第41話『最高のポジション』
ちょうど良く到着したシャトルバスに乗り込み、揺られること十分程度。バスから降りて少し歩いた先の入場ゲートを通り過ぎたところで、雄一は「おー」と感嘆の声を漏らした。隣の澄乃も声こそ上げないが、目の前に広がる光景に圧倒されたかのように口を半開きにしている。
二人を出迎えたのは巨大な噴水。精緻な彫刻が施された一品で、噴き上がる多量の水が日光を浴びて空中に虹を描いている。ミストと化した水が漂ってくるようで、近くにいるだけで涼しい気分が味わえた。夏の行楽地としては最高のロケーションと言えるだろう。
雄一はペアチケットの引き換えついでに貰ったパンフレットを開くと、澄乃にも見えるように大きく広げる。
このテーマパークのモチーフは『古代に栄えた巨大水上都市』。立地としては海に面した地域に建てられているだけなので、厳密には水上というわけではないが、パークの各所に引かれた河川が上手く雰囲気を保っている。
全体は六つのブロックで分けられており、一番巨大な中央ブロックを心臓部にして、その周囲を残りのブロックが取り囲んでいる。ブロックの間は河川で区切られており、移動は架けられた橋を介して行うようだ。
園内の造りをざっと把握したところで、雄一は改めて目の前の広大な風景に目を眇める。
「こうも広いと、どこから行けばいいのか見当付かないなぁ」
リニューアルしたというのは澄乃から聞いていたが、それにしたってかなり大規模なようだ。随分と前に一度遊びに来た時の記憶とはかなりの齟齬がある。
隣の澄乃も似たような感想を抱いたようで、「そうだねぇ」と苦笑していた。
「とてもじゃないけど、一日で回り切れる広さじゃないもんね。でも大丈夫、効率の良い回り方は色々と調べてきましたから」
自信あり気に「ふんす」と胸を張った澄乃はスマホを取り出すと、二、三度タップした後で雄一の方に画面を傾けてきた。
何かのアプリのロード画面が表示されている。
「何だこれ?」
「このテーマ―パークの専用アプリ。アトラクションの待ち時間とかがリアルタイムで分かるんだって」
「へぇ、そりゃまた便利な」
「とりあえず目玉アトラクションは一通り回りたいから、今だと……――奥の方にあるジェットコースターが割と空いてるかな。英河くん、絶叫系は大丈夫?」
「むしろ大好物。中学の頃、友達と一緒に一日中乗り倒したことがあるぐらいだ。逆に白取は大丈夫なのか?」
「ふふっ、実は私も大好物。じゃあ、まずはそこに行こっか」
ジェットコースターのある先を元気に指差す澄乃に続いて、雄一も歩き出す。本人の発言通り絶叫系が好きなのは確かなようで、澄乃は期待に胸を膨らませて満面の笑顔を浮かべていた。
(やっぱり可愛いな……)
ジェットコースターまでの道中、気付けば雄一の意識は澄乃の笑顔に向けられていた。
きょろきょろと周囲の景色に目を走らせる澄乃。河川を流れるアトラクションの船や子供相手に風船を配っているマスコットキャラ、イタリアンテイストで建造されたショップ等々、様々なものに興味を持っては「綺麗だねー」と感想を口にする。
それに相槌を打ちつつ、雄一はひっそりと苦笑を浮かべた。
視線が定まらないのは少し危なっかしいと思うけれど、こうも心から楽しんでいる姿を見せられては口を挟む気になれない。他人とぶつかりそうになった時はそれとなく自分がフォローしてやればいいだろう。
他人と言えば……すれ違う度に振り返る人の多いこと多いこと。例外無くその視線は澄乃に注がれていて、ついでに隣の雄一に対しても羨ましいやら妬ましいやらといった視線が送られてくる。
送りたくなる気持ちは十分理解できるし、今の自分が男にとってかなりの幸福を味わっていることも承知しているが、だからと言って誰かに譲る気は無い。澄乃の笑顔を隣で楽しめるという最高のポジションは、今日ばかりは一人占めだ。
なんだか随分と独占欲の強い考えを抱いていることに気付いた雄一は、今度は自分に対して苦笑した。
そうこうしている内にお目当てのジェットコースターの前に辿り着く。
長大なレールは天高く伸びていて、コースの一部は水面ギリギリを駆け抜ける造りのようだ。猛スピードでマシンが突っ込む度に水飛沫が上がり、それに紛れて人々の歓声も聞こえてくる。これは中々期待できそうだ。
待ち時間はアプリに表示されている通り三十分程度。定番人気のアトラクションであることを考えれば少ない方だろう。
とりあえず二人で最後尾に並んだところで、スマホを手に取った雄一は動画サイトにアクセスした。
一説によると、テーマパークでのデートはカップルが別れる原因になりやすいとのこと。理由の一つにはアトラクションの待ち時間があり、長時間待たされることで話題が尽きて気まずいムードになるとか。あくまで自分たちはカップルでなく友達だが、そういったリスクを考慮しておくに越したことはないだろう。
そんなことを考えながらスマホを操作していると、またもや澄乃が自信あり気な笑みを浮かべている。
「暇潰しになればと思って、色々用意してきたんだー」
そう言って笑いながら見せてきた澄乃のスマホの待ち受けには、テーブルゲームやクイズ等、多種多様なゲームアプリのアイコンが並んでいた。学校ではスマホゲームに興じている様子を見たことがなかったので、今日のためにわざわざインストールしてきてくれたということなのだろう。澄乃の用意周到さには舌を巻いてしまう。
「用意が良いんだな」
「私が誘った側だしね。退屈させないように気を付けないと」
「心配性だなあ。そこまで気を遣わなくても大丈夫だぞ?」
「そうはいきません。誘った時に言ったでしょ? 日頃お世話になってる感謝だって」
「へいへい、分かりました」
降参とばかりに両手を上げる。
とはいえ、チケットといい退屈しのぎの暇潰しといい澄乃に用意されてばっかりだ。その心遣いは嬉しく思うが、貰ってばかりというのは性に合わない。こちらもそれなりに手札を用意してきたつもりなのだから。
少し意地の悪い笑みを浮かべた雄一は、自身のスマホに表示されたままの動画サイトのページをあえて見せつけるように澄乃の前で振ってみる。
「なあ白取、昨日、『パンダの超可愛いリアクション五十選!』っていう動画見つけたんだけど、これはまた今度で――」
「何それ詳しく」
だいぶ食い気味の反応を示した澄乃を落ち着かせて、雄一は笑いながらパンダのサムネイル画像をタップする。
それからしばらく、「可愛い! これすっごい可愛いよ英河くんっ!」と騒ぐ澄乃と、そんな彼女と動画を半々に眺めながら「そうだなあ」と相槌を打つ雄一であった。




