第308話 戦略変更
カナレ城。
「何だか宣戦布告をされたような気になりましたわ」
リシアが不愉快そうな表情で、外を眺めながらそう呟いた。
「どういうこと?」
隣にいたアルスの妹、レンがリシアに尋ねた。
「……わたくしにも分かりませんが……何か女の勘がそう言っているような気がいたします」
「女の勘……」
レンは考え込むように下の床を見る。
「兄上は今戦に行ってるけど、もしかするとそこで何かあったのかも! ほ、ほかの女の人に誘惑されて」
「……そのようなことはありませんよ。アルスはわたくしを裏切るような方
ではありませんわ」
リシアは微笑みながらそう言った。
アルスのことを信頼しているような表情だった。
「そうだよね」
嬉しそうにレンは頷く。
「でも、もし兄上が浮気とかしちゃったら、姉上はどうするの?」
「それは……ふふふ。どうしましょうか」
「ひっ……」
微笑んでいるが、明らかにドス黒いオーラを出しているリシアを見て、レンは怯んだ。
「あ、兄上……浮気だけはしちゃだめだからね……」
レンは心配そうな表情で呟いた。
○
しばらく休んだため、私の体もある程度。
まだ少し痛いが、生活するのには支障はない。
ちょうど軍議が行われる日なので、何とか間に合った。
「敵はグラット砦を撤退し、シークエン砦に戻って行ったようです。グラット砦に再び攻めてくる様子は見えません。ただ、シークエン砦から、ローファイルの兵が引いて行ったという情報もないので、まだ攻め込んでくる可能性が高いです」
リーツが現状を報告した。
「もしかすると、敵軍は援軍を要請しているかもしれない。援軍が到着次第、侵攻してくるかもしれない。敵のタイミングで戦を起こさせてしまえば、前のようになるし、ここは攻めた方がいいんじゃないかな」
ロセルがそう意見を言った。
「正直、エレノアの奇襲能力は常識外れです。今回アルス様は何とか無事に救出できましたが、次もそうなるとは。アルス様を出陣させないにしても、結局奇襲にやられて総指揮を担当した人物が討ち取られれば負けです」
リーツがそう発言した。だいぶエレノアを恐れているようである。
「確かにそうだな……正面から戦ってはいけない相手だと私は思う」
「うーん、確かに……真っ向勝負は避けた方がいいかもね。しかし絡め手か……」
ロセルは顎に手を当てる。策を考えているようだ。
「飛行船を使うのが一番手っ取り早そうではあるね」
「思いついたのか?」
「うん。まあ、策ってほどでもないけど。飛行船だけを敵の砦に向かわせて、襲撃していく。それで敵の士気を削いでいくって感じかな。一回負けて撤退しているし、敵兵の士気は低いだろうから、定期的に空から攻撃されると、逃げ出す兵も多いはず」
「なるほど……しかし、飛行船で攻撃するだけだと、兵たちは一旦退避するだろうから、砦にダメージは与えられても、兵は倒せないし、そこまで士気も下がるか?」
ロセルの策に対して、リーツが意見をいう。
「砦を攻撃することで兵は倒せないかもしれないけど、砦のなかにある兵糧などの物資は破壊できるよ。パラダイル州はあまり食料の生産が多い方じゃないから、兵糧事情は常に厳しい状況なはず。兵糧切れとなると、戦は困難だ」
「そうだな……今回攻めてきている兵は、パラダイルとローファイルの兵だ。ローファイル州の兵は、他州での戦ということで、恐らく元々戦に乗り気ではないだろう。兵糧が少なくなってくると士気が大幅に下がって撤退を選択する可能性が高い」
「そうだね。飛行船の攻撃は防ぐのは難しいし。兵糧に関しては、輸送部隊を狙うというのもやったほうがいいだろうね」
兵糧を狙うというのは悪くはなさそうだ。
問題は、そこまで精密に魔法を使えるかというところではある。
回数を重ねるたびに、飛行船の練度も上がっているので、何とかなるといいが。
○
シークエン砦
「兵糧が心もとないですね」
砦にある食糧庫を見て、エレノアはそう言った。
「バンバ殿、パラダイル総督殿に兵糧輸送の願いはしているのでしょうか?」
「しておりますが、パラダイルは元々兵糧が薄く、その上に各地に兵を派遣しておりまして、かなり兵糧事情は厳しい状況でございましてな。本命はアルカンテスを落とす部隊ですので、ルンド郡方面にはそれほど兵糧は送れないとのことです」
「そうですか」
「ローファイルから兵糧は送れぬのですか?」
「ええ。ローファイルは不作でしてね」
エレノアはそう返答した。
バンバは不作ということに、微妙に疑問を持ったような表情をしたが、深く追求はしなかった。
「私の兵からは結構不満があがっておりまして、あまり長くは残留できないと思います」
「なるほど……となると仕掛けるなら、早く仕掛けないと負けということですな」
「ええ。都合よく雨が降ればいいのですがね。私の力で雨が降るタイミングは分かっても、雨を降らすことはできませんので」
「そうですよね」
バンバはどうすれば良いか悩んでいるような表情を浮かべた。
(まあ、別に今回の戦はあくまで征伐軍に参加するというポーズを見せるもので、勝たなければならないというわけではありません。頃合いを見て撤退しても良いのですが)
エレノアはあくまで冷静だった。
敗戦したということで悔しさは感じてはいたが、だからと言って無謀な侵攻を仕掛けるほど悔しさを感じているわけではなかった。
(ただ……アルス・ローベントはやはり早めに連れ去りたい。いつかはまた戦場で会えると思うのですが、それがいつか分かりませんし……)
アルスを惜しむ気持ちはそれなりに強かった。
(しばらく撤退せず、敵の動きを見てみた方がいいでしょうか? 隙を作るかもしれませんし……それとも密偵を雇って、城に侵入して連れ去ってきてもらいますか? そんな凄腕の密偵、その辺で見つかるわけないですし)
腕を組んでエレノアは悩む。
周りから見れば、兵糧問題を解決しようと知恵を捻り出しているように見えた。
(いっそ、自分一人で城に侵入してみるのは? 私の力があれば、成功確率は案外高いはずです……いや、待ってください。それは駄目。流石にリスクが高すぎます)
とんでもない作戦を考えていたが、流石にリスクが高すぎるとエレノアは諦めた。
(やはり今は戦況を見守るしか……)
そう考えていると、
「飛行船です! 飛行船が襲来しました!」
見張りの兵からの報告があった。
エレノアは急いで目を瞑り、周辺の状況を確認する。
(飛行船が二隻……進路から察するに目的地はこの砦ですね。ほかの兵は一緒に来てはいないようですね。砦を攻撃して兵を減らそうという作戦でしょうか)
飛行船の動きを見て、狙いを予想する。
「急いで兵を砦から遠ざけてください。狙いは砦でしょう」
「そうですが、兵が出てきた時を狙うかもしれませんよ」
「纏まって逃げなければ、犠牲も少ないでしょう」
「それはそうですが……そのまま帰ってこない兵も出てきそうな」
「そういうものは、どっちにしろいずれ逃げます」
バンバは砦から兵を逃すことに若干難色を示してたが、このまま兵がいる状態で砦を狙われるのも、まずいのは事実。
消極的だが賛成した。
「砦にある兵糧や魔力水はどうします?」
「……兵糧……魔力水……それは、放っておくと不味いですね。一旦避難さえねば」
「わかりました。指示いたします」
バンバはエレノアに従い、兵士たちに指示を出し始めた。
エレノアも一時砦から離脱。
離れた場所で飛行船の動きを、鷹目を使用し、観察していた。
一台の飛行船は砦に、そしてもう一台は兵糧や魔力水を避難させている部隊に向かっていた。
(不味いですね)
砦はともかく兵糧を焼かれると、今の状態だとかなり不味い。
しばらく魔法を打ち続け、魔力水が切れたためか去っていった。
「砦は半壊状態ですね……凄まじい魔法の威力です」
飛行船が去った後の砦の様子を見て、エレノアは呟いた。
飛行船が完全に去ったのを見て、砦に戻り被害の確認を行う。
「これは治すのにはだいぶ時間がかかりそうですね……」
砦の状態を見てはっきりと思った。
魔法を使えば、砦の修復は思ったより早く終わるのだが、エレノアの配下には優秀な魔法兵はいなかった。
「兵糧と資源の方はどのくらい被害が出ました?」
バンバに被害について尋ねる。
「兵糧と魔力水に関しては、輸送用の大型の馬車で運んだので、飛行船の的になりやすく、半分ぐらい焼かれてしまったようですな……」
バンバが気落ちした様子でそういった。
「半分ですか。なるほど」
大きな被害が出たにもかかわらず、エレノアは冷静な様子だった。
(これは撤退ですね。ローファイルに戻りましょう)
ここでエレノアは、自軍の撤退を決定した。




