第59話 取り替えっこ
ゴードンが部屋へ戻ると、ユウはベッドの上で眠っていた。
昼寝なんて珍しい姿を見る事が出来たが、昨日、脱水症状で緊急搬送されたばかりだ……体調が良い訳がない。むしろこれは必要な”休息”だ。
ゴードンは食堂で貰って来た二人分の固形食糧をダイニングテーブルの上に置いて、ユウの顔の位置でしゃがんだ。ベッドの端にちょこんと両手を添えて、眠っているユウの顔を覗き込むように顔を近付けて、眺める。
「……コイツ、なんで友達出来ないんだろう……?」
ユウは普段から無口だが、喋れば当たりは良いし、結構丁寧だ。
自分の利益にもならないゴードンの訓練にも嫌な顔ひとつせず、時間が許せばそれこそ一日中でも付き合ってくれる。
子供達みんなの憧れ……精鋭部隊。
部隊随一の攻撃主……。
その先の答えに辿り着く前に、ユウが目を覚ました。
30㎝もないであろうかという位置で、目が合う。
「…………」
「…………」
無表情でみつめあった。
ゴードンは立ち上がってダイニングテーブルへと向かい、貰って来た固形食糧を二つに分けて置いて、椅子に座った。
「食事貰って来た。食べよ」
何事もなかったように笑顔を向ける。
「ありがとう」
ユウは微笑んで一言礼を言うと、自分の分の固形食糧を手に取り持って来て、ベッドの上で食べ出した。
「……なんでこっちで食べないの」
「可能な限り、ベッドの上にいろって」
ゴードンは苦笑した。
”可能な限りベッドの上にいろ”というのは、謹慎処分と同時に下された命令だ。
ゴードンから見ればこの謂れのない処罰も、ハルカへ言ったように休息のための体裁悪い、ただの理由付けに過ぎない。しかしユウはそれを理解していないので……ただ、ひたすらに命令に従っていた。
真面目というか何というか……まぁ、良いんだが。融通が利かない気もした。
このユウが、リーダーに盾突いた事があるなんて嘘のようだ。
「寝る時位、制服脱いだら?」
「最近は出撃少ないけど、前は夜中でもあったんだよ。寝てるとか関係なく呼び出される」
「今、謹慎中だろ?」
「…………前にも話したけど、これしか持ってないよ」
「俺の貸そうか」
ゴードンは、少し悪戯っ子のような笑顔を向けた。
精鋭部隊の制服じゃない……普段着のユウというのも見てみたくなった。
「え……うん」
意外にも即、承諾が下りた。
ゴードンは早々に食事を終わらせ、いそいそと自分の私物である衣服を漁る。
ユウの……私服姿。見た事がない。
当然だ、精鋭部隊はいつ出撃命令が出るか判らないので、常に制服を着用している。今まさにユウが言ったように、寝る時も何をする時も制服だ。
誰も一度も見た事がない、ユウの私服姿を見られると思ったらウキウキして来た。せっかくなので似合いそうなのを見繕う。それ程多くないゴードンの衣服だが、この際だ、大事にとっておいたお宝も奮発しよう。新品も出しちゃえ。
いつか女の子達が見ていた古いコーディネイト集のような衣服を、ゴードンは引っ張り出してきてユウに渡した。上下共にゴードンのお宝だ。絶対に似合う筈……!
「……良いの? なんか大事そうだけど」
「良いの良いの! ほら、早く着て!」
せっつくように勧めた。
ユウは精鋭部隊の制服を脱いで、ゴードンお勧めの私服に着替える。
襟なし丸首の黒い長袖。遥か古い時代の本かデータに載っていたようなジーンズ柄の長ズボン。ユウには少し、大きいだろうか。
いつもと違う服と感触に、ユウは腕を上げてみたり、後ろを振り向いてみたりしている。思った以上に似合っていた。ゴードンは満足そうに目を輝かす。
袖の中を覗いてみたりしているユウが、ふとゴードンの視線に気付いて目を向ける。少し恥ずかしそうにしながら、上目使いで聞いた。
「……どう?」
待ってましたと言わんばかりに、ゴードンはいつもの太陽のような笑顔と歯を見せてニパッと笑い、親指を突き立ててユウに向かって差し出した。
「バッチリ、似合ってる! 俺のお宝だもん、外す訳ないじゃん!」
ユウは恥ずかしそうに笑う。
いつも”精鋭部隊”でしかないユウが、一般人に見える。服装ひとつで、こんなにも印象が変わるのだろうか。ともすれば普通の子供にも見えてくる。藤紫色の変わった髪色以外は、ゴードンと同じ、ただの子供だ。
……と思ったら、胸に”精鋭部隊”の名称入りプレートを付けている。
「……それ、なに?」
せっかく私服に着替えて一般人に見えるのに……台無しじゃないか。
少し不満そうにゴードンは聞いた。
「ID認証カード。鍵付きの扉を開ける時、これが必要なの」
「最近、いつも入っている壁の中とか?」
「そうそう、プレートによって入れる場所が違う。精鋭部隊は大抵どこでも入れるけど、第三実動部隊とかは一部に限定されるって具合に」
「へえ! ……って、それ俺に言っても良いの?」
「機密でも何でもないよ、こんなの」
ユウは笑って言った。
つまり、今ユウがつけている”精鋭部隊”の文字が書かれたプレートは、地下施設内を移動または一般では使えない場所を利用する時に必要な”ユウ”である証だ。大事なものなので、身から離す訳にはいかないのだ。
ゴードンは少し残念に思ったが、これは仕方がない。……見ない事にしよう。
先程まで着ていた、ユウの精鋭部隊の制服を洗濯へ持って行こうとして、ゴードンはちょっと止まって、まじまじと見た。
憧れの……精鋭部隊の制服……。
「着てみる?」
どうやらゴードンは物欲しそうな目をしていたようだ。
ユウから提案された。
「洗ってある制服、そっちに入っているから、それ着て良いよ。僕も服、借りているし」
「え、え、えええ~!」
ユウの、少ない私物の中にある……精鋭部隊の制服。
むしろ着替えの下着と制服と、裁縫道具しかユウは持っていない。
探すまでもなく、いつもと同じ場所にある……そこから一着、手に取る。
一度だけ、着た事がある精鋭部隊の制服。ゴードンはドキドキしながら、再び袖を通す。着るだけで気分が高揚する……夢が叶ったような錯覚さえ覚えた。
「似合うよ」
ベッドの上に座って、ユウが笑顔を向ける。
さっきとは逆で、今度はゴードンが気恥ずかしい。
「な、な、なんか……こうしていると、お前が一般人で、俺が精鋭部隊みたいで、恥ずかしいなっ」
嬉しく恥ずかしい精鋭部隊の制服に、むず痒いような気持になってゴードンは照れ隠しで笑った。それを聞いたユウは、精鋭部隊が恥ずかしい代名詞のように聞こえて、毎日その制服を着ていて外部にも制服姿で遠征している自分は……と不満そうな顔を見せる。
「なんで恥ずかしいの……僕はそれでも良いけど」
「一般人でも良いの? いや……精鋭部隊のプレートつけながら、お前、何言ってるんだ……」
互いの姿を見て、どっちが精鋭部隊所属で、どっちが一般人だか、見た目だけでは判らないその状態に、二人は顔を合わせて、くすっと笑った。




