第309話 防衛成功
飛行船による襲撃は成功したようだ。
砦にかなりのダメージを与え、運も良かったが、敵兵糧を多く焼いたそうだ。
兵糧を避難させようとしたところを狙い撃ちにしたらしい。
これで敵はどう動いてくるか。様子を見て、飛行船をもう一度飛ばそうとしていたら、エレノア隊に動きがあったという報告があった。
報告ではエレノア隊はローファイル州がある方向に向けて、迅速に進軍していた。
撤退しているのではと思ったが、流石に早すぎると思ったので、まずは行動を見守っていた。
結果、エレノアはシークエン砦まで戻ってこず、一目散にローファイル州へと戻っていった。
流石に撤退したと見て間違いようだった。
「何で撤退したんだ。それなりに兵は残っていたのに。早くないか?」
「そうですね……兵糧の余りが、こちらが思っているより少なかったのだと思われます。また、結局のところ征伐軍は強い結束があるわけではないので、ローファイル州としてはこれ以上戦う必要はないと判断し、撤退を決めたのでしょう」
「なるほどな……」
ローファイルからすると、ミーシアンを落としてもそんなにメリットなさそうだからな。
位置的にかなり遠いから、統治するのは難しいだろうし。
征伐軍が組まれるということで、一応義理で参加したが、自軍をボロボロにしてまで戦うつもりはなかった、というところだろう。
エレノアはやたら私を連れ去りたがっていたので、もしかすると成功するまで諦めず戦うつもりじゃないのかと思ったが、そんなことはなかったようだ。
正直安心する。
あんな怖い女にずっと付け狙われていたのでは、心休まらないからな。
殺すつもりはなさそうだとか、そんあのは理由にはならない。
「パラダイル州の兵たちはどう動いているんだ?」
「シークエン砦を急いで修復している様子です。こちらに戦を仕掛けてくる様子ではないかと。パラダイル全体としても、シークエン砦に援軍は今のところは出していません。ルンド城を落とすことは諦めたのではないでしょうか?」
「多分そうかもな。兵糧もないし、ローファイルの兵もいなくなった。戦う理由は薄いだろう」
ということは戦は終わったということか。
決して油断は出来ないが、ルンド郡に敵が攻めてくることはなさそうだ。
今のところ私に降っている命令は、ルンド郡の防衛である。
まだパラダイル州の兵が一応いる以上、ここを離れるわけにはいかない。
しばらくはルンド城に待機することになった。
○
アルカンテス城。
「味方の勝利が続いております。今のところかなり優勢です」
「報告ご苦労」
クランは戦についての報告を、ロビンソンから聞いていた。
今回、クランは直接兵は指揮せず、家臣に任せていた。
クランの代わりに軍師のリーマスが、戦が行われている場所近くの城に行き、兵の指揮を行なっていた。
そこまで頼れる人材もいないので、危なくなったら自分で出陣するつもりではいたが、今はまだその時ではなかった。
「やはり飛行船の力は大きいか?」
「はい。かなりの効力を発揮しています。ただ、乗船している魔法兵の力量によって、火力が大きく左右されるので、今のところ思ったより敵兵を討ち取れていないという印象です。こちらの軍にシャーロット殿ほどの魔法兵はいませんからね」
「それはその通りか。しかし、それでも効力を発揮しているのはいるのだろう?」
「はい。やはり空からの攻撃ということで、敵兵は相当怯むみたいで、陣形を崩したりできます。相手の大型の魔法触媒機を簡単に破壊できたりもします。それでいて、相手は飛行船に攻撃ができないので、一方的に攻撃が出来ます。思った通りかなり強い兵器と言えるでしょう」
クランの質問にロビンソンが答えた。
「そうか。やはり飛行船は使えるということであるな。乗組員の練度をもっと上げれば、さらに強くなるだろうな」
「その通りでございます」
「ほかの戦場の様子はどうなっている」
クランは国王なので、全ての戦線を見なければならない。
「ルンド城の防衛ですが、一旦グラット砦を落とされたようですが、取り返せたようです。そして、ローファイルのエレノアが撤退したという報告が、ついさっき入って参りました」
「そうか。流石アルスである。見事防衛して見せたのだな」
「はい。パラダイルの兵がまだ残っているようですが、恐らく攻めてこない可能性が高いかと」
「そうかシューツ州に動きはあったか?」
「実はそれについても報告が入り、シューツ州がサイツに侵攻したようです。防衛しておりますが、すでに城を一つ落とされたと」
「なに? シューツも来たか……」
「ただ、攻め込んだということは、サイツを調略するということを諦めたということなので、それは悪くない話かと」
「そうか……調略でサイツが寝返るのが一番面倒だからな。しかし、ある程度侵攻されれば、サイツはすぐに降伏する可能性もある。それこそミーシアンとの戦の時のようにな。出来れば、援軍を送りたいが……」
「ルンド城の守りがどうなるか分かりませんが、一旦アルス殿の軍勢を援軍に行かせてみてはいかがでしょうか」
「なるほど。ありだな。どうせパラダイルは攻勢には出てこれまい」
ロビンソンの提案をクランは肯定した。
「それではアルス殿に指示を……」
ロビンソンがアルスに指示を出すことを決めた直後、
「緊急のご報告です!!」
兵が飛び込んできた。
「センプラーが陥落いたしました!!」
「な!?」
「馬鹿な!!」
ロビンソンは目を見開いて驚いた。
座っていたクランは、思わず立ち上がる。
「聞き間違えじゃないだろうな。センプラーが陥落したと聞こえたぞ」
「そ、そう報告いたしました。センプラーはキャンシープの水軍に強襲され、陥落してしまいました。センプラー水軍を率いた、シャーク・トエスティン殿は存命し、逃げ延びた模様です」
兵士はそう報告をした。
「キャンシープ ……シャークがやられたのか……」
「警戒して飛行船を配備していたはずですが、飛行船はどうなったのですか?」
ロビンソンが尋ねる。
「飛行船は奮戦しましたが、敵の操舵技術が高く当てにくく、さらに敵の船には魔法防壁が搭載されており、当たっても防がれてしまったようです。センプラーに敵が入り込んできたため、飛行船もセンプラーを魔法攻撃するわけにもいかず、このままいても危ないので、一旦他の城に避難させ、上手く避難できたようです」
「そうですか……船に搭載する程度の魔法防壁は、あまり強度が高くなく、強力な魔法兵の攻撃は防げないですが、今回飛行船に乗せていた魔法兵の力量が足りませんでしたね」
「むう……我が軍はアルス配下の魔法兵以外、優秀な魔法兵はおらんからな……」
クランとロビンソンは悔しがるような表情をする。
「しかし、センプラーが落とされるとは、流石に放ってはおけん。今すぐ取り返しに行かねばならん」
「そうですね……」
「アルスをセンプラー奪還に動いてもらおう。こちらからも兵を出したいが、アンセルからの攻撃に対処せねばならず、大勢の兵は動かせん」
「いいと思います。アルス殿の飛行船にはシャーロット殿とムーシャ殿が乗ります。魔法の威力は通常の魔法兵とは比べ物にならないくらい高く、船の魔法防壁では通用しないかと。船が入ってこれなくなれば、陸路が存在しないため、キャンシープの兵は補給を受けられず、撤退するしか道はなくなります」
「よし、今すぐ用意を」
「サイツ州の方には誰を援軍に行かせましょうか」
「そうか……サイツの援軍も必要か……」
「サイツの反乱を防ぐための兵を残してもらうようアルス殿には頼んでいたので、その兵を援軍用に動かしてもらうのはどうでしょうか?」
ロビンソンが提案した。
「少し危険ではないか? クアット郡の防備が薄くなってしまうぞ」
「サイツも攻め込まれている状況で、クアット郡を攻め込むほど、馬鹿ではないでしょう。援軍がきたらありがたいと思うはずです。シューツ侵攻がただのポーズで、兵を動かさせるための策という可能性もありますが」
「……リスクはあるが……それでもこの場は動いてもらうしかないか。クアット郡とプルレード郡には、ミレーユとトーマスを確か残していたんだったな。奴らなら万が一敵の策だったとしても、何とか回避してくれるだろう」
「そうですね。早速指示を出しましょう」
アルスに向かって伝令兵を走らせた。
「あとサイツへの援軍には、ほかにも誰か出した方がいいでしょうね。少々危険ですがアンセルの戦況が思ったより良いので、アルカンテスに残している兵をサイツに向かわせるべきでしょう」
「そうだな……将は誰にするか」
クランとロビンソンが考えていると、
「父上! 私が行きます!」
元気な声が響き渡った。
クランの長男である、レング・サレマキアが入ってきていた。
顔つきが以前に比べて、明らかに凛々しくなっている。
筋肉がつき体格も大きくなっていた。
「レ、レング。お主聞いておったのか」
「はい! アルカンテスから援軍を送りたいというところはバッチリ聞いてました! 私が適任でしょう!」
「むむ……」
クランは悩む。
「いいではありませんか。レング様は、ここ数年急成長を遂げられております。実践経験も積まねばならないお年ですし、援軍に行ってもらうべきかと」
「確かにな……」
数年前、アルスと帝都に行ったレングだったが、その時あまり役に立てなかったことを悔いて、真面目に勉強したり訓練したりするようになった。
アルスがものすごい勢いで出世する中で、彼も対抗心を燃やして努力を重ね成長していた。
「アルス・ローベントは確かに凄い! しかし、今回は私も戦功を上げるぞ!」
レングはやる気に満ち溢れていた。
(大丈夫なのか本当に……)
その様子を見てクランは不安になっていた。確かに心を入れ直し、努力をしていたのでそこは認めてはいるが、最近になって力がついてきたからか、ちょっと調子に乗り出して来ている感が否めなかった。
兵の率い方や、剣の腕、戦う際の度胸などは向上していたが、頭の良さはそこまで成長していなかった。
もちろん前よりかはマシではあるが、まだ抜けているところも多かった。
心配ではあるが、レングはこれからミーシアン国王になるため、成長しなければならない人物である。
「分かった。レング。お主に任せよう」
父としての心配はあるが腹をくくり、クランはそう命令した。
「任されました! 早速出陣の準備をして参ります!」
元気よくレングは言い残して、出陣の準備をするため立ち去った。
「大丈夫だろうか」
「クラン様の血を引いている方です。大丈夫でしょう」
我が子を心配するクランを、ロビンソンが慰めるように言った。




