第58話 システムエラー
執務室では、昨夜のシステムエラーについて報告がされていた。
過去に例が無い大規模なエラー多発に、担当部署だけではなくシステム開発部、研究者、果ては各種エキスパートが揃っている精鋭部隊にまで協力が要請され、多くの人員を動員してようやく収拾がついた大事件だった。
探査能力を持つユウも駆り出され、多彩な能力を複合的に使い、エラー発生元を特定するという、極めて難しい探査を一人で短時間でやってのけた。
挙句、子供しか通れないような狭い場所に入っての作業まで行い、大きな功績を収めていた。
「結局、原因は何だ。最近、ユウが壁の中へ入って何かしていただろ。それか?」
「いえ、逆にユウが行っていた配線整理作業が幸いして、そこで止まってくれました。配線劣化による火災が大元の原因ですね……。そこからあちこちへ、エラーが飛び火したのかと」
リーダーの問いに、親衛隊のシンジが報告書を見ながら返答をする。
更にサーラが付け加えた。
「今回の件で、医療用保存血液が一部損失しています。既に対応はしていますが、物が物だけに即時完全補充は困難です。その他の目立った被害は報告されていません」
「配線なんざ、ユウにばっかりやらせんな。あの後、医務室から連絡入っていたぞ。あのバカ、やり過ぎだ」
「……道理でフラフラしていると思っていましたよ。緊急を要していたので、事態収拾を優先しましたが」
サーラが苦笑して付け足す。
「今回の件に限らず、戦績も含めて功績の方が大きいのに……早朝の呼び出しで、理由も告げずに謹慎処分ですから……不可解って顔していましたよ」
「仕方ねぇだろ、アイツがおとなしく休むかよ! ガキの癖に仕事詰めって……変態か、アイツは!!」
シンジは乾いた笑いを浮かべた。
昨日の朝の時点で、もう少し気に止めておくべきだったか……。
ユウの三日間謹慎は、意外と痛い。
最近任せていたシステム管理……もとい、配線整理作業はともかくとして、外部遠征及び戦闘出撃となると、ユウがいるといないとでは被害状況が変わって来る。
先日の両足切断重傷者も、ユウがいなかったら、どうなっていたか判らない。
精鋭部隊……いや、地下施設内すべての人間を対象にしても、ユウほどの治癒能力の使い手はいないのだ。どんなに重症でも高出力で即座に治す。
生きてさえいれば、何とかなる……というのは、常に危険な任務の精鋭部隊にとって、必須な存在だ。
一人に……しかもたった8歳の子供に過重を負わせるのは不本意だったが、ユウの代わりはいない。
もどかしさだけが過っていく。
ユウの回復を待ち、三日間、何事もない事を祈るばかりだ。
昼過ぎ。
少し遅めの昼食を取りに、ゴードンは食堂へ来ていた。
突然の身に覚えのない通告処分に、多少自棄になって暇を持て余したユウは、珍しく自分から色々と話しをしていた。
ゴードンにとっては、こんなチャンスは二度とないかもしれないと、存分に会話を楽しむ。つい嬉しくて、昼食が遅くなってしまった。
「あっ、ゴードン~!」
ハルカが後からやってきて、声を掛けた。小走りで近付いて来てからゴードンの顔を見て、ハルカは怪訝な顔をする。
「……なに? ニヤニヤして気持ち悪いわね……。ユウさまどうしてる? 昨日帰って来た?」
「ハルカは口が固かったよね?」
ゴードンは自分の口元とハルカの片耳を手で覆うように隠して、こっそりとハルカに耳打ちをする。他の誰にも聞こえないよう……細心の注意を払って。
「ええっ、ユウさまが三日間の謹慎!? 何したの!?」
ハルカは驚いて大声を上げた。その声にゴードンは吃驚する。
何故、大声を出すのか……!
せっかく誰にも聞こえないよう、細心の注意を払ったのに……!!
当然の如く、周囲の注目を集めた。
”ユウ”という単語だけでも人の注目を集めやすいのに、”謹慎”までついている。
ゴードンは慌てて苦い表情をしながら、人差し指を立て、シー、シー! と言って、ハルカを食堂の誰もいない隅へと連れて行った。
口が固い、というのは他言しない、という意味だと思った方が良さそうだ……。
食堂の隅で様子を窺うゴードン。多少視線は感じたが、言及してくる者はいないようだ。
とりあえず、ほっと胸を撫で下ろす。
「どういう事なの? まさか……」
怪訝な顔をしたハルカが、ゴードンを問い詰めるような表情で見ていた。
レイカの事があったばかりだ。
ユウは普段はおとなしく素直で従順だが、調理実習での事を思い出すと悪い想像しか出来ない。人知れず地下施設のどこかを壊滅的に破壊したか、もしくは……。
「何もしてないよ。体裁悪いけど、謹慎の名を借りた休養。その位しないと、アイツ休まないから……昨日、働き過ぎでヘロヘロになって帰って来たんだぜ」
「働き過ぎ?……ユウさまらしいというか、なんというか……。で? なんでニヤニヤしているの?」
「アイツ、いつも本当に仕事かトレーニングしかしてないからさ……部屋から出られないと暇持て余すんだよ。少し前までやっていた勉強も、持って来た本全部読み切ったみたいだし」
「そういえばベッドの周りにいっぱい置いてあったっけ……あれ全部読んだの? 凄いわね」
「よくあんな訳判んないの読むよな……。まぁそれは良いとしてさ、早朝に呼び出し食らって行ったら、理由も告げずに謹慎処分だって……。朝なんて、めちゃくちゃ機嫌悪かったんだぜ!」
「ユウさまが……? 珍しいわね……」
「だろ? んで、愚痴るんだよな……色々と。あの無口なユウがさ! なんだか面白くて」
ゴードンは歯を見せて、思い出し笑いをした。
よほど普段見られないユウを見て、楽しいと見える。
「どんな事言うの? 愚痴るユウさまなんて、想像出来ないよ」
「まぁ……俺に言う位だから、大した内容じゃないと思うよ。早く配線整理の続きをしないと、またシステムエラー出るのに……とかさ」
「うっわ、仕事の内容か~……さすがユウさま、超真面目……。でも、良いなぁ……こっちは大変だよ」
ふと、思い出す……昨日の出来事……。空気が変わった気がした。
「……そうだ、レイカどうなった? 大丈夫?」
「昨夜は夜中に悲鳴上げて、起きて泣き出すのが三回もあってさ……隣で寝たよ。今朝早くに医務室へ行って、薬貰って来た。今、少し落ち着いているけど……早く帰らないと」
ハルカの言葉に、ゴードンは驚いた。
一昨日の今頃は、幸せな新婚気分でユウの為にクッキーを焼いていただろうに……。
「ユウさまから貰った髪飾り、ゴミ箱の中に入ってた……。こっそり拾っておいたけど」
「……そんなに?」
愕然とした。
”結婚式ごっこ”で、ユウが指輪代わりにとレイカへ贈った髪飾り……それは見事な美しい工芸品で、どうやって入手したかも判らない。
それこそ”ユウ”だったからこそ、手に入った唯一の品……。
それなのに、それを捨ててしまう程……レイカは、ユウを…………。
先程までのニヤニヤした気持ち悪さは抜け、激しく動揺しているゴードンを見て、ハルカは苦笑した。
「レイカには私がついているから……。心配しないで、大丈夫。またね」
ハルカは軽く手を振ってから、二人分の固形食糧を持って、食堂を出て行った。
食堂の隅で、ゴードンはそれを見送る。
暫く佇んでいたが、ユウが部屋で待っているのを思い出して、ゴードンも二人分の食料を手に取った。
二人分の食事……ユウと、ゴードンの二人分。
謹慎処分で自室から出られないユウの為に、ゴードンが代わりに食事を取りに来た。
ハルカは、心を病んで閉じ籠るレイカの為に……。
ゴードンとハルカ……お互い確かに、同室の親友の為に尽力しようと約束をした。
けれど、苦痛に満ちたハルカとレイカに比べ、ゴードンはひとりだけ楽しんでいるようで悪い気がした。
過去編より復活、現時間軸……第53話の後の話になります。
今回は5話構成。台詞多めの説明回です。
次回は、珍しくユウがよく喋りますよ……!




