第50話 深紅の染み
『精鋭部隊、帰還します。』
地下施設内に警報とアナウンスが入り、精鋭部隊の帰還を告げた。
少しするとユウが部屋へ戻って来た。
「おかえりなさ~い!」
部屋で出来立てのクッキーを沢山用意して、待っていたレイカが出迎える。
気分は、仕事から帰って来た夫を迎える新妻だ。
「ただいま……。」
少し元気がないユウ。
「……っ!! ユウ……それ、どうしたの!?」
小さい悲鳴と同時に切迫した声を出したレイカに驚いて、入り口近くのダイニングテーブルにいたゴードンとハルカがユウを見ると、ユウが着ている制服の一部が、赤黒く染まっていた。
胸から腹……腿にかけてビッシリと……両腕も、指先から肘上まで染まって濡れていた。
ろくに乾く間もなく、帰って来たかのように……。
「大丈夫、僕の血じゃないから……。」
レイカを避けて奥のシャワールームへ入って行く。
ユウと共に、生々しい匂いが過った。
ユウが返り血を浴びて帰って来るなんて、滅多にない。
少なくても、ゴードンやレイカの記憶にはなかった。
レイカがそっとシャワールームを覗きに行く。
無造作に脱ぎ捨てられた、先程まで着ていた精鋭部隊の制服。
…………深紅の染み。
「レイカ。」
ハルカの声で、レイカは身を竦めた。
「ダメ。こっちおいで。」
ハルカはダイニングテーブルの椅子に座ったまま、真面目な表情でレイカを見ていた。レイカはおずおずとテーブルへ行き、席へつく。
少しするとユウが汚れた制服を片付けて、小奇麗になって出て来た。
見た目は同じ精鋭部隊の制服を着ているのに、先程の戦場帰りの生々しさとは打って変わり、シャワー後の石鹸の匂いまでしてくる……その清潔感に安堵する。
レイカやゴードン、ハルカが知っている、いつものユウの姿だ。
「ユウさま、丁度良かった。さっき焼けたばっかりなの。出来立てのクッキー召し上がれ!」
ハルカが笑顔で勧めた。
ユウは席について、クッキーを抓む。
「美味しい。」
ほんわりと、微笑む……いつもの優しい笑顔。
「でしょでしょ? 今日はちょっと豪華に材料使っちゃったの。後で怒られないか心配!」
何事もなかったように話すハルカに、ゴードンは少し驚いていた。
「ほらレイカ、何してるの。今日もユウさまに、ただいまのキスねだるんじゃないの?」
「えっ!?」
そんな事までしていたのか!?
ゴードンはまたも大口を開いて驚いた。
「お……お茶、淹れてくるねっ。」
レイカはそそくさと、水場のある奥の部屋へ消えて行った。
「もう~、ゴードンがそんな顔してるから、日課が出来なかったじゃないの~。」
「日課!? 日課なのか!?」
ハルカとゴードンを見て、ユウが微笑む。
いつもの日常の光景に、ほっとする。
レイカがお茶を淹れて持って来た。
カップを配るレイカの手が、ふとユウの手に触れてビクッと一瞬硬直し、ユウのカップを落としてしまった。
「ご……ごめんねユウ、淹れ直すから。」
「気にしないで。」
ふと、ユウが後ろのポケットから端末を出して画面を見る。
「呼び出された。行って来る。」
急ぎ足で行ってしまった。
ユウの後姿を、ドアが閉まって見えなくなるまで、ただ三人は見つめ続けていた。
一息ついて、ハルカはテーブルの上に肘をついてクッキーを抓む。
「ユウさま忙しいね。結局、焼き立てクッキー1枚しか食べてないよ。」
「なぁ……ハルカは平気なのか?」
ハルカはクッキーをかじりながらゴードンを見た。
「さっきの? 私、流血モノ平気だから。」
「作り物の映像じゃなくて、本物なんだぜ。」
「知ってるよ……ユウさま、戦闘のプロの精鋭部隊なんだから、当たり前じゃん。ユウさまの血じゃなくて、本当に良かった。アレ、重症じゃ済まないよ。」
レイカは先程の深紅に染まったユウの制服姿を思い出して、血の気が引いて真っ青になっていた。
「大丈夫? ごめん……生々しい事、言っちゃった。ゴードン、帰るね。」
ハルカはレイカを支えながら、自分達の部屋へ帰って行った。
ひとり、部屋に残されたゴードン……先程のハルカの台詞を思い出して、寒気がした。急に誰もいなくなったせいだと思いたかった。
誰もいなくなった部屋は冷え冷えとして、余計な不安を煽り立てる。
先程のハルカの台詞……戦場帰りの、ユウの深紅に染まった制服姿……。
重症じゃ済まない……つまり、相手は…………。
ユウが普段どんな戦い方をしているのか、ゴードンは知らない。
知ってはいけない気がした。
テーブルの上の山のようなクッキーを見て、ゴードンが呟く。
「これ、どうすんだよ……。」




