第305話 眼の力
「餌に食いついてはくれませんね。まあ、いいでしょう」
目をつぶっていたエレノアは、目を開けて呟いた。
エレノアは全500ほどの少数の精鋭兵を引き連れて、岩陰に待機していた。
「お嬢、いつでも出陣の準備は出来ています」
「命令されたらすぐ動けますぜ!」
彼女の近くにいた二人の兵士がそう言った。
一人は身長が二メートルありそうな大男だった。ただ背が高いだけでなく、鍛え上げられていた。身長と相まって、人間離れした体格である。
彼はボット・グリードル。見た目の通り剛力が武器の兵士で、エレノアの配下の兵士の中では、トップクラスの実力を持った男である。
もう一人はツール・ヘンドルック。
彼はボットとは打って変わって、身長1.5メートルほどの小柄な男である。
背は小柄ではあるが、体は鍛え抜かれており、小さいという印象はそれほど受けない。
馬に乗った際の機動力の高さが持ち味で、騎馬兵としてはエレノア配下の中では最強だった。
現在連れてきている五百の兵は、二人以外もエレノアの厳しい訓練を耐え抜いた、精鋭の集まりであった。
「待ちなさい。まだ出陣の時ではありません」
エレノアは再び目をつぶる。
(鷹目!)
目をつぶり、少し集中する。
すると、脳裏に地図が浮かんできた。
現在エレノアがいる位置付近の地図である。
彼女の目にはいくつかの不思議な力が備わっており、これはその一つ鷹目である。
周辺の地形が見えるようになる力である。
地形だけでなく、兵がどこにいて、どのように動いているかがリアルタイムに理解できる。
さらに敵のどこを攻めればいいのかが、地図上で光ってわかりやすく示される。
(後方の部隊が光っているな……恐らくここにアルス・ローベントがいる)
エレノアはそう直感で思った。
この能力がある限り、エレノアが奇襲を受けたりすることはない。
また敵兵の動きがわかりやすいので、こちらの奇襲も決まりやすい。
うまく動きを見極めて、奇襲したい場所の守りが薄くなったタイミングで、奇襲を行えば高確率で成功する。
敵の動きが手に取るように分かるので、よほど戦力差がない限り負けることはなかった。
(やはり釣られてくれませんね……敵軍が考えなしなら、うまく陽動できて、かなり手薄になるのですが、中々うまくいきませんね。ただ、飛行船は逃げている兵の方を追いかけているみたいなので、それは良いですね)
鷹目で戦況をエレノアは見守る。
撤退する部隊の方に敵は一切釣られず、警戒をしている。飛行船の場所も彼女の能力で分かった。本隊の方を追いかけて、追い討ちをかけているようである。
敵が斥候を出して自分のいる位置を探ってきているのも分かった。彼女の能力は、たとえ一人だとしても、斥候が何処にいるかまで把握できていた。
今のところ場所は遠い。
もし見つかりそうになっても、斥候の居場所が分かっているので、すぐに殺せば情報は伝わらない。
エレノアがわざわざ兵を分けたのは理由がある。
奇襲は兵数が少ない方が成功しやすい。飛行船に本隊を攻撃させて精鋭部隊の方から目を逸らす。飛行船に狙われると、流石に回避しきれず、自分が死ぬ可能性すらあった。
敵軍が追撃を仕掛けてきて、奇襲への警戒が緩くなるかもしれない、ということもエレノアは期待はしていたが、そこは期待通りにはいかなかったようだ。
(まあ、問題ないでしょう。待っていれば攻め時は来ます。どんな軍隊であれ、ちょっとした隙も作らないというのは不可能ですからね)
経験則からエレノアはそう判断した。
それからしばらく待機を続ける。
その間、エレノアは目をつぶり続け、戦況を確認していた。
エレノアの配下たちは、その様子を黙って見守る。
何度も一緒に戦ってきた兵士たちにとって、エレノアの様子は見慣れたものだった。
撤退していた兵たちは、徐々に城に近づいてくる。
流石に敵軍も砦まで大勢の兵を逃すのはどうかと思っているようで、追撃を始めた。
警戒しながらだが、それでもアルスのいるであろう本陣の警戒が緩くなってきた。
(!!)
エレノアの視界が赤みがかる。
エレノアのもう一つの能力で、一瞬視界が赤みがかったり、青みがかったりする。
赤みがかると、今が攻め時の合図である。
青みがかる時は逆に撤退の合図となる。
これは一対一の戦いでも、敵に隙があり攻撃を当てるチャンスの時は、視界が赤くなり、逆に敵の攻撃が来そうで、避けた方がいい場合は青くなる。
死角からの攻撃にも反応するため、エレノアにはそう簡単に攻撃を当てることが出来ない。
今回は視界が赤みがかったということで、完全に攻めの合図である。
「出陣します!」
一言そう言った後、エレノアは馬に乗り一気に駆け出した。
それを見た騎馬兵たちが、瞬時に反応し後に続く。
エレノアが率いる精鋭部隊は、奇襲を成功させるために特化した部隊でもあった。
全員騎馬の扱いが非常に上手い。
馬の方も選び抜かれており、人間の指示によく従い、怯えることもあまりせず、坂道や悪路でも素早く駆けていける、優秀な馬たちで構成されている。
元々ローファイル州は、馬の扱いに長けたものが多く、さらに馬の育成方面でも進んでいた。
優秀な騎馬隊から、さらに選び抜かれたものだけがなれるのが、エレノア直属の部隊であった。
最初の出撃の命を出して以降、エレノアは一言も声を発さない。
そんなエレノアに、黙々と兵たちはひたすらついていった。
(目的地は敵本陣。狙いはアルス・ローベント)
鷹目を使いながら、エレノアは目的に一直線で向かう。
彼女は目をつぶりながらでも、馬に乗ることが出来ていた。
能力で自分の位置がわかるにしても、簡単にできる芸当ではない。ローファイル総督家に生まれた者は、男女問わず幼いころから乗馬を徹底的に叩き込まれる。
英才教育を受けたため、乗馬については高い実力を持っていた。
(さて、アルス・ローベント。その首もらいますよ)
目をつぶりながらにやりと笑みを浮かべ、エレノアは馬を走らせ続けた。




