第63話 新型リダクションデバイス
地下施設に、外部から通信が入った。
同盟団体”晴天の稲妻”おやっさんからだ。
「よう! 元気か? 今日はちょっと頼みがあってだな……」
フレンドリーに接して来るこの中年は、他の複数団体からも多くの支持を得ている人格者だ。世話好き、お人好しとあって”殺戮集団”などと呼ばれているこの地下施設メンバーにも、対応は大して変わらない。
現在、このふたつの団体には貸し借りとしての契約がある。
”晴天の稲妻”の建物全体を守護し外敵の侵入を阻む”防御壁”……防御結界の巨大版……その強化教育が予定されていた。
しかし教育の担当は、ユウだ。謹慎中の今、部屋から出る事は許されていない。
リーダーは即座に時期の先延ばしを提案した。
「悪いが、教育はもう少し待ってくれ。用意が出来ていない」
「……ん、ああ……そっちはいつでも良い。今回は別の件で頼みがあってな……」
おやっさんは、まるですっかり忘れていたような返答をする。
何か一大事が起きたようだ。
「実はな……最近”スカーレットコロナ”とかいう連中が、あちこちを荒らし回っているんだよ。手に負えなくて困っている。ウチや、”桔梗乙女”も先日被害に遭った。……コーラルから連絡来てねぇか?」
「無いな」
「そうか……”桔梗乙女”のコーラルは、お前に散々世話になった、迷惑をかけたと言っていたから、これ以上頼るつもりは無いんだろう。あそこは戦闘員が少ない……酷い目に遭っていなければ良いんだが……」
「要件は何だ。簡潔に話せ」
合理主義のリーダーにとって、余計な情報は不要だ。おやっさんの世間話に付き合うつもりは全くないらしい。
おやっさんは、ふぅ……と一息溜息をついてから、話を続ける。出来るだけ簡潔に、途中で通信を切られないように。
「単刀直入に言おう。……何とか、ならねぇか?」
「何で俺らが。自衛しろよ」
当然の返答だ。
地下施設の戦闘員は、自らの仲間を守る為だけに日々、向上を図っている。他人を守ってやる義務も理由もない。世界の治安を守るつもりなど、当然ある筈もない。
それは”同盟”といえど同じだ。自分の身は自分で守る……当たり前の事だ。
「そう言うと思っていたよ……まぁ、聞いてくれ。
奴等、新型のリダクションデバイスを使っているんだ。従来より強力で、ウチや”桔梗乙女”は一切、能力が使えなくなった」
ReductionDeviceというのは、複数個の端末を設置する事で、任意の対象の能力値を下げ、阻害する働きを持つシステムだ。従来型は地下施設メンバーが全て破壊した。
「仕方なく、旧世代が使っている武器で応戦したが……全然駄目だ、話にならねぇ……全部、防御結界で無効化されちまう」
「んなの当たり前だろ。あんなの牽制くらいしか、役に立たねぇよ」
「そうだな……判ってはいたんだが、他に方法がなくてよ……。結局、大勢の死人が出た上、食料略奪が酷くてな……防御壁も消されて、丸裸同然だったよ……」
余程、酷い戦いだったのだろう。
能力戦主体の戦において、能力が一切使えないのでは話にならない。一方的に、命も資材も食料も、全て略奪されるだけだ。
「あいつら……ヒャッハーとか言って大喜びしやがって……! クソッ!!」
おやっさんは両手に拳を作り、画面前を強く叩いた。振動がこちらにまで伝わる気がした。
「……またリダクションデバイスか」
「従来型は応戦出来るだけ、まだマシだった。今度のは、そうはいかねぇ……完全に丸腰だ。奴等やりたい放題だ……次も来たら、どうなるか判らねぇ……」
溜息をついて、頭を抱える。
おやっさんは救いを求めるかの目をして訴える。
「お前ん所は、やたらレベル高いからな……何とかならないかと思って……」
そうは言っても先程も問答したように、他人の為に動くリーダーではない。
それを判ってて言ってるのだ……藁をも掴む思いだ。
リーダーは一考する。
リダクションデバイスには過去襲撃を受けた際、苦戦を強いられている。
味方である筈の地下施設在住者から裏切り者が出たせいもあり、実用段階の全戦闘部隊を投入しても苦戦をした。おやっさんの話から察するに、新型は”苦戦”では済まないだろう。
戦いは基本、先手必勝だ。
「……良いだろう、データを寄越せ。従来型と新型の差も、出来るだけ詳しく教えろ。体感でも良い」
諦め掛けていたおやっさんに、思い掛けないリーダーの声が響いた。
生きる望みが繋がった……! おやっさんの顔に生気が戻る。
「良かった……頼む! これ以上、犠牲者を出す訳にはいかん」
「あんたの為じゃねぇ。自分の為だ」
あくまでも己の護身の為だ。襲撃されてからでは遅い。
それでも多くの団体から恐れられるこの”殺戮集団”が動くのなら、凄惨な未来しか考えられなかった、おやっさんにとっては希望の光が見えた。
おやっさんは感謝の笑顔を残して、画像通信は切れた。
即座にデータが送られて来る。
大量の文字列……数字の羅列。次々と画面に表示され、目では追えない速さでスクロールしていく。冷めた瞳にそれを映しながら、リーダーは親衛隊のシンジとサーラに命令を下した。
「奴等の居場所を突き止めろ。データは俺が精査する」
二人は頷くと、すぐに行動を開始した。
慌ただしく動き出した、戦いへの瞬間……永遠の平和など、夢幻でさえ有り得ない。




