27 修行
私たちは陰ながら守ってくれる大勢の護衛のおかげで順調に旅を進め、目的地であるダムギュア王国へと辿り着いた。
ここダムギュア王国では、ユンカナンの国内のように良く見掛ける獣人の姿を見ることはなかった。
もしかしたら、どこかに住んでいたとしても、これでは日の当たる場所には出て来られないのかもしれない。
「……なんだか、嫌な感じね」
「それは、仕方ない。俺も上司からの命令でなければ、この国には来ていない」
人の多いダムギュア王国の王都。大通りを歩く人々から白い目で見られようが、デュークの態度は泰然として飄々としたものだ。
デュークが獣人であることは、ひと目見れば誰だってわかる。
彼の頭には獣耳が付いているし、背中に続く腰の位置でふさふさの黒い細長い尻尾も生えている。
フードを被ったとしてもすぐにバレるし無駄な抵抗だと言って、デュークは耳を隠そうともしなかった。
ただ、デュークは、この場所に居るだけだと言うのに……この良くわからない冷たい態度は、何なの。彼に家族でも殺されたと言うの。
私は思わず、周囲の人たちの向ける視線に眉を寄せた。
こちらをジロジロと不躾に見て、不快感のある視線を送って来る輩に一言言おうかと息を吸い込んだら、さっと伸びて来たデュークの大きな手に口元を押さえられた。
「ふはっ……あにしゅるの」
口を押さえられたままで、デュークを不満げに見上げれば彼は肩を竦めた。
「ごめん。これを先に言えば良かった。俺は別に気にしていない。なんとも思わない。こんなのどうでも良いし時間の無駄だから、早く行こう」
デュークは遠くに見えるダムギュア王城を指差して、さあ目的地行こうと言わんばかりに面白くない顔をした私の背中を押した。
彼は要請された仕事でダムギュアへと来ている訳だから、それを終えなければユンカナンに帰れない。さっさと済ませて帰りたい。
デュークの言わんとしていることは、私だって理解出来る。
彼の言いたいことはわかってはいるけど、私は自分の大好きな人があんな理不尽な目に遭っているのに、黙っていられるほどお利口でもない。
「……本当に?」
隣を歩きながら彼の本意なのかと疑わしい眼差しを向けた私に、デュークは苦笑した。
「本当。例えばの話。アリエルも、その辺の石ころが話すことが出来たとするじゃん? 石ころが自分に悪口を言っていても、特に気にならないだろ? あー、なんか言ってるな。くらい。それと一緒。俺は自分に不利益なことをした段階で、そいつはもう雑に扱って良い存在にしている。ああいった連中に、思い直してくれなんて何を言っても時間の無駄。無駄な時間は使いたくない。これが俺の気持ち」
デュークの淡々とした言葉を聞いて、私は一瞬息を止めた。
だって、悲しい結論に辿り着くまでに、彼がどれほど多くの言われたくないことを言われて来たんだろうと思ったからだ。
大きな苦悩を抱えて、それをそう思うことで乗り越えたかを思えば……どうしても辛い。
だって、私はデュークのことが好きだから。彼にもちょっと怖いと言われてしまうくらいに。
「デューク」
「……まあ。だから、アリエルがヘンドリック大臣から俺を守ってくれているってのは、もうわかったけど……あの人がああいう人だから、俺は正直に言うとあんまり、気にしてなかった。あの人は俺のことを庶民上がりで礼儀のないどうしようもない存在であると、何かを話す前から決めつけてかかっていた。そして、俺は彼のそんな考えを覆そうとも思わなかった。そう思いたければ、思えば良い。別に俺は困らないと」
「デューク……けど、そんなの悲しいわ。私はデュークが……そんな辛い思いをしていると辛いもの」
デュークが話している事は、効率の良い割り切った考えであると思う。
冷遇をされていも、彼が別段困ってもいないのなら、私が彼を守ろうとしてしたことは無駄だったのかもしれない。
けど。
「デュークが……本来の貴方の良さをわかって貰えないなんて、嫌だわ。あの人は血筋や家格なんかをやたらと尊ぶような、そういう人であるとは思うけど。私はデュークその人を、ちゃんと見て欲しいと思うもの」
「ははっ……アリエルは本当に真面目だなぁ。俺は、ああいう系統の同性に嫌われるのは、慣れてるから。そういうところも腹が立つと言われたら、まじどうしようもない。だって、好かれるのは無理。お手上げ」
デュークが降参を表すかのように、両手を胸の前で上げたので、私はむっと口を尖らせた。
「えっ。同性に嫌われるの? 何で?」
「その理由は、わからない? じゃあ、アリエルの思う、俺の良いところを上げてみてよ」
「うーん。いつでも、余裕があるところ? 優しくて性格も可愛くて……外見が素敵過ぎて、やる気なさそうなのに信じられないくらい強くて、怠惰なのに仕事はとても出来るところ?」
いくつか浮かんで来た私の思う良いところを述べると、デュークは吹き出すようにして笑った。
「そうそう。俺ってほら、素敵過ぎて。アリエルみたいな可愛い女の子にもモテるから。モテない男は、どうしても気に入らないんじゃない。ちなみに俺はそういう気持ち感じたことないから、あくまでそれは想像上の理由だけど」
ポカンとした私の顔を、デュークは面白がるようにして笑った。
「嫉妬? そんな……くだらない嫉妬なの? ヘンドリック大臣もデュークも……二人が城に居るのは、仕事なのに?」
好き同士で働いている訳でもない仕事場で、そんな嫉妬向けられれば、堪ったものではない。
「何事も、そういう綺麗事で済んだら良いけどねー。感情はなかなか割り切れないもんだ……人の心は、往々にして複雑だ。男の嫉妬は女より過激なんだ」
「嫉妬する方が悪いと思うわ。どうしてそれが部下を虐げることに繋がると言うの」
「してはいけないとわかっていても、我慢出来ずにやってしまう。ダムギュア王国の人たちだって、幼い頃から獣人は蔑むものだと刷り込むようにして教えられ、その上で俺を見てしまえば不快な気持ちにはなるだろう……その上で、アリエルは彼らを責めることが出来るか?」
「いいえ……私がもし、責めるべきだ思うならば、そういう考えを良しとしている教育をさせている人たちのことかしら。つまり、ダムギュア王国を支配する王族よ」
国を治めているのは、王族だ。絶大な権力を持ち、国民は誰もが従う。
王族が何のために居るのかと言うと、別に権力を自分勝手に振るい私利私欲のために贅沢な生活を国民にさせてもらうだけの存在ではない。すぐに革命が起きて首がすげ変わるだろう。
だから、彼らの存在意義は税を納めてくれる国民を、多くの危険から守りより良い方向へと導くためだ。
「そういうこと……あそこに居た何人かの国民に対してそれはいけないと抗議をしたところで、何も変わらない。もし、アリエルが獣人への偏見を根本的に止めさせたいと思うなら、それをよしとしているこの国の上層部と先に話をするべきだな。そういった意味では、俺はあそこに居た人を責めたくはない。彼らの常識では、獣人を見れば不快感を抱くのが当たり前のことだから。だから、俺は仕事で必要なければ、ここに訪れることはなかった。お互いに不快な思いはするだろう?」
「デュークって、顔も良いのに。その上で視野も広いの? 本当に、素敵過ぎるんだけど……」
「また俺のことを、好きになった? 別に良いよ。もうあの頃のように、アリエルを拒否したりはしない」
そう言ってデュークは見る間に色気のある目付きになったので、私は思わず顔を熱くして固まってしまった。
そして、彼に何もかも拒絶されていた、今ではなんだか懐かしいあの頃を思い出す。
何度も好きと言っても、絶対に受け入れられて貰えないという安心感に任せて、私は妙齢の男性に対し、何という大胆不敵なことを会うたびに繰り返していたのかも。
「拒否したりはしないって……しないって……何をする気なの?」
慌てて彼の横から少し離れてしまった私は、あの時とは真逆の反応、好意を返してくれるようになったデュークの答えに対し警戒心をあらわにした。
「何をして欲しいの? 昼間のこんな大通りで」
周囲をゆっくりと見渡したデュークは、呆れたようにしてそう言った。彼のそんな余裕たっぷりな態度に、私は意味もなくムッとしてしまった。
けど、こういった何事にも動じないようなところも私がデュークを大好きな要素であるので、真正面から言い返すのもおかしな話だ。
「……デュークって、どうしていつもそんなに余裕たっぷりなの?」
私が何とか搾り出した言葉に、彼は片眉をあげて答えた。
「何でだろ。自分が好きな子が、俺のことを心底好きだからじゃない? だって、必死になる要素も、焦る理由もない」
「じゃあ、私がもう好きじゃないって言ったら?」
「うーん。ちょっとそれは、無理がある」
「どうして?」
ちゃんと言葉にしているのにどういう理屈なのかと私が問えば、彼はにっこり笑って言った。
「アリエルの目が、俺のこと好きだって言ってる。空気も。ふわふわして砂糖菓子みたいな甘さ。これでもし、好きじゃないって言うなら、演技力が足りないな。女優として修行し直して来て」
「もうっ……! その通りだけど!」
確かに彼と両思いになって嬉しいけど、デュークにはこの先も色々な意味で絶対に勝てる気がしない。




