第69話 サブリーダー任命
「よう、寝坊助。やっと起きたか」
聞き慣れた声に視線を移すと、リーダーが医務室へ入って来ていた。
ユウが目覚めた事を医療従事者から連絡を受けたようだ。後ろに親衛隊のシンジとサーラもいる。
まだ起きる事も出来ないユウを、ベッドの頭の方から回り込んで、リーダーは上から覗き込むようにしながらニヤニヤして言った。
「どうだ? 気分は」
いつも仏頂面をしていて笑いもしないのに、気味が悪い。
ふと、気付く……。
「……リーダー、顔色悪いよ。どうしたの」
「真っ白な顔している奴に言われたくねぇな。お前に血をやったからだ。感謝しな」
「――……えっ……!?」
かなりの間を挟んで、ユウは驚きの声を上げた。
リーダーから出生を聞いているのだ、この反応は当然といえる。
「裂傷が酷く、致死量の失血をしたのですよ。今のユウには、リーダーの血が半分入っています」
驚きの表情で止まっているユウへ、サーラが事情を説明する。
命に関わる失血があっただろう事は、ゴードンの話からも予想は出来た……問題はそこじゃない。
「万が一の時の為にって採ってある、保存血液は……?」
「先日のシステムエラーで一部損失していましたが、そこにユウの血液も含まれていたのですよ」
でも、だからって何故、リーダーが……。
合致する者はいないと聞いていた。出生が出生だからと納得もしていた……だから不思議でならない。ユウは普通の人間ではない。
「で……でも……だって、僕は…………」
ゴードンやユリアがいる前で、この先は言えない。
困惑の表情で固まっているユウを見て、言いたい事を察し……リーダーはユウとは別の方を向いて、輸血の際に大勢の前で言ったと同じ台詞をユウにも示した。
「俺とお前の遺伝子情報は、似通っている。後で見せてやる。平たく言や、片親違いの兄弟って所だ」
「兄弟!?」
困惑が更に深まって、誰も見た事がないような驚愕の表情をユウは見せた。
普段から感情の起伏が乏しいユウだ。こんなにもはっきりと見て取れる表情を出すのは珍しい……というか、この驚き方は初めてではないだろうか。
困惑と驚愕が入り混じった複雑な表情をして、ユウは止まっていた。
じ…………っとリーダーを見続ける……。
言葉なく、みつめ続けられるとリーダーは気が気でなくなって来た。
「……なんだよ?」
ユウは口から絞り出すように、リーダーを見ながら言った。
「…………に……に…………兄……さ……ん……?」
「やめろ」
「…………あ……兄……貴……?」
「ヤメロ」
「……兄上?」
「やめろと言っているだろう」
「兄者? ……あんちゃん!!」
「止めろ!! バカタレが!!」
「…………」
「今迄通り、リーダーと呼べ。今更過ぎて気持ちが悪い」
一息ついて、まだ驚きが残った表情をしたままユウは聞いた。
「いつから知っていたの?」
「お前を連れて来た時からだよ」
いつものゴードン程ではないが、明らかに驚いた表情をユウはし続けていた。
それほど思い掛けない事で、考えた事もなかった。
普段のリーダーから、どこにそんな可能性を見出せるだろう……。
リーダーをみつめ続けるユウの視線に耐え切れなくなって来たのか、リーダーは再びユウから目線を外してから、言った。
「血の繋がりによる、贔屓や特別扱いをした覚えは無いが、どこかで意識していた部分はあるだろう……。だが、お前を弟と思った事はない。ユウ……お前は、俺の腹心の部下だ」
「よく言いますよ。ユウがやられて一番焦っていた人が」
「……サーラ、お前最近、口が過ぎるぞ」
ユウは軽く噴き出して、笑った。
あまりの驚きと、サーラが暴露するリーダーの行動が、今言った言葉とちぐはぐで笑わずにはいられなかった。ユウを生かしてくれたのは利用する為だけじゃない……大事に思う気持ちもあったのだと……知って、心が温かくなった。
和やかな雰囲気にリーダーは舌打ちをして、意に反したこの場を打開する手段に移った。
「俺様がこれだけしてやったんだ。……ユウ、借りは返して貰うぞ」
纏めて置かれていたユウの持ち物から端末を手に取り、リーダーは組織図を表示する。そしてまだ起き上がることすら出来ない、ベッドで横になったままのユウへその画面を見せた。
「今日からお前はサブリーダーだ。嫌とは言わせん」
「ええっ!?」
先程の和やかな雰囲気はどこへ行ったのか……。
ユウは両手で自分の端末を奪い取って、表示された組織図を見た。
……既にしっかりと組織図に刻み込まれ、任命済みとなっていた。
確かに以前からずっと、サブリーダーになれと言われ続けていたが……。
「ギリギリまで採血して良いとは言ったが、二日も動けなかったんだぞ……お前のせいで!!」
「……むしろあれだけの血を与えておきながら、翌日から通常通りに動こうとするリーダーに脅威を感じましたよ……」
ユウは輸血を受けてもまだ起き上がる事も出来ないのに、リーダーは与えるだけ与えて、何故平気なのか。もはや人間の域を超えていた……。シンジが苦笑するのも仕方がない。
「ユリア、自己紹介は済んだのか」
「はい、先程」
サブリーダー任命の件など既に終わった事のように、リーダーは次なる要件に入った。何日も目覚めなかったユウへの伝言は、これだけではない。
「ユウ、改めて俺から紹介してやろう。彼女はユリア。他人の能力を抑える”抑制”の能力を持つ。今のお前にピッタリだろ。今日からお前の直属部下だ」
ユウは未だに組織図とにらめっこしていて、聞いているのか聞いていないのか、よく判らない。構わずに話を続ける。
「ユリア、貴女の制服とプレートです、どうぞ」
サーラから何気なしに渡された制服の束を、ユリアは受け取りながら不思議に思う。プレートには”精鋭部隊”と書いてある……。
「……? これ、精鋭部隊の制服と、プレートですよね?」
「ユウの直属部下なのですから、今日から貴女も精鋭部隊所属です」
「ええええええええ!???」
ユウが凝視している組織図を、ユリアも覗いて見てみる。
すると、しっかりとユウの横に”精鋭部隊所属”として名を連ねていた。
承諾必須なのに、勝手にサブリーダーにされてしまったユウ。
ユウのお世話係になった為に、第三部隊という研修から、一気に最高峰の精鋭部隊所属へ移動させられてしまったユリア。
……二人共、大人でもないのに。
「早く元気になれよ~~サブリーダー。仕事溜まってんぞ~!」
悪魔のような笑みをして、リーダーは片手をあげて医務室を出て行った。
残されたのは、呆然と組織図を見続ける二人と、あっけに取られたゴードン……。
ユウは自分の端末をぱたっと裏返しに置いて、放置するかの如く端末とユリアとゴードンとは逆の方を向いて、くるんと丸まった。
「……寝る」
「ユウ様!?」
まだ体調は酷く悪いので寝るのが正解なのだが……どう考えても、現実逃避にしか見えなかった。
サブリーダーは一度任命されてしまえば、変える事は出来ない。
何の為に拒否し続けたのか……もう全然判らなかった。
寝て、起きても……この現実は変わる事はなく、むしろ現実逃避に寝たその先で、悪夢を見そうだ。
もはやどこにも逃げ場なんて、ユウにはなかった。




