第四十八話 繋がった糸
「……遅かったか」
ディランがイルゼ皇女の屋敷に到着した時、全てが終わっていた。
屋敷は無人で、裏庭にはバラバラにされた魔装騎士たちの遺体が残っていた。そして、巨大な爆発が起きたような破壊の跡。
「すまん、今はこれで我慢してくれ」
ディランは遺体に黙祷し、冥界の神に祈りを捧げた。……それ以上をしている余裕はない。
「ユーリアが間に合っているなら、皇女は無事だと思うが……何処にいった?」
ディランの頭に、ユーリアが負けたとか殺されたという可能性は全く浮かばない。どうやってその行方を探すか、それを考えながら再び馬を駆る。
衛兵司令部に到着したころにはすっかり日は暮れていた。
いつもなら夜間巡回の当番たちがいるだけだが、今日は殺気立った衛兵たちでごった返している。
魔層化への対処や情報収集でみな飛び回っているのだ。
「おっ、少尉!」
「ディランさん!」
「お疲れだ。もうひと踏ん張り頼む」
ディランの強さを知る一部の衛兵たちは、彼を見てほっとした声を出す。頼もしそうな目を向けられそれに応えながら、ディランは司令室へ入った。
司令室では、司令官と副司令が深刻な顔をしていた。さらに、もう一人珍しい男も一緒に顔を顰めている。
「ディランさん!」
「ゼーロンか! どうしてここに?」
派手なジャケットの厳つい男、冒険者ギルドマスターのゼーロンだった。冒険者たちが集めた情報も、ここで集約しているのだという。
「司令! 今度は商人区の肉屋で、豚の頭が人に噛み付いたそうです!」
「職人区の革職人通りで野良猫が大型化して五人けが人が!」
確かに、司令室にはひっきりなしに伝令が出入りし、帝都の異変についての情報を報告している。報告を聞く限り、魔層化の頻度は増え、被害も徐々に深刻化しているようだった。
「おお、ディラン君! 待っとったよぉ」
「ディーガナバル殿のご意見はどうだったかね?」
「は。それが……」
二人は明らかにほっとした顔だったが、ディランの報告を聞くと頭を抱えた。『詩人ムウの星』に関わる情報はともかく、重要参考人であるイルゼ皇女が行方不明になった話は衝撃だったようだ。ゼーロンも口元を歪める。
「ちょっとちょっとぉ、不味いよこれ」
「やはりこれは自然に起きているのではなく、何者かが背後にいる事件ですな」
「し、司令ぃ!」
そこへまた、別の伝令が飛び込んできた。
「ま、魔装騎士団がっ魔装騎士団の騎士どもがみんな行方不明です!」
魔層化への対策として、魔装騎士団とも連携しようとした衛兵隊では、騎士団本部へ何度も使者を送っていた。何度か門前払いされていた使者だが、さきほど最後の望みをかけて本部を覗いたところ、騎士たちが全員いなくなっていたという。
「し、使用人とかに聞いたら、第一大隊は騎士団長ともども『事件の犯人を捕らえる』つって、出撃していったとか。第二大隊の方は、いつのまにか居なくなってたって」
「一体どういうことなんだ……?」
この時点で、魔装騎士であるシュレイドがイルゼ皇女を襲ったことを衛兵たちは知らない。ともに、帝都を守るための組織である魔装騎士団がいなくなるとは、想像もしていなかった。
「……魔装騎士ほど目立つ連中なら、目撃者を探せば見つけられるかもしれません」
「そうだけど、今からじゃあねえ」
すでに夜だ。調査するにしても、結果が出るのは明日以降だろう。『詩人ムウの星』を探すのもそう簡単にいくか……。と、ディランは腕組みした。そこで、司令室の壁にかけられた帝都の全体図が目に入る。
かなり詳細な帝都の地図のあちこちに、小さい印が描き込まれていた。
「司令、これは?」
「ああ、それそれ!」
「俺が提案したんですよ」
司令は自慢そうにいった。魔層化に関係すると思われる事件の発生場所を、地図に記入しているのだという。冒険者が町での冒険をする時の定番である。
「なるほど。これを見ると……貴族地区の方が報告が多いようですね」
「うむ。もしかすると、このあたりに『詩人ムウの星』とやらがあるのかもしれない」
四人は地図を睨んだ。
印は確かに帝都の北西部、貴族地区に集中している。
「美術館、図書館、闘技場……目立つ施設がいくつもありますね」
「へぇ、頭空っぽかと思ったけど、冒険者や衛兵でも考えられるヤツがいるんだねぇ」
「誰だ!?」
突然、甘ったるい女の声が響いた。窓際に四人の視線が集まる。そこに居たのは、一人の美女。
「ディーナさん! ……いや、闇魔術師ディーガナバル殿」
「こ、このお姉さんが?」
艶やかな栗色の髪を複雑に結い上げ、露出度の高いローブをまとった年齢不詳の美女、最強の闇魔術師がそこにいた。
「ちょっと、ちんたらしてられる状況でもなくなってきたみたいなんでねえ。それに、本当の客は私じゃあないよ」
「ん?」
ディーナが数歩横に下がり、何もない空間に向けて恭しく頭を下げる。
その空間が陽炎のように揺らぎ、姿を現したのは。彫刻と宝石で飾られた玉座に、長い脚を組んで座る老人。
「こ、こ、こ、皇帝陛下ぁぁ!?」
「はははぁっ!」
ヴァリアール帝国皇帝、その人であった。
そこに現れた皇帝は実物ではなく、ディーナの魔術で映し出された幻像だという。それでも、皇帝の威厳は司令をはじめとする全員を打った。
全員、慌てて膝をつき頭を垂れる。
「火急の折りである。楽にしたまえ」
皇帝の幻像は鷹揚に言った。とはいえ、ハイそうですかと楽にできるものはいない。
「へ、陛下っ。こ、これは一体どのようなことで……」
冷や汗を垂れ流しながら司令官が聞く。
「状況は少しは把握している。まだ、『星』の行方は分からんのかな?」
「は、ははっ。申し訳ございませんっ」
「ふむ……」
皇帝は肘掛けにもたれ、顎を撫でながら少し考えた。
「明日の朝までに、『星』を破壊し事態を収束したまえ。そのためのあらゆる手段を行使する権限を、余の名において認めよう」
「ははっ! 承知いたしました!」
「もしも、明日の朝以降、被害が拡大するようならば……。帝都守護兵団を投入する。その際、衛兵隊は帝都市民を全て帝都外へ避難誘導せよ」
「そ、それはっ……いえ、ははっ!」
司令官や、他の者も青ざめた。帝都守護兵団は帝都近郊の要塞に駐屯する本物の『軍隊』である。それを帝都に突入させるとは。皇帝はこの事件を内乱に等しい緊急事態だと認識しているのだろう。
「ディラン、君には苦労かけるな」
「……もったいないお言葉です」
用件は済んだのか。皇帝はふと、片膝をつくディランに声をかけた。どことなく、温かみのある目を向ける。
「今度、君の娘を……」
「司令官っ! やったぜ!」
皇帝の言葉は、扉が勢い良く開き飛び込んできたゾマーの大声に遮られた。
「お、おいこらぁっ君ぃぃ!」
「ほら、こっちこいよ!」
「は、はい」
「良いのかなぁ」
飛び込んできたのは、ゾマー、ヴィダル、リューリンクの六〇一小隊の面々。そして、魔術師学院の制服姿の少年と少女……アイネとブルダンだった。
「ちょ! 控えなさい!」
「んなこと言ってる場合じゃねーんだよ。ほら、言えよ!」
窓際に幻像として座っている皇帝の姿が、乱入してきたゾマーたちの視界には入っていないようだった。
ゾマーに荒々しく背中を押され、ブルダンとアイネが進み出る。
「あっ。おじさん!」
「ディラン殿! ……ユ、ユーリア殿がっ! イルゼ殿下がっ!」
「イルゼ殿下がどうした?」
青筋たててゾマーたちを怒鳴りつけようとした司令も、さすがにその先が気になったようだ。
気が昂ぶって、支離滅裂になるアイネを抑えながらブルダンが端的に説明し……。
「と、いうわけで。『詩人ムウの星』を使った『十界の扉』を開く儀式が行われるのは、闘技場であります!」
「ほう」
ブルダンの報告に、一瞬落ちた沈黙。感心したような皇帝の呟きが響き、それでようやく衛兵や学生たちは皇帝に気付いた。
「ん? 何だこのジジイ」
「おしゃれなお爺ちゃんだね」




