第37話 老人と子供
……ローウェンは、嘘をついていた。
小さい団体で、守って欲しいというのは、嘘だ。
見るからに弱々しい、老人のローウェンを使者にする事で――
ローウェンの言葉に真実味を持たせ、”殺戮集団”の庇護を受けられたなら、シメたもの。
世間に出回る”殺戮集団”の悪名の高さは、尋常ではない。
よほど血気盛んな者以外は、震え上がる。
その脅威を後ろ盾にすれば、大抵の団体は言いなりになり、簡単に略奪が出来るというものだ。
”晴天の稲妻”が開いた合同面接会では、似たような考えで、同盟を希望した者も多くいた。
だが全員、代表者がやって来た。
何故なら、嘘が発覚した時の報復を恐れたからだ。
だが”オールザット”だけは、”殺戮集団”をみくびっていたのである。
浅はかな策略は、”殺人鬼”の名を持つリーダーの心詠みで、すべて見透かされた。
リーダーの常套手段である、心詠み――
会話を通して、すべてを見通すテレパシーには、誰も嘘がつけない。
心の、奥底にある――
殺意も、偽りも、嘆き、哀しみも……すべてを見通す。
親衛隊のシンジに送られ、住処である”オールザット”へ無事、帰り着いたローウェン。
だが、待っていたのは、長による制裁だった。
「貴様……同盟も取れずに、どのツラ下げて帰って来た!」
長の怒号と共に、配下の男達がローウェンを囲った。
ローウェンは恐れ震えながら、男達を見上げる。
男の一人が、ローウェンを殴り倒した。
ひ弱な老人は、小枝のように吹き飛び、床に叩き付けられた。
伏したローウェンを三人の男達が囲い、棘の付いた鋭利な靴で、蹴り上げる。
何度も……何度も。
老人は、みるみるうちに全身、血塗れで、衣服もボロボロになっていく。
ローウェンは息も絶え絶えに、床へ両手をついて長に懇願した。
「お、長よ……。どうか、ワシと孫を、解放して欲しい。
命令のままに嘘をつき、”殺人鬼”と呼ばれる、あの御方を騙そうとしたが、通らなんだ。あの御方は心を詠む、聡明な方じゃ……」
「なにが聡明だ! ”殺人鬼”が聡明であって堪るか!」
ローウェンの言葉で、更に怒りを爆発させ、長自らが手を下した。
床に這うローウェンの背中を割るように、長は楔の付いた踵で、踏み抜く。
ローウェンは、言葉にならない悲鳴を上げた。
「解放だと? どこへ行くつもりだ? あの”殺人鬼”の所へか!?」
「あ……あの御方は、嘘をついたワシを許さぬじゃろう……。どこだかは判らぬが、ここでは孫のトビーは幸せになれない事だけは、確かなのじゃ……」
「言ってくれるぜ、このジジイ!」
長はローウェンを、蹴り上げた。
紙屑のように軽々しく、老人の身体は宙に舞い、何か判らぬ小さな破片を撒き散らしながら、再び床に接地する。
その衝撃で激痛が走り、ローウェンは動かなくなった。
「良いだろう。ジジイ、お前の望み通り、解放してやる」
長は、鬼畜な表情で、笑い……
指を鳴らして合図を送ると、配下の男の一人が、濃い色の液体が滴る小さな袋を、ローウェンに見せた。
「お前の大事なガキだ。一緒に解放してやるぜ?」
その袋が何なのか、ローウェンには判らなかった。
人が入れるような、大きさではない。
もっと、小さな……。
その袋から、絶望の色の液体が滴っている。
「受け取りな」
配下の男が、袋をローウェンに投げ付けた。
袋から、小さな塊がいくつか空中へ投げ出され……そのままローウェンの近くへと、転がって行った。
「……ッ!!」
あまりの現実に、声が出ない。
その様を見て、満足そうに長は嗤う。
「ガキも老人も、いらねぇんだよ」
長にとって、老人は足手まといの捨て駒でしかない。
戦力にならない、子供も同じだった。
泣きながら……。
小さな袋に、手を伸ばしたローウェンを、再び男達が囲う。
薄笑いを浮かべながら、男達は老人に手を伸ばした。
「ぐぎゃっ!」
男の一人から、血飛沫が上がった。
身体の大事な部分がなくなった男の胴体は、無機物のように、その形のまま床へ転がった。
ローウェンを囲っていた、残り二人の男が振り向くと、同時に――
何者かに首を掴まれ、恐ろしい握力で握り潰される。
悲鳴を上げる事も出来ずに、二人は命を断たれた。
……少し離れた位置にいた長は、驚愕の表情でそれを見ていた。
長身で、体格の良い……冷徹な瞳をした男。
その傍に、男と同じ服を着た、男性と女性。
そして……やはり同じ服を着た、幼い子供が、そこに居た。
やっと…やっとこの話、何とか形になりました。実は何週間もここで詰まっていたのです。
そして今日は珍しく、一挙二話公開!
>身体の大事な部分がなくなった
いや…その…股間じゃないですよ……?




