第67話 小さな命
「俺の血を使え」
低く透った声が……響いた。
喧騒立った医務室の中に、凛と通るその声の主……この地下施設総責任者のリーダーに、視線が集まり静まり返った。リーダーは袖を捲り、引き締まった筋肉質な腕を見せ、差し出すように片手を伸ばしていた。開いた掌の上に何かを求めるように……何かを乗せるかのように。
その掌をゆっくりと閉じ、見えない何かを掴み離さず引き込むかの如く拳にして、額の前へ持ってくる……。握り締めた拳は、腕の筋肉をより一層強靭に見せた。額の前に持ってきた拳と相まって見える眼差しは、瞳に殺意とも取れる程、強い命の光を宿して言葉を繋ぐ。
「調べてみろ、使える筈だ」
だが医療従事者は、ユウの血液は特殊で、この地下施設には輸血出来る者はいないと言った。何を根拠にそれ程までに自信を持って、リーダーは言っているのだろうか。
「し、しかし……ユウは……」
親衛隊のシンジは、狼狽えながら口を挟んだ。
ユウの出生を知っているからこその反応だ。だがそれ以上、この場で言う事は出来ない……ユウの出生については重要機密扱いだ。
その意図を汲み、リーダーは簡潔に理由を述べた。
「遺伝子情報を調べた……俺とユウは、遺伝子情報が似通っている。そうだな……判りやすく言えば、片親違いの兄弟……ってところだ。……突き詰めれば、かなり違うがな」
誰がそんな事を想像しただろうか……誰も予想しない言葉だらけで、時間が止まった。言葉を失い呆然と見る医療従事者を、リーダーは一喝する。
「早くしろ! 一刻を争うんだ!」
その声に、現実へ引き戻されるように全員が我を取り戻した。
途端に今するべき事が、次々と頭の中に浮かんでくる。戸惑いの表情をしながら顔を見合って、即座に個々の役割を決めた。
流石に特定分野の専門職――スペシャリストの医療従事者だ。
何故、しかし……そんな否定の言葉は幾らでも出るだろう。だが今は議論などしている暇はない。手をこまねいて見ているしかなかった現状が、打ち破れる可能性が見えたのだ。この一筋の光に全てを賭けるしかない。
血の気のない白く冷たいユウの手を握りながら、ゴードンは目に涙をいっぱいに溜めてリーダーを見る。
冷徹な瞳…………髪の色も、目の色も……何もかもがユウとは違っている。
その……リーダーが、ユウの血縁者……?
「兄……弟……?」
口に出してみても現実味がない……信じられない。
これも夢なのだろうか……ユウを助けて欲しいと……何でも良いから、誰でも良いから助けて欲しいと願った……ゴードンだけが見ている幻なのだろうか……。
本当の現実は、為す術が何もないまま……命が尽きるのをただ待っているだけの、いや……既に命を失って二度と動かないユウが目の前にいて、そこから逃げたくて、こんな幻を見ているんじゃないだろうか……。
ぼろぼろ涙を零しながら、ゴードンはユウを見た。ぼやけて見えない、ユウの顔…………。
何でも良い……幻でも良い。ユウが助かるのなら……こっちが現実だ!
「使えます!」
すぐに検査結果が出た。合致したようだ。
既に輸血用の準備は整っている。あとは――……。
「ギリギリまで採って良い。ユウを死なすな」
全員が頷く。
ユウが精鋭部隊随一の攻撃主だからではない。高い能力値と数多な種類が使える、希少な存在だからでもない。
今迄己を捨て……身を削り……この地下施設に住むみんなの為に戦ってきた、勇敢で悲しい哀れな存在を……このまま失ってはいけない。
幼過ぎる命のまま……失ってはいけないのだ。
”必ず助ける”――その意気込みが、この場にいる全ての人間から感じられた。
ゴードンは、動かない冷たいユウの手を強く握る。
俺の命も……お前に分けてやるから、帰って来い……ユウ……!!
リーダーはユウの隣に用意された輸血用ベッドの上に乗りながら、サーラへ命令を下した。
「ユリアを呼べ。異常上昇はそれで何とかしろ」
ユウの首にかけられたネックレス……能力制御装置、試作機……ずっと点滅しっ放しだ。この試作機では、ユウの異常高上昇を止める事が出来ない。血の足りなさだけを解消しても、ユウは助からない。
サーラは頷いて、すぐに行動を開始した。足早に医務室を出ていく。
「あとは頼んだぞ」
ベッドへ横になりながら、リーダーはシンジへ向けて言葉を掛けた。
足を揃え背筋を正し、敬礼をする如くに胸を張り、シンジは答える。
「お任せ下さい」




