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第70話 過ち

執務室には、”晴天の稲妻”おやっさんから外部通信が入っていた。

おやっさんは画面の向こう側で土下座でもしているかの如く、深く、深く……頭を下げていた。


「すまん……ッ、俺の……俺のせいで……ッ!!」


リーダーは冷めた目で画面向こうのおやっさんを見る。

土下座したまま頭を上げようとしないおやっさんに、軽く溜息をついて、足を組んで椅子にだらしなく座った格好で意に介さない顔で答えた。


「……アンタのせいじゃねぇよ」

「いや……俺があんな事を頼んだから……。被害を受けているのは地上拠点の俺達だけで、地下施設のお前達には関係が無いのにな……」


従来型も、新型リダクションデバイスも、効果範囲は同じで地上と空中だ。地下へ干渉しようとすれば、地下へも端末を設置しなければならない。過去同様、裏切り者でもいない限りは、それは無い。


「襲撃は俺が判断した。何度も言わせるな、アンタのせいじゃない」

「そうは言ってもな……悔やまれてならねぇ……。俺があんな事言わなきゃ……! 坊主、ちっと怖ぇが可愛い奴だったのにな……本当にすまねぇ…………」


おやっさんは涙まで浮かべている……鼻をすすって、手で拭った。

数える程度しか会った事がない子供にまで、この情の入り様……それは良いのだが……。

リーダーは眉をしかめて言葉を繋いだ。


「生きてるぜ。死んだみたいに言うな」

「えっ……!? い……生きているのか!? ズタズタに引き裂かれて血の海で死んだって聞いたぞ!?」


「……どこで聞いたんだよ、踊らされ過ぎだ」

「”スカーレットコロナ”の奴らが吹聴して回っているんだよ。あの”小さな悪魔”は俺達が殺した、”殺戮集団”を倒した正義の味方だと」


「はぁ? 誰が正義の味方だ、ふざけんな」


リーダーの不満はもっともだ。いくらリーダー達、地下施設メンバーが世間で悪者扱いされているとはいえ、”スカーレットコロナ”が正義面をするのは納得がいかない。


「お前らまでやられたと聞いて、言いなりになる団体が増えている……。それだけお前らの悪名は高かったという訳だが、脅威の対象が移っちまった。お前らの時代の方が、大人しくしていれば良かっただけマシだと、みんな言っている」


「時代って何だよ……。征服した覚えなんざ無ぇぞ」


あくまでも、己と仲間を守る為に戦って来ただけに過ぎない。

しかし他団体から見れば、精鋭部隊は明らかに強さの格が違う。数も少ないのに、大多数を相手に負けた話を聞いた事がない。むしろ精鋭部隊を相手にして、生きて帰ってきた者など見た事がない。恐るべき存在だ。


その精鋭部隊を退かせたのだ……しかも主戦力の”小さな悪魔”の二つ名を持つユウを戦闘不能にして……恐れるな、という方が無理な話だ。


とは言うものの、吹聴して回っている”スカーレットコロナ”の言い分が全て正しい訳ではない。同盟として連絡が取れ合う事で、”小さな悪魔”死亡説は虚言である事が判った。

おやっさんは、ほっと胸を撫で下ろす……。


「……? そういやお前、ちっと顔色悪くねぇか?」

「気のせいだろ」


いつものふてぶてしい態度に、おやっさんは画面上の色彩加減かと自分の目を疑った。


「まぁ……とにかく、坊主が無事で本当に良かった。お前の子供が死んだとあっちゃ、合わす顔がねぇからな」

「誰が俺の子供だ! アイツは部下だ!!」


物凄い剣幕で怒るリーダーに、たじろぐおやっさん……リーダーのすぐ傍で二人の会話を聞いている親衛隊のシンジとサーラは、笑いを堪えるのに必死だ。


「……えっ!? 違うのか!? てっきり、ずっとそうだと」

「違ぇえ!!」


もはや限界だ。シンジとサーラは机の陰に隠れて、手で口を押えフルフルと震えている。

確かにリーダーとユウでは、兄弟というより親と子ほどに年齢が離れている。リーダーが若気の至りで作ってしまった子供と言われても、誰も疑いようがない。


「えっ? いや、まぁ……みんなそう思っているが、まぁ良い。とにかく無事で良かった」

「良くねぇよ! 訂正しておけ!!」


おやっさんにしてみれば、いつも大事に連れて歩くほど溺愛しているように見えたのだろう……。どんな戦地にでも連れて歩き、常に傍らに置いているのだ……そう見えても仕方がなかった。


まぁたぶん面と向かって言われると恥ずかしいから、否定して見せているのだろう。そんな風におやっさんには映って、親子説を覆す気は特になかった。


「……しかし、お前らまで太刀打ち出来ないとはな……」

「そういう訳じゃねぇ。今回は…………俺のミスだ」


苦虫を噛み潰したような顔で、リーダーはおやっさんとは別の方を向いて答える。

もっと、考えるべきだった。


ユウが抱えている能力値の異常上昇という突発式爆弾のような症状がある事は、判っていた筈だ……。制御装置は資材が足りずに作った試作機で、その場しのぎでしかない。ろくな効果など見込める訳がない。


今回の作戦の失敗原因は、明らかにリーダーの判断ミスだ。いつ発作を起こすか判らないユウを、囮にするべきではなかった……一人にするべきではなかった。


腕の中でみるみる命を失っていくユウの温もりを思い出して、リーダーは顔を顰め舌打ちをした。

……嫌な思い出だ、二度とこんな失敗をしてはならない。

当然、”スカーレットコロナ”もこのままにしておく気はない。


リーダーは冷ややかな……冷酷な瞳をして言った。


「近いうちに礼に行くさ……借りたままは、性に合わねぇからな……」


先程までの親子説で見せていた人間らしさは消え……そこには”殺人鬼”の名に相応しい、無情な瞳をした男がいた。

背筋が凍る……おやっさんは、次にかける言葉を失い唾を呑むことも出来なかった。







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