第二十九話 冒険者二十人 VS 衛兵一人
ゾマーは苦戦していた。
さすがに連接棍棒や魔術は使っていない。パンチで顔面をぶん殴り、キックで股間を蹴り潰し、凄まじい戦いっぷりである。しかし、その動きはすでにだいぶ鈍くなっていた。一発殴る間に二発殴られ、蹴られている。
そして。
「うらああっ!」
「うおっ!?」
この喧嘩はずいぶん続いていたのだろう。ゾマーの三倍はありそうな巨漢が全身で体当たりしてくるのを、彼女は避けられなかった。
さっき吹き飛ばされてきた男のように跳ね飛ばされる。
「おっと」
「!?」
ディランは巨漢の動きから、ゾマーが飛んでくる方向を予想していた。そつなくゾマーの両肩を押さえ、受け止める。
「てめっ、おっさん!?」
「隊長だ。……何やってるんだ? 本当に……」
ディランは顔をしかめた。ゾマーの勝ち気な顔は痣だらけだった。全身にかなりの打撲を負っているのも感じられる。威勢は良いが、ここままでに相当に嬲られたに違いなかった。
「そのアマが、ヨギさんをしょっぴこうとするからだ!」
「だからヨギさんの居場所を知りたかったら、勝負しろっつったんだよ!」
もっとも過ぎるディランの疑問に答えたのは冒険者たちだった。意外と律儀だ。
「ヨギさんって誰だ?」
「こ、殺された魔術師と一緒にいた戦士だ。こいつら、かばってやがる……。ヨ、ヨギってヤローが、犯人だぜ!」
教えろ、教えないの押し問答の末、挑発されたゾマーが『勝負』に乗ってしまったのだろう。その光景が目に浮かぶようで、ディランは額を押さえた。
「あ、姐さんっ。まずいっすよ、冒険者ギルドと揉めちゃあ……」
「……」
ロビーに入ってきたリューリンクとヴィダルは、呆れと焦りの混じった顔だった。力関係でいえば、もちろん衛兵隊の方が上である。が、冒険者たちとの関係が悪化すると、治安維持や犯罪捜査に重大な支障がでかねない。他の衛兵から非難されたり、司令官の叱責――くらいで済まないかも知れなかった。
もっとも、揉めて困るのは本当なら冒険者ギルドも同じはずだが。
「ところで、先に手を出したのはどっちだ?」
ゾマーをちゃんと立たせてやってから、ディランは真面目な顔で聞いた。ゾマーと、冒険者たち双方にだ。
「……そ、そいつだよ! そのアマが俺の顔をぶん殴りやがったんだ!」
「う、うっせーな! 勝負するっつった後でだろうが! 先手必勝だ!」
すかさず叫んだ盗賊風の男。確かに顔面に見事な拳の形が刻まれている。
「なるほど。……この馬鹿もん!」
「いっでぇ!?」
ゴツン!
ディランは大きく頷いてから、ゾマーの頭に拳骨を落とした。いかにも痛そうな音が響き、いならぶ男たちもビクっとなる。
「な、なにしやがんだ!?」
「いやしくも皇帝陛下から職権を預かりながら、市民に暴力を振るうとは何事だ!」
「っっ!?」
ディランは腹に響く声でゾマーを叱りつける。それから、盗賊と冒険者たちに向けて深く頭を下げた。
「部下が申し訳ない。私は第六〇一小隊隊長のディラン・マイクラントだ。この責任は全て私にある。私を訴えたければ、遠慮なく判事に申し立ててくれ」
「ちょっ! おっさん何いってんだ! こいつはあたしのっ」
「お前も謝罪するんだよ!」
「ぐおっ」
文句をつけるゾマーの赤毛の頭を無理やりおさえつけ、下げさせるディラン。その様子を見ていた冒険者たちは、呆然としていた。まあ、こんな衛兵を見るのは初めてなので無理もない。
ただ、それ以外の理由でディランに注目する者も出始めていた。
「なあ、あの男どっかで見たことねーか?」
「うむ……昔……大戦のときとかに……」
冒険者の中でも年かさの者数名は、ざわめきはじめていた。しかし、彼らの記憶が掘り返されるまで、ディランは待たなかった。
「で、それはそれとして、だ」
足元がふらつくゾマーをヴィダルに預けると。
「女一人をよってたかって嬲りものにするとは、貴様ら恥ずかしくないのか!!」
「……ひっ!?」
ゾマーを怒鳴りつけた時よりもさらに大きく、腹に響く怒鳴り声。居並ぶ男たちは、またしてもビクついた。
だが、彼らもまた修羅場の一つや二つはくぐってきた冒険者だ。怒りと仲間への義理を思い出し、怒鳴り返す。
「う、うるせー! ヨギを犯人扱いしやがって!」
「税金で喰わせてもらってるくせに!」
「帰れ帰れ!」
「そのアマが相手してくれるってんなら、考えてやるぜぇ!」
「……こいつら」
へたり込んだゾマーに、冒険者たちは容赦なく嘲笑を浴びせた。よほどゾマーに手ひどくやられたのだろう。その下卑た声に怒ったのか、ヴィダルが珍しく感情を露わにして前に出た。
「まてまて。俺たちは喧嘩にきたんじゃない」
「……」
ヴィダルを押しとどめたディランは、逆に彼よりも一歩前に出た。ゆっくりと腰の長剣を鞘ごと外し、ヴィダルに預ける。
「……?」
「どういうつもりだ?」
ゾマーや、並の衛兵とは違うディランの雰囲気に冒険者たちは本能的に何かを感じたようだ。ごくり、と生唾を飲む。
「衛兵と冒険者で勝負だの喧嘩というのはいただけないな。だが、『親善試合』ならば問題なかろう。――そうだな?」
静かなくせに、ロビー内の誰の耳にも届くディランの声。だが、それが向けられたのはたった一人だった。奥のカウンター席に座る、派手なジャケットを着た壮年の男。
その横には長髪の痩せた男がいたが、ディランが意識したのはジャケットの男だ。
「ギ、ギルドマスター」
「ゼーロンさん」
ジャケットの男は、冒険者ギルドマスター、ゼーロン。彼はディランの顔を見て一瞬呆然とした。……が、すぐにニヤリと笑い、頷く。
「そうだな。試合なら全く問題ねえ。……お前ら、相手はあの八武王だぞ! 気張っていけ!」
「お、おおっ!」
「武王だかなんだか知らねぇがやってやるぁ!」
二十人以上の冒険者たちは、一斉にディランに向けて吠える。
「お前らはさがってろ」
部下に言い捨て、ディランは冒険者たちに手招きした。
「衛兵さんの強さ、見せてやろう」




