第306話 強襲
進軍は一旦中止したが、結局エレノアの軍が見つからず、このままとどまり続けるのもまずいと判断し、進軍を再開した。
エレノアは一旦砦に帰っているかもしれない。
撤退している敵の部隊は、飛行船にだいぶやられたようだが、やはり野戦の飛行船は精度がいまいちで、逃げている敵に対しては思ったほど戦果は挙げられなかった。
撤退していく兵たちはなるべく砦には返したくない。
砦に戻れば、態勢を整えてくるだろう。
今のうちに敵兵を討ち取れば、敵軍は再起不能になり、撤退を余儀なくされるはずだ。
ただ全軍での追撃は流石に危ない。エレノアが砦に帰還せず、奇襲を狙っている可能性もある。
そのため、ブラッハム隊、フジミヤ隊など、兵の質が高く、機動力がある部隊に任せることにした。
飛行船は、魔力水が切れるまで攻撃魔法を撃ったようで、一旦帰還している。
飛行船着陸の安全を確保するため、私のそばにいたファムを一旦ルンド城へと戻した。
今、ルンド城には人が少なくなっている。
エレノアが飛行船の方を狙っていると面倒なことになる。
ファムに任せれば、安全に着陸できるだろう。
私たちはグラット砦の奪還を目指し、慎重に進軍した。
それは夜の日だった。
行軍は心身ともに疲れる。たまには休まないとやっていけない。
休もうと思い横になると、
「敵襲です! 敵襲です!」
大声で叫ぶ兵の声が耳に入り、飛び起きた。
「何!?」
「ちょうど兵が薄くなっている場所から、敵が襲撃してまいりました! 本陣を目指して一直線で突撃してきている模様です!」
「な、なに!?」
流石に動揺する。
奇襲を予想していなかったわけではない。
ただ、兵の薄いところをピンポイントで見抜き、向かってくるとは。
「急いで迎撃して! それから、本陣付近の兵は守りを固めるように! 伝達して!」
ロセルが至急指示を飛ばす。
指示に従い周囲の兵が動き出した。
音魔法で爆音を鳴らし、周囲に異常事態を知らせる。
「接近される恐れがあるから、一旦逃げた方がいいかも。ルンド城じゃなく、リーツ先生の隊があるところまで逃げよう」
「しかし、そうすると本陣の兵はどうなる?」
「本陣の兵はアルスを逃亡させるために、何とか敵兵を止めてもらう! とにかくアルスが討ち取られるのが一番まずい!」
「そ、そうか」
護衛の兵を数十名連れて、馬に乗りロセルと私は逃亡する。
ファムを連れていれば、もっと楽に逃げられただろうが、飛行船の護衛に行かせたためそれは無理だった。
とにかく急いで逃げる。
馬の扱いにもっと慣れていれば、スピードがもっと出せたのだが、あまり慣れていないので、スピードが出せない。
馬の扱いが微妙なのは、ロセルも同じだった。
それでも何とか走り続ける。
しかし、
「アルス・ローベント! 見つけましたよ!」
後ろから女の大声が聞こえてきた。
振り返ると、敵兵が3騎。
大男が乗っている、巨大な馬と、小柄な男が乗っている、細身の馬。
そして、赤髪の女が一人。
まさか、あれがエレノアか?
なぜだ。私だけが逃げたのを察して追いかけてきたのか?
私が本陣にいないのが分かるにしても、こんなすぐに分かるのは理解不能だ。
まるで私の動きを予知しているようである。
考えても仕方ない。逃げなければいけないが、騎兵のスピードが早すぎる。
このままだとあっさりと追いつかれる。
「ここは我々に任せてください!」
護衛の兵が進路を塞ぐようにして前に出た。
私の身辺を守る護衛兵である。
それなりに武勇も高く、腕の立つものたちだ。
連れてきた数は十人。相手は三人。
強そうではあるが、流石に勝てるはずだ。
「ここは我らに任せてください!」
「はい! 死なないでくださいね」
そんな叫び声が聞こえてきた。
エレノアだけで私たちを追ってくる気か?
後ろをチラリと見ると、エレノアが一人だけ抜け出してきていた。
ほかの護衛は、残り二人を止めるため足止めを食らっている状況である。
「行かせるか!!」
護衛の一人がエレノアが抜け出したことに気づき、後を追った。
後ろから近づき斬りかかる。
エレノアはそれをひらりとかわし、剣で首をひとつき。
鮮血が噴き出した。
「なっ!?」
後ろに目でもあるかのごとき芸当だった。
もしかして女性なので、私でも一対一で勝てるかもしれないと思っていたが、とんだ馬鹿な勘違いだった。
エレノアは、戦術的な面だけじゃなく、武勇も優れているらしい。
必死に逃げるが相手の馬の方が数倍はやい。
追いつかれてしまう。
「はっ!」
エレノアは私の乗っている馬の尻に斬りかかる。
「ひひーん!!」
馬が痛みで暴れた。私は地面に叩き落とされてしまう。
「っだ!!」
背中から叩き落とされて、一瞬息が止まる。
痛みが体中に走る。
幸い、草の上に落ちたみたいだったので、大怪我は負わなかったが、痛みですぐには立ち上がれない。
「アルス!」
ロセルの声が聞こえる。
何とか体を起こす。
すると、馬から降りたエレノアが、こちらに向かって剣を構え走ってきていた。
ま、まずい!
何とか立ち上がり、私も剣を抜く。
勝てる気がしないが、流石に無抵抗に殺される気はない。
「さて、首を貰いにきま……」
エレノアはなぜか私の顔を見て、数秒固まった。
「……殺すのはなしにしましょう」
「は?」
「あなたを我が領地に連れていきます」
「……え?」
いきなり何を言っているんだと思った。
エレノアは剣を振る。
私の腕を狙って峰打ちをしてきた。
「った!」
腕を斬り飛ばされることはなかったが、痛みで剣を握れず落としてしまう。
「大人しく着いてくれば、これ以上痛い目には合わせませんよ」
「何を言う。そう言われて着いていくわけが……」
「アルス! 大丈夫!?」
ロセルが走ってきた。
「待て! ロセル! 来るな!」
私は指示をしたが、ロセルはこちらに向かってくる。
手には短剣が握られていた。
その手は震えている。
「なるほど、それなりに大事な家臣のようですね」
エレノアはロセルに近づく。
ロセルは無茶苦茶に剣を振り回すが、あっさりと腕を取られる。
「着いてこなければ彼を殺しますよ? それでどうですか?」
「な……」
取引を持ちかけられる。
なぜに私を殺すことから、連れ去ることに考えを変えたか分からないが、連れ去られるのも、もちろん困る。
しかし、ロセルをこのまま見殺しにするわけには行かない。
「そ、そんな条件飲む必要ないよ。アルス。俺の代わりはアルスの力があれば見つけられるだろうけど、アルスの代わりは何処にもいない。逃げるんだ」
「ば、馬鹿なことを言うな。ロセルの代わりも何処にもいるものか」
「そうですね。馬鹿な提案です。あなたが逃げれば、私は彼を殺し、その後、あなたをボコボコにして連れ去るだけです。抵抗されると運ぶのが面倒だし、極力暴力を加えたくないのでこういう提案をしているだけです」
エレノアは冷静な口調でそう言った。
どうしても私を連れ去りたい気だな。
暴力を加えたくないというのは理由が分からない。
もしかすると、私の力を事前に知ってて、協力してもらいたいからそう言っているのか?
それなら最初に殺そうとしていたのは何故だ。
こうなると、従った方がいいかもしれないな。
死んだらそこで終わりだが、生きてさえいれば、またカナレに帰れるかもしれない。
シャドーもいるので、リーツが上手く指示を出して、私の奪還作戦を行なってくれるはずだ。
「分かった着いていく」
そう言った。
「最初からそう言えば良いんですよ」
エレノアはロセルを解放した。
殺しはしないようだ。やはり私に悪感情をなるべく持たれないようにしているのか?
エレノアをよく見てみる。
物凄く整った顔である。
美少女であるが、リシアを嫁にしているので彼女の顔はどうでもよかった。
もし、色気を使って協力させようとしてきても、拒否できる自信はあった。
ついでに鑑定スキルも使ってみる。
この女がどれだけ凄まじいステータスを持っているか知りたくなった。
鑑定不可
と短く表示された。
「は?」
驚いて声を漏らした。
今までこんなことは一度もなかった。
鑑定できない? なぜだ?
人間は今のところ、必ず鑑定できたはずだ。
ステータスが高すぎると測定できないとか、そんなスカ○ターみたいな特徴があったのか?
本当にそうならとんでもないぞこの女。
「何ですか? 私の顔に何かついていますか?」
「いや……」
首を横に振って誤魔化す。
「それでは行きましょうか」
「ああ」
私は頷いた。
エレノアに近づくと、その時、エレノアの目が大きく見開かれた。
先ほどまで赤かった目が、ちょっとだけ青くなった気がする。
見間違いか?
その瞬間、エレノアは全力で走り出して、馬に乗った。
どう言うことだ?
逃げる気か?
「アルス・ローベント。また会いましょう!!」
そう叫んでエレノアは去っていった。
「アルス様!!」
その数秒後、リーツが騎馬兵たちを引き連れて、私の元に来た。
「リーツ!」
「アルス様! 大丈夫ですか!?」
「ああ、な、何とか?」
危機一髪ではあった。というかエレノアが私を殺す気なら、普通に殺されていた。
やばいとしか言いようがなかった。
しかし、リーツの到着を察してエレノアは逃げたのか。
リーツが引き連れてきた騎馬兵は百人はいる。どれもリーツの動きについてこれるくらいなので、精鋭だ。
流石にこの兵たちを相手取ったら、エレノアも危ないだろう。
「一旦僕の陣まで来てください! 急いで軍議をしましょう!」
リーツがそう言った。
私はリーツたちと一緒に、リーツ隊の陣へと向かった。




