25 仕事
そして、私たち二人はお互いにいつも通りの日常へと戻ることになった。
この前に、離宮で私たちを襲った翼の生えた侵入者のことは、何故か城の中では話題にもなっていない。
デュークやエボニーやアイボリーに、それとなくあの侵入者二人の話を聞いてみても、上手く話を変えられてかわされたりするので、私以外には箝口令が敷かれていそう。
なぜ、私一人にはそれがされてないかと言うと、それを私に対し、黙っていろと命令出来る者が居ないからだろう。
もし、お父様やお兄様たちから隠すようにと指示すれば、私は何故隠すのかと彼らに尋ねるだろう。お兄様たちは何かと忙しいようで、最近話せていない。
つまり、そう言った状況には、したくはないってことかしら? 隠したい空気を察して、気を使って、何も言わずに黙っていて欲しいと言うこと?
私にはあの侵入者については知られたくないとわかりつつも、もし何かを隠されているのなら、知りたくはなってしまうのが人の心というのもので。
私がいつも通りにやって来た朝の執務室には、眠そうなデュークとそんな彼に次なる書類の決裁を急かすマティアス。
進まないデュークの仕事振りにイライラするマティアスの仏頂面を見るのは、とても、久しぶりのような気がする……気のせいなのかしら。
私たちの想いが通じた日から朝の恒例行事が変わったのは、デュークの執務室には私用の椅子を用意してくれて、以前のように特に帰れと言われることもない。
存分に彼を鑑賞することの出来る私は、侍女と一緒に優雅にお茶を飲んでいるってことだけ。
「ねえ。デューク。私、前々から思っていたことがあるんだけど……」
「はい。何すか?」
副団長のマティアスに渡された書類に目を通しているデュークは、眠そうな半目のままで私の方を見た。
「騎士団長って、一体何のお仕事をしているの? デュークって、他の騎士のように訓練には、参加しなくても良いの?」
書類にまみれるデュークの姿を見るたびに、私はいつもいつも彼が何をしているのか不思議だった。
デュークはとても強いからこそ、抜擢された特別な戦闘職にあるはずなのだ。
なのに、マティアスに怒られて書類を決裁している様子しか、数少ない特別な例外を除いて、私は見たことはない。
「アリエル姫。団長はしがない中間管理職なので、自分より上と下の折衝と遠征費用や備品などの書類も、一手に決裁されます。あと、団長は戦闘時は指揮官ですので実戦を訓練されるより、演習時に指揮を担当することが多いですね」
白猫獣人のマティアスは、難しい表情になったデュークの代わりに、私の疑問に対しサラッと答えた。
「まあ……けど、デュークは最強と呼ばれるほどにとても強いのに……それでは、彼の戦闘力は勿体無くはないかしら?」
むしろ、デュークさえ居れば、大軍を相手取ってない限りは作戦の指揮なんて要らないのでは? なんて、私は正直言えば思ってしまった。
「こう言った組織だと、上に行くほど泥臭いことをしなくて良くはなりますけど……俺も確かに、書類仕事は、退屈っすね……」
はあっと大きく息をつきだるそうに頬杖をついたデュークの頭を、マティアスは遠慮なしに手に持っていた書類で叩いた。
「あのですね。団長が若い騎士でありながら楽で俸給が良い仕事に就いているのは、陛下からのこの国に留まって欲しいという粋な計らいですよ……まあ、大切な姫まで花嫁に頂けると言うのであれば、団長はお望み通りに、ユンカナンの守護神になられるでしょうが」
「……なんだそれ。やめてくれよ。変な名前を付けるな」
とても嫌そうな顔を浮かべたデュークは、隣に立って、重要な書類を選り分けているマティアスに苦情を言った。
「別に、守護獣でもよろしいですよ……あ。ヘンドリック大臣。おはようございます」
いきなりマティアスが姿勢を正して敬礼し、扉へと向けて挨拶をしたので、私たちは彼と同じ方向に目を向けた。
「おはよう。姫も、ご機嫌麗しゅう……ナッシュ。仕事だ。ダムギュアから共同演習前に、お前にも来て貰って打ち合わせがしたいという要請が出ている」
「は? 俺っすか? あの国だと俺……じゃない方が、良くないですかね?」
ヘンドリック大臣からの仕事の内容を聞いたデュークは、彼にしては珍しいくらいに、わかりやすく顔を歪めていた。
私だってヘンドリック大臣の持って来た話を聞いて、変な話だとは思った。
だって、ダムギュア王国の一軍を初陣の新人騎士であったのに、一人で壊滅させてしまったのは、このデュークだったのだ。
ユンカナン王国から見れば、デュークは英雄だ。けれど、敗戦することとなったダムギュア王国では……それこそ、とても憎まれているのではないの?
「……あちらはお前を名指しだ。もし、嫌だと言うのなら、他の者に変更して貰えるように取り計らって貰えるように使者には伝えよう」
ヘンドリック大臣は、淡々と言葉を続けた。
これは前にあったようなヘンドリック大臣からの嫌がらせであるとは、断定出来ない。
今は友好関係にあるダムギュア王国とは、これから他国への同盟をしたアピールも兼ねた、共同戦闘訓練なども行なわれる予定がある。
だから、有名な騎士団長デュークをあちらがわざわざ指名したとしても、不思議ではないのかもしれない。
「あ。はい。わかりました……まぁ、仕事だというなら。行きますけど」
デュークは渋々ながらもそう了承したので、ヘンドリック大臣はあっさりと日時だけを告げて帰って行った。
彼が出て言ってパタンと音を立てて扉が閉まると、私は待ちかねたようにしてデュークに言った。
「デューク、私も行くわ!」
私の一緒に行く宣言を聞いて、デュークは心の中にある諦めの気持ちが湧き上がっているかのような大きなため息をついた。
「……陛下と王太子殿下が良いって言われるのであれば、それも良いんじゃないすかね……俺が何か言っても、姫は聞かないっすよね。大丈夫です。知っての通り、俺は無駄なことは一切したくない主義なんで」
怠惰なデュークは今ここで私を止めることで起こる二人のやり取りと、それを経て私たちが出す結論までの展開を読み、ここでは何もしないことに決めたらしい。
「まあっ……私。デュークに嫌そうな顔で断られるの、結構好きなのよ。なんだか寂しい」
ついこの間までの二人を思い出し、ふふっと微笑んだ私にデュークは複雑そうな表情を顔に浮かべた。
「マジっすか……流石の俺も、それにはドン引きました。姫って結構突拍子もないこと言うけど、嫌がるのを再現してくれって言うのは、変な趣味を疑われるんで、絶対止めてくださいよ……」




