第68話 お世話係
閉じた瞼がゆっくりと動き……瞳に光を宿す。ぼんやりと見える天井は、何度も見た事がある……あまり嬉しくない光景だ。目の半分も開けない状態で、虚ろに瞬きを幾度か繰り返した。
「ユウ……良かった……良かった!」
目に涙をいっぱいに溜めて、ゴードンが覗き込んでいた。
まだ意識がはっきりとしない……何故ゴードンが泣いているのか、何があったのか……ユウには判らなかった。
「お前、死にかけたんだぞ……血がいっぱい出て、顔なんか真っ白で……冷たくて」
その時の事を思い出して、ゴードンは涙が溢れた。ユウの上へ、その涙が一滴落ちて頬を濡らす。
ゴードンの涙……温かい。
まだ体温の上がらないユウは人よりずっと冷たくて、ゴードンの落とした涙も温かく感じた。
「血が足りなくて死にそうで……異常上昇の発作も起きてて、死にそうで……」
一生懸命に説明しているようだが、涙声になっていてよく聞き取れない。何を言っているか判らなかった。
横になっているのに酷く眩暈がした。
手も足も冷たい……身体も寒い。だるくて力が入らず、起き上がれそうにない……今迄経験した事がない体調の悪さをユウは感じていた。しかもゴードンはやたらに泣いている。
記憶を探るように思い出してみる……確か……。
囮作戦実行中……空に身をさらし、新型リダクションデバイスの端末を探査していて…………探査していて…………?
…………その先は…………?
よく聞き取れなかったが……思い返してみると、ゴードンは今、異常上昇の発作……と言ったような気がした。つまりこれがその結果なのだと、ユウは気が付いた。
恐らく、戦場で意識を失ったのだろう。
囮作戦決行中に……いかにも狙ってくださいの最中だ、酷くやられたのだろう。
防御結界もなしに能力攻撃を受けたらどうなるか……考えなくても判る。よく生きていたものだ。
他人事のように事態の分析を図るユウは、その時の痛みも恐怖も味わっていないので、現実性に欠けていた。8歳の子供のする事ではないという程、冷静に事態を把握する。
……血が足りなくて死にそうで……。
だからか、この寒さと眩暈は。
ユウは両の手を握ってみたり、軽く足を動かしてみたりする。
……とりあえず、どこか失ったところがある訳じゃなさそうだ。指も動くし、足もある。目も見えているし……勿論どこも痛くない。治癒能力で身体の傷はすべて治してあるのだろう。
ふと思い出して、首にかけてあるネックレスを手でひっぱって見てみた。
能力制御装置、試作機……起動していない。
今は特に異常上昇の発作を起こしている訳でもないので、動いている筈もないのだが……やはりゴードンが言うように、ユウが自分でその起動を見る事はないのかもしれない……そんな気がした。
首にかけてあるから、見えにくいし。
他人から見るための物かなぁ……ぼんやりとそんな事を考えていると、今更ながらにゴードンの横で一緒に椅子へ座って、ユウを見ている女の子に気が付いた。
ユウの視線に、女の子は笑顔で答える。
「初めまして、ユウ様。私は第三探査部隊のユリアです。ユウ様のお世話係を言いつかりました。当分の間、よろしくお願いします」
ユウより年上……14、5歳だろうか。第三部隊といえば、まだ研修の身だ。
第一部隊が主力戦力、第二部隊がその補佐、第三部隊はまだ実戦には出せない研修……といった所だ。
ユリアと名乗った女の子は、肩まであるサラサラなストレートの髪をゆるやかに揺らして、会釈をする。穏やかな笑顔が心地良い……それだけで、温かく平和な気持ちにさせられる不思議な魅力を持つ女の子だった。
ユウはぼんやりとユリアに視線を這わせる。
「……お世話係……?」
はい、と言いたげに、ユリアはにこやかに笑う。
とても嬉しそうに……。
「ユリアが抱きついて、お前の異常上昇を抑えてくれたんだぞ」
……?
ゴードンの説明では、ユウにはよく判らなかった。
まだ頭がぼんやりとする。
……血が足りていないのだろう、貧血のように頭や顔に血の気がないのを、はっきりと感じる。そのせいで起き上がる事も出来ないし……起きても、またすぐにベッドへ逆戻りしそうだ。
ユウは諦めて、溜息をつくように軽く息を吐いて……目を瞑る。
……お世話係って、なにをするんだろう……。
過去最悪の負傷状態だ、身の回りの世話でもするのだろうか。
それより、あれからどの位経っているのだろう……。
「……ユウ、大丈夫? 具合悪い……?」
再び瞼を閉じたユウを心配して、ゴードンが不安そうに声を掛けてきた。
さっきまで泣いてて、目が赤い……鼻水で酷い顔をしている。
死に対しての怖さも悲しさも……慣れ過ぎて麻痺しているユウには……ゴードンは温かく微笑ましく思えた。心配してくれるその気持ちが、優しく包んで癒してくれる。
……きっとゴードンは、目に見えない……心を癒すちからを持っているのだと、ユウは思った。
温かい心……酷い顔。
きっとユウがその死にそうになっているところに、ゴードンはいたんだ。
ユウが自分で知らない痛みを……ゴードンが代わりに受けてくれた。
……なんだか申し訳なくなってきた。
守るつもりで、守られているじゃないか……。
心を…………ユウという、そのものを…………。
ゴードンをみつめて、ずっと微笑んでいるだけで……ユウは何も言わない。
心配になって、ゴードンはもう一度聞く。
「ユウ?」
微笑みは、もう少し判りやすく……嬉しそうに、笑顔でユウは答えた。
「大丈夫だよ」
珍しくユウの一人称……というか、ユウ目線……!!




