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第56話 過去・3年前 精鋭部隊

「レイカ」


何日振りだろうか、何週間振りだろうか……何か月振りだろうか。もうそれすらも判らない。

ユウはレイカとの面会を申し出て、ようやく受理され会う事を許された。

ユウの部屋で、監視が付いての”面会”だ。


「ユウ……! 何か、久し振り……。どうしたの? 何か、酷く悪いことでもしたの?」

「何もしてないよ?」


「だって……」


レイカは不安そうに、監視の大人へ目を配る。

ユウは不思議そうにしているだけ……。


「あのね、僕……せいえいぶたいって所に、入る事になったんだ」

「ええっ精鋭部隊!? ユウが!?」

「せいふく……っていうの、貰ったの。ほら、これ」


ユウは精鋭部隊の制服を、身に当ててレイカに見せた。


「似合う?」


レイカは驚いているばかりで言葉を失っていた。

ユウは少し下から、斜めになってレイカを見上げた。


「レイカ?」


「ちょ、ちょっと待って、精鋭部隊って……大人だってなれる人、少ないんだよ? そこにユウが入るの? 嘘でしょ?」

「嘘なんて言ってないよ?」


レイカは絶句する。

ユウが言う”精鋭部隊”とは、戦闘に参加する”実動部隊”の中でも最高峰のエリート戦闘集団だ。

限りなく少数しか抜擢されない、誰もが憧れる特殊任務専門部隊。

唯一、遠方の外部遠征が可能な部隊である。


こんな小さな子供のユウが……。

レイカには信じられなかったが、ユウが今、身に当てている制服は、紛れもない精鋭部隊の制服。


レイカの反応にしびれを切らしたのか、ユウは袖を通して制服を着てみせた。

かなり、だぶだぶで大きい。とても動きやすいとは思えなかった。

手も足も、全然長さが合っていない。まるで大人の制服を急ごしらえしたようだ。


「……ぷっ、何それユウ…大き過ぎ!」


あまりのだぶだぶさに、レイカは噴き出して笑った。

借り物の服のようにしか見えない。

きっとユウの、悪い冗談だ。そうとしか思えなった。


ユウは長過ぎる手足の服の長さを調節するように捲って、レイカへ笑顔を向ける。


「次の出撃から一緒に行くの。……これを着て。似合う?」

「もうっ、ユウったら久し振りに会ったのに……そんな冗談。似合う訳ないじゃない、そんなだぶだぶ!」

「だめ? でも、服これしかないし……」


レイカは一息溜息をついて、ユウに人差し指を出して、言い聞かすように真面目な顔をして言った。


「良い? ユウ、あなたは知らないだろうけど、ここの総責任者のリーダーはこわ~~い人で、例えあなたみたいな小さい子供でも、容赦ないんだから! 悪い事したなら、ちゃんと反省して、早くみんなの所へ帰って来なさいよ!」

「……悪い事って?」


「何かしたから、監視の人がついて監禁されているんでしょ?」

「あの人? いつもいるよ」

「だから……」

「悪い事ってなに? 何もしてないよ?」


どう転んでも、話が通じない。

レイカは困った顔をした。

ふと、気付く……。


「……ユウ、あなた顔色悪くない?」

「……そう?」


明らかに蒼白な色をしているのに、平気そうな表情を浮かべるユウに、レイカは光の加減なのかと自分の目を疑う。

そう思うと、気のせいな気がしてきた。


ユウは嬉しそうに微笑む。


「……なぁに?」

「ううん……レイカとお話したの、久し振り……人と、ちゃんとお話したの、久し振り……」


何かとんでもない悪戯でもして、長い監禁生活を強いられていたのかとレイカは思った。


「……もうっ、しっかたないなぁ……私がここに来てあげるから。ユウはここで待ってなさいよ?」

「会いに来てくれるの?」


だぶだぶの精鋭部隊の制服を着たユウに、レイカは笑顔で答える。


「うん、来てあげる。毎日でも」


ユウは蒼白な顔色の中、とても嬉しそうに、微笑んだ。







『精鋭部隊、出撃します』


地下施設内に、警報とアナウンスが入る。

実動部隊の最高峰、エリート戦闘集団”精鋭部隊”が外部へ出立した事を知らせる、いつものアナウンスだ。


地下施設は平和で安全な生活が約束された空間だが、一歩外へ出れば、命の危険しかない世界が広がっている。

汚染された空気、大地……略奪の限りを果たす者達……力の支配でしかない世界。

わざわざそんな危険な場所へ、しかも遠征までして”精鋭部隊”がしている事は何なのか。

……当然、この地下施設を護る為の活動だ。

外部からの脅威を取り除く為、そして同時に行き場を失った弱者の救済の為。


……そうレイカも聞いている。

ユウも、”救済”された一人だ。


「精鋭部隊……」


まさか……そう思いながら、レイカは気になって、ユウの部屋へ向かった。

ノックをして入ると、誰もいなかった。


先日入った時は、ユウもいて、監視の大人もいて気付かなかったが、この部屋には何もなかった。

この部屋で生活をしているのなら、必ずある筈の私物が、ひとつもない。

水場とベッドだけが、使われた形跡があるのみだ。


ユウとレイカが初めて会ってから、半年は経ったような気がした。

それ以上かもしれない……だが一年は経っていない。はっきりとした年月は覚えていない。

それでも、その期間ここで過ごしたなら、もっと生活感があって良い筈なのに……。

まるで、寝る為だけの空間に感じて、レイカは背筋に冷たいものを感じた。


今、ユウはどこにいるのだろう……。

見せてくれた精鋭部隊のだぶだぶの服も、ここにはない。


まさか…………。






『精鋭部隊、帰還します』


出立と同じように、アナウンスと警報が地下施設を轟かせ、精鋭部隊の帰還を告げた。

レイカは急いで、ユウの部屋へと走った。


「まさか……まさか……ユウ……!」


先程と同じように、ユウの部屋の前でノックをするレイカ。

だが、返事はない。

そうっとドアを開けて、声をかけながら入ってみる。


「……ユウ? いるの?」




暗い部屋の中の奥の隅で、ユウは小さな身体をもっと小さくするように、蹲っていた。

小刻みに揺れる肩……時々聞こえる息を吸い込む音。

静かにレイカは部屋の中へ足を踏み入れた。


「ユウ……?」


小さく蹲って膝を抱えていたユウは、そっと顔を上げて振り向く。

その顔は、涙でくしゃくしゃに濡れていた。


レイカに気付いた後も、涙が溢れてくる。

表情は辛そうではない……むしろ茫然としていて、ただ、ただひたすらに、涙だけが溢れている。

ぼろぼろと落ちる大粒の涙……ユウは、レイカから視線を外して目を伏せた。


レイカが一歩、歩み出てユウへ近付こうとする。


「来ないで……」


蹲り膝を抱えて、抱えた膝に頭を付けて、くぐもった声でユウは言った。


「帰って来て、シャワーも入ってないの……外の汚れが完全に落ちてないかもしれない。危ないから、近付かないで……触らないで……」


外の汚れは、既に帰還した時に洗い流す小さな粒のような薬剤で、完璧に除染されている。

だがそこまでの知識は、今のユウにはない。

帰還した者に触らない……それは単なる汚れなだけで、危険なものではない事も、理解してはいなかった。


「……本当に出撃したの? ユウ……精鋭部隊の、一員として…………」


信じられなかった。こんな小さな子供が……。

大人だって、なかなかなれない精鋭部隊に……こんなひ弱そうで、何も出来そうになくて、優しそうなユウが……。

レイカでは、想像もできない……過酷な戦場へ。


暗い部屋の中で、ユウは答える。

聞こえるか、聞こえないか、判らないような小さな声で……。


「…………うん…………」


何があったのか、何が起きたのか……何を見て、何を体験したのか。

一般のレイカは、知る事はない。

外の情報は最高機密だ。ユウが喋る事もない。


近付く事も出来ず、ただただ声を殺して泣くユウを、レイカは見ているしかなかった。

そこに佇んで……手を出す事も出来ずに、抱き締める事も出来ずに。


藤紫色の髪が小さく揺れる。

哀しい色に、見えた。




レイカは静かに部屋を出る。

ドアを閉めて、ドアに寄り掛かって。


「……傍にいるよ、ユウ。約束したから」


レイカのその声が、ユウに届いたかは判らない。

部屋の中では、今も音もなく、涙を流すユウがいるだけだった…………。







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