第301話 迎撃準備
パラダイル州、シークエン郡、シークエン砦。
ミーシアンとの国境にあるシークエン郡の砦で、ミーシアン征伐のための軍議が行われていた。
「ミーシアン側は、どんな将が参戦するのですか?」
エレノアがそう尋ねた。彼女はパラダイル州からミーシアンに攻め込む部隊の、総大将だった。
パラダイル側からは、ローファイル、パラダイルの二州の兵がミーシアンに攻めこむ。
パラダイル側の指揮官はバンバだが、彼は、総指揮はエレノアに任せると最初にはっきりと決めたので、パラダイルの兵もエレノアの指示に従って動くことになっていた。
「斥候の話によりますと、防衛部隊がルンド城へと入ったようです。一番名声が高いのは、間違いなくローベント家の面々でしょうな」
バンバがエレノアにそう説明をした。
「ローベント家?」
「ミーシアンで最近成り上がってきた貴族です。当主はアルス・ローベント。まだ15くらいの年齢だが、人を見抜く不思議な力を持っているともっぱらの噂で、家臣たちに優秀な人材が揃っております。我輩も一度会ったことがありますが、見事に我が才覚を見抜かれました」
「ほう。人を見抜くと。面白そうですね。家臣たちにはどんな人物がいるのでしょうか?」
「マルカ人の智勇兼備の名将、リーツ・ミューセント。ミーシアン最強の魔法兵、爆炎姫、シャーロット・レイス。軍師のロセル・キーシャ。ミレーユ・グラジオン、トーマス・グラジオンの名将姉弟……ほかにも異国から来た人材を雇ったり、魔法兵にも凄い逸材がいたりと、列挙したらきりがありませんな」
「そんなにいるのですか。面白そうですね」
エレノアはニヤリと笑みを浮かべた。
「ただ、いかにローベント家と言えど、エレノア殿の名声に敵うものはおりませんな」
「名声などどうでも良いものです。戦は強きが勝ち、弱きが負ける。それだけです。そして私が指揮した軍は、何よりも強く負けることはありません」
自信満々な態度でエレノアは言い放った。
(アルス・ローベントですか。人を見抜く能力の持ち主。興味深いですね。楽しい戦になりそうです)
楽しそうにエレノアは笑った。
〇
私はルンド城に到着する。
今回付いてきたのは、リーツ、ロセル、シャーロット、シャドーのファムはもちろん、ブラッハム隊、ムーシャ、フジミヤ三兄弟も参加している。
ほかの者たちは、クアット郡の防備を固めるため、クアットで待機している。
到着して早々、軍議室へと向かった。
まだ敵は攻め込んでは来てないが、戦の時は近い。
一刻も早く、軍議をしてどう対処をすべきか話し合うべきだった。
軍議を早速行ったが、私が議長のような立場になっていた。
その場には、ほかの貴族たちもいたが、あくまで議長は私だった。
今の私はミーシアンの中でも、最上位クラスの領地を保有している貴族である。
元々貴族は階級分けされてて、高い方が格が上という感じだったようだが、もはや形骸化しており、結局より実力の高い貴族が格も上になる。
格上の貴族が議長になるのは、当たり前の話ではあった。
今後はクランのいない場所では、このように議長みたいなことを務める機会も増えていくだろうな。
「斥候からの報告を発表いたします」
先にルンド城に入城していた貴族がそう言った。敵が集結しているシークエン砦に斥候を派遣したようだ。
「ローファイル州からの兵、約一万がパラダイル州の兵と合流し、全部で二万ほどの軍勢になっている模様です」
「二万か……思ったより少ないな」
「征伐軍の主力は、アンセル地方に集まっているようです」
アンセルからアルカンテスを陥とすつもりだな。
アルカンテスはミーシアンの首都だ。
陥落させられたら、一気に窮地に陥る。
クランの言い付けどおり、サイツを警戒するための兵を残してきたが、それでも一万は連れてきた。
ほかの貴族も合わせて一万五千人ほど兵がいる。
ルンド城は度々陥とされたので、その度により強くするための改修をおこなっている。
その上、こちらには飛行船がある。
兵の数的には十分勝てそうだ。
「兵数的には有利ですが、今回敵軍の総指揮を担当しているのが、ローファイル州の戦女神、エレノア・ブレインドです。百戦百勝で戦の天才と呼ばれる女です」
「戦女神……百戦百勝」
そんなバカ強い奴がいるのか。
いくら兵数で勝っているとは言え、ちょっと怖いな。
私と同じく、貴族たちも不安を感じているようで、ざわざわとし始める。
「戦女神……」「噂では2mを超える、女傑だとか……」「俺はめっちゃ美少女って聞いたぞ」「一回も負けてない……本当なのか?」「本当なら不味いのでは?」
不安そうだな……
このままだと怖気づいてしまって、勝てる戦も負けてしまう。
案外、相手がビビるのを期待して、そう言う噂を流しているのかもしれない。
「アルス様……ここはアルス様のお声で皆様を鎮めた方がよろしいかと」
リーツが後ろから小声でアドバイスをしてきた。
「わ、分かった」
あまり慣れてはいないが、仕方ない。
私が議長だし、何とかしなくては。
「静まれ!」
大声でそう言った。
「数で勝っていて負ける道理はない。噂に踊らされるな」
一言そう言った。
「た、確かにそうですね。アルス殿は、寡兵で大軍を打ち破られた経験もある」
「そ、そうだ。戦女神だか何だか知らないが、アルス・ローベント殿が指揮をする限り負けるはずはない!!」
勝手に盛り上がって、貴族たちは号令を上げ始めた。
私の指揮というより、家臣たちの力ではあるのだが……他の貴族には、私の功績として伝わってしまっているのだろう。
「アルス様の名声も、だいぶ高まってまいりましたね。一声で皆を納得させるとは。僕からすると、もっと高くないとおかしいですけどね」
その様子を見て、リーツは何だか嬉しそうだった。
それから軍議は進んでいく。
基本は籠城で守るが、相手には新兵器があって、それを使われると城壁を破壊され、籠城戦の強みが活かしづらい状況になるようだ。
話を聞く限りだと、手榴弾のような魔道具らしい。
前のルンド城での戦の時に、敵は使っていたようでかなり苦戦したようだ。
飛行船をうまく使って、手榴弾もどきを持っている部隊を減らさなければならない。
不安要素も多い戦ではあるが、城攻めは攻める方が不利な上、こちらには飛行船もある。
敗北する確率は低いはずだ。
「敵が攻めてくる前に、迎撃態勢を整えるぞ。戦の準備を1秒でも早く始めるのだ」
私の号令に貴族たちが歓声を上げた。




