一度あのガキを血祭りに上げたじゃないか!」
「ククク……あの時の感触、覚えているぜ……。柔らかいガキの皮膚を切り裂く、あの快感……また味わえるのかと思うとゾクゾクするぜ……!」
「今度は”殺人鬼”も一緒だ。丁度良い、二人纏めてあの世へ送ってやるぜ!」
ユウの生還に戦慄を覚えた”スカーレットコロナ”だったが、快感に身を溺れさせ、再び戦意を燃え上がらせた。彼らの戦いは血に飢え、快楽を求めるものだ……。
”小さな悪魔”と名高い戦場の堕天使ならぬ子供の姿をした異界の者を、また再び手に掛ける――その快楽を得られる事に、悦びを感じた。
先程の恐怖はどこへ行ったのかと思う程に、”スカーレットコロナ”の全戦闘員は血肉躍らせ心を沸き立たせた。
にやり……と邪悪な笑みを含ませる。
中空に浮かび、すぐ真横にリーダーがいる状態で、ユウは目を閉じ……探査能力で新型リダクションデバイスの位置と数を探る――……。
首に掛けられ、制服の外へ出された能力制御装置、試作機は沈黙を保っている。
正直この試作機では、発作を起こした事を知らせる位しか、役立ってはいない。
何もないよりはマシなだけ……突然意識を失うのではなく、ユウには記憶が伴わない、ほんの僅かな空きの時間があるだけに過ぎない。
その時を見過ごさずに回収すれば、二度と前回のような惨事を引き起こすことはないだろう。
これ程までに危険を犯してもユウを起用するには、理由がある。
類稀なる高い能力値は、対、新型リダクションデバイス戦には必須だ。
システム稼働中でも問題なく動けるのは重要な事だ。
更にユウの有効性は、それだけではない。
秀逸な探査能力、光のエネルギー弾を使った遠距離攻撃法及び後方支援、そして死に掛けた人間をも蘇らせる高出力治癒能力だ。
もはや小さな子供のユウに、前線で独りで戦う事を求めてはいない。
それは屈強な戦士となった、大人の役目だ。
ユウには、探査、遠距離後方支援、治癒筆頭要員として、安全な位置にいて貰う。
これからの戦いは、このスタイルが基本になるだろう。
他に代えが効かないユウの存在は、必須だ……。
常に誰かが傍にいて守り、いつでも回収できるように周知した。
万一戦場で意識を失った場合の回収後は、即時、戦線離脱……地下施設へと戻る。
地下施設の管制室では、遠視能力者による映像の提供で、画面に映る戦場が刻々と映し出されている。
ユウのお世話係となったユリアがその場にいて、目を閉じ両手を祈るように組み、サラサラの髪が一ミリも動かない程に集中をしている。
ユリアは感知、遠視能力者だ……戦場にいるユウをその瞼の裏に映し、ユウだけを見る……。ほんの僅かな異変も見逃してはならない。
これは精鋭部隊に昇進したユリアの、初めての戦いだ。
ユリアに課せられた命令は、極めて簡単だ。
戦場にいるユウが万が一でも発作を起こし意識が朦朧とした場合、見逃す事なくユリアの特殊能力”抑制”を遠隔でユウへと送る。
遠隔送信では直接触れた場合とは違い、それ程の効果は無いが、回復までの時間に明らかな差が出る。ユウは精鋭部隊の中でも常時必須となる存在だ、抜けのある時間を作りたくはない。
ユリアの戦い――。
それは戦場へ直接出向く事はない、ユウだけを見る、たった独りの戦い――……。
重い責任感が乙女の肩に圧し掛かる……命を懸けるものではないが、真剣勝負だ。
些細でしかない作戦の変更――果たして…………。




