第64話 探査能力
ゴードンにとっての楽しい日々は、あっという間に過ぎ去った。
今日でユウの謹慎は、三日目だ……。
明日になれば、またユウは精鋭部隊の制服を着て、忙しい毎日を送る事になる。
ユウは順調に回復していた。
今朝などベッドの上で、ストレッチやら腹筋、腕立て伏せ等のトレーニングを始める始末だ。ベッドの上なら何でもアリで、もうゴードンは笑うしかなかった。
夕食時――二人分の食事を取りに、ゴードンは食堂へ行く……。
毎日、食事の時間の度に歩いたこの通路……部屋から出られないユウの為に、繰り返し歩いた。ユウとふたりきりの時間を過ごした三日間……。
こうして二人分の食事を取りに行くのは、これで最後になるのかと思うと……少し寂しくなった。
「……いや、別に部屋からユウがいなくなる訳じゃないから、またあるさ」
誰に聞かせる訳でもなく、ゴードンは独り言を呟いた。
ハルカとも会っていない。
レイカの具合も気になっていたが、部屋にユウを一人で放っておく訳にはいかなかった。……何より、レイカとハルカの部屋へは行かない方が良いような気がしていた。
……そういえば三日間、ゴードンはユウとずっと一緒にいたが、ユウはレイカの名前を口に出す事はなかった。
気にならない筈はないのだが……。
ゴードンが部屋へ戻ると、ユウはベッドの上に座って目を閉じていた。
……まるで瞑想のように見える。
少し、間を置いてからユウは目を開けて、ゴードンに向けて微笑んだ。
「おかえり」
ベッドの上にいるユウへ、貰って来た食事を一人分渡し……ゴードンは入り口側にあるダイニングテーブルの椅子に座って、食べ掛けようとしながら質問をした。
「……なにしてたの?」
「…………」
一度ゴードンへ視線を遣るも質問には答えず……無言のまま、ユウは食事を摂る。
謹慎一日目はあれだけ話していたのに、三日目の今日は今迄と大して変わらない程、口数が減っていた。
いや、一日目が多少自棄になっていた分、羽目が外れていただけだろうか……。
食事が終わると、ゴードンはずっと言わなかった言葉を口にした。
「ユウ……、レイカの事、何も言わないけど……」
ゴードンの口からは、これ以上は言えなかった。
ユウは暫くの間、無言でゴードンを見続けた。
そして……目を閉じる。
「ゴードン……僕がよく使っている、探査能力って……なんだと思う?」
「……え?」
話の流れになっていない質問に、ゴードンは戸惑った。
ユウは目を閉じたまま、続ける……。
「透視能力、遠視能力、感知能力などの組み合わせの事だよ。……目的の答えを、見つけ出す」
「……?……」
ユウが何を言いたいのか、判らない。
……探査能力が、なんだって……?
そっと目を開けて、どこを見るでもなく視線を落として……ユウは言った。
「レイカの事は知ってるよ……僕のせいで、病んでいる……。僕は、どうしたら……良いのかな……」
僕がいなくなれば……、そう聞こえた気がしてゴードンは慌てた。
立ち上がって、ユウの肩を両手で握りしめて、半ば叫ぶように訴える。
「ハルカが言ってた……ユウはなにも悪くない。俺もそう思う。レイカが今迄見なかったものに、気付いてしまっただけなんだ。レイカの問題だよ」
真剣な表情で、ゴードンはユウを凝視した。
こんなに目の前にいて、両手のひらで肩を握りしめているのに……何故だろう……少しでも目を離したら、消えてしまいそうで不安になる。
心臓が早鐘を打つ……儚げな存在に、思えた。
哀しそうな瞳をして、ユウはゴードンを見た。
「僕はたくさん人を殺している。もう数えきれない……数えてない。ゴードンは、僕が怖くないの?」
「怖い時もあるさ。でも、俺はユウが好きだ。大事な親友だ!」
しっかりと両手でその存在を確かめながら、まっすぐな瞳でゴードンはユウを見据えて言った。
瞬きもしないほど……まっすぐに、心まで届くように。
無言のまま、みつめ続けた後……ユウは微笑んで、また目を閉じた。
その瞼の裏に……何かを見るように、言葉を紡ぐ。
「探査能力で、レイカを見た……。最低だろ? 女の子の部屋を、覗き見なんて……。レイカは怯えていた。ハルカになにかを叫びながら、泣いていたんだ」
瞼を開けて、ゴードンと視線を合わせる……そして、目を瞑るように、苦笑する。
「声も聞く事は出来るけど、……怖くて、聞けなかった……」
ユウの顔は笑っているのに、ゴードンには涙が見える気がした。
ゴードンが何も言わなかったら、すべて一人で抱える気だったんだ……。
判っていたんだ……ユウには……いつか、こんな日が来るという事が……。
判っていて、なにも出来なかったんだ……変える事が出来ない罪を、自分が犯しているから……。
――――人殺しという、罪咎を。
何も言わず、ゴードンはユウを抱き締めた。
何を言ったら良いか……判らなかった。
ユウはただ、黙って目を閉じた…………。
翌日――……。
謹慎が解けたユウを待っていたように、警報とアナウンスが地下施設内を響かせた。
『出撃命令。精鋭部隊、至急準備して下さい。繰り返す、出撃命令。精鋭部隊、至急準備して下さい』
精鋭部隊の制服に身を包み、ユウはいつもの台詞を言った。
「行くね」
帰って来れないかもしれない……だから”行く”だけ、一方通行だけの台詞。
だけどゴードンは言う。
帰って来て貰う為に……生きて帰って来て、また楽しい時間を過ごす為にも。
「おう! ちゃんと帰って来いよ!」
親指を立てて、恰好をつけて、ゴードンはいつもの太陽のような笑顔でニパッと笑った。
ユウはそれを見て、微笑む。
直後に姿が消え、ゴードンの瞳にだけ……ユウの残像が残った。




