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第53話 無理を重ねて

ハルカとの会話を終え、レイカを心配しながら、ゴードンは自分の部屋へ戻る。

自分の部屋……ユウと、ゴードンの部屋。

いや、もっと正確に言えば、ユウの意思は関係なくゴードンが一方的に押し掛けた二人の部屋だ。


だが今になってしまえば、押し掛けて良かったとゴードンは思う。

ユウはひとりだと、最低限の事しかしていない。

夢中になると、食事も、寝る事すら疎かになる。

常に命に関わる危険な任務に携わっているのに、これでは……。

今回のレイカの件は、今迄の比ではなかった。


扉を開けると、ユウは汚れた制服のまま、ベッドの上でぐったりとしていた。


「ちょっ……ユウ!?」


慌てて駆け寄る。

部屋のドア入り口側に向け、横になっているユウは目を閉じて少し辛そうな表情をしている。顔色も悪い……妙な汗もかいている。


「……お…おみ…水を……。」


部屋に戻って来たゴードンに気が付いて、ユウは擦れそうな声を出した。


自分で水も汲めに行けない程なのか……!

ゴードンは急いで水を持ってくる。

ユウは少しだけ身を起こして何杯か飲み干すと、またベッドへ埋もれるように倒れ込んだ。


何故、こんな状態になっているのか判らなかったが、とにかくこのままではいけない。ゴードンは医務室へ連絡を入れようとする。


「待って……大丈夫。ちょっと壁の中に居過ぎて、脱水症状起こしてるだけだと思うから……。」


ユウはちからなくゴードンを止めた。

ゴードンは連絡用パネルの前で一旦動きを止め、ユウを見る。

……どう考えても平気な訳はない。

段々怒りがこみ上げて来て、ゴードンは叫んだ。


「馬鹿ッ、何が大丈夫なんだよ! 全然大丈夫じゃないだろ!!」


一喝して、医務室へ連絡をした。

ユウはすぐに医務室へ運ばれ、処置が施された。




医務室のベッドで、眠るユウ。

傍の椅子に座って、ゴードンは憮然とした表情でユウをみつめる。


怒りで手が震えて来る。

何故、こんなに無理をしたがるのだろう。


……いや、違う。ユウは目の前の現実から逃げようとしていたんだ……。


レイカの、あの恐怖に満ちた顔……。

ユウがレイカを大事に思っている事は確かだ。

その大切な人から拒絶された……その現実から逃げたくて、仕事に没頭していたんだ……。


どんなに没頭しても、頭から離れる事はない現実。

判っていた……判っていたんだ。

なのに、何もしていない、何も出来てない自分に、ゴードンは腹が立った。

こんなに傍にいるのに、判っていても何も出来ない。

それでも、ここまで無理をするとは思っていなかった。




……?

違和感を感じた。


…………まさか…………。





ユウが目を覚ます。

ゴードンが声を掛ける前に、ユウは身を起こして後ろのポケットから端末を出した。


「呼ばれた。行って来る。」

「えっ、ちょっ……。」


止める間もなく、ユウは瞬間移動で姿を消した。

慌てて出したゴードンの手は、空を過るだけで掴むものは何もない。

今しがたまでユウがいたベッドの上の空間は、その形跡であるシーツの形だけを残していた。

ゴードンは身を震わせ憤って、叫ぶ。


「この……馬鹿っ! 無理し過ぎだろ!」


だが、伝える相手は既にいない。

虚しい怒りと悲しさだけが残った。





数時間後、ユウはフラフラになって部屋へ戻って来た。

部屋の前まで瞬間移動で戻って来たのだろう。

突然ドアに当たる音がして、ドアが開いたと思ったら倒れ込むようにユウが部屋へ入って来た。

入り口近くのダイニングテーブルにいたゴードンは、咄嗟にユウを抱き留める。


「無理し過ぎだよ……! 何やってるんだ!」


ユウの耳元で叫んだが、ぐったりとして反応がない。

よく見れば……既に寝息を立てている。

流石に疲れて、部屋へ戻るのが精一杯だったようだ。


ゴードンは怒るのは後にして、ユウをベッドへ寝かせた。

突然倒れ込んで来た事から、本当に寝ているだけなのか心配になり、ゴードンは何度も確認してしまった。


眠っているユウを見ながら、ゴードンは考える。


……自分に何が出来るだろう。

放っておいたら無理を重ねて、その上出撃して……もう帰って来ないかもしれない。

想像したら、寒気がした。


ゴードンが言っても聞かないだろう。

それなら、誰が言えば聞くだろう。

…………ひとりしか思いつかない。


ゴードンは医務室へ連絡して、先程緊急搬送された事をユウの上司へ伝えるように頼んだ。

医務室の医療従事者からは、既に連絡済みと回答を貰う。

少し卑怯な気もするが、リーダーの命令なら聞くだろう。





翌日ゴードンが目を覚ますと、久し振りにユウが部屋にいる朝を迎えた。

ユウは早くに起きてシャワーを浴びたのか、小奇麗になってベッドの上でゴロゴロしている。

むしろゴロゴロしているなんて、初めて見た。


ゴードンは朝の挨拶をする。


「おはよう。」

「……おはよ。」


ユウは何だか不機嫌だ。


「身体、大丈夫?」

「……うん。」


卑怯な手を使ったのがバレたかな……。

いや、何もしなくても既に連絡行ってたから同じか。


少し罪悪感まじりの後味の悪さで、ユウの不機嫌そうな顔を直視するのが阻まれた。そんなゴードンに気付いているのか、それともただの愚痴なのか、ユウは不貞るように呟く。


「三日間の自室謹慎を言い渡された。可能な限りベッドの上にいろって。……何か悪い事したかな、覚えがないよ。」

「……! だからベッドの上でゴロゴロしているのか……!」


凄い効果だ!

というか謹慎って。

かなり無理矢理、休ませるんだな……。


呆然と見ているゴードンそっちのけで、ユウは不満そうな顔をしながら愚痴を吐いた。


「昨日も呼び出し受けて行ったら、システムエラーの大連続で大変だったんだよ。だから配線の管理、大事だって言ったのに……。誰もしないなら僕がするから……謹慎なんてしてる場合じゃないのに。……大体、なんで僕が謹慎……。」


ふと、気付く。

いつも無口なユウが……随分とよく喋っている。よっぽど納得いかないようで、その様子がゴードンには珍しくて、面白くなった。


ゴードンはユウのベッドに寄り掛かり、ユウを見て、楽しそうに言った。


「今日はよく喋るね。」


にこやかな笑顔を向けるゴードンに、ユウは一度目を向け、視線を外してから少し恥ずかしそうに……キマリが悪そうな顔をして答える。


「……ゴードンが聞きたいかと思って。」


ゴードンは久々に歯を見せて、ニパッと笑った。


「聞きたい! 謹慎付き合うから、たくさん話してくれよな!」


太陽のようなゴードンの笑顔を見て、不機嫌そうにしていたユウも釣られて穏やかな表情を見せた。

ほんの少し微笑んで、答える。


「……うん。」







次回は、突然の過去編スタートです。

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