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第34話『作戦会議』

「おっす、お待たせ」


 放課後の学食。澄乃と紗菜が席に座って待っているところに雅人が顔を出した。テニス部の顧問に呼び出されていたということで、少し遅れての合流だ。


「ごめんね。テスト前に時間取らせちゃって」


 雅人が席に着いたところで、対面に位置する澄乃は改めてといった様子で頭を下げる。


「気にしないでいいよ。そこまで切羽詰まってるわけじゃないし」


「右に同じく。むしろちょうどいい気晴らしだ」


 やや緊張気味の澄乃を察して、紗菜はひらひらと手を振り、雅人もカラカラと笑う。そんな二人の態度に肩の力を抜いた澄乃を見て、紗菜は気付かれないように苦笑を浮かべた。


 少し時間を取らせたくらいでこうも畏まるなんて、なんとも律儀な性格だ。澄乃の人当たりの良さは十二分に理解していたつもりだが、改めてそれを思い知らされる。


「二人とも、ありがとう。それで、えっと……実は二人に折り入ってお願い……というか訊きたいことがあって――」


「雄一のこと?」


 澄乃の言葉を先回りすると、分かりやすいぐらいに彼女の身体はビクッと震えた。


「あ……やっぱり、分かる……?」


「まあ、そりゃこの人選だしね」


 苦笑しながら横の雅人を見ると、彼も彼で話の内容におおよその予想を付けていたのか、特に驚いた様子もなく頷いている。


 そもそも最近の澄乃の様子を考えるに、何かしら悩みなり相談があるのならまず雄一に話がいくと思う。それを避けて、指名した相手が雄一と仲の良い二人。とくれば話の内容は本人には聞きづらい、あるいは勘付かれたくないものであることは想像に難くない。


「それで、具体的に何が聞きたいの?」


 先を促す紗菜の言葉に少しばかり考える素振りを見せた澄乃は、ややあってから恥ずかしそうに口を開いた。


「その……実は英河くんにしっかりとしたお礼をしたいと思ってて、それに当たって英河くんが貰って嬉しいものとか、してもらったら喜ぶこととかを教えてもらえたらなーと……」


「お礼? 雄一に?」


「うん。色々とお世話になりっぱなしだから、改めてちゃんと恩返ししたいなって思うの」


「なるほどねえ……」


 そんな言葉を漏らしつつ、紗菜はこれまでの二人の関係を思い返してみる。


 元々雄一と澄乃の関わりは、ゴールデンウィーク中のお祭りでナンパから助けたことが始まりだ。その後も雨の日に傘に入れて送ってあげたという話も聞いたし、直近でならオリエンテーションでの一件もある。確かに色々と世話になったところはあるのだろう。


「でも、最近はあいつに勉強教えてやってんだろ? 恩返しっつーならそれでいいんじゃないのか?」


 雅人の言葉に紗菜も頷く。なにせ学年首席、しかも異性に大人気の美少女からの個人レッスンなのだ。今の雄一はだいぶ恵まれた立場にいると思う。もっとも、それは雄一の人助けという実績あればこその話ではあるが。


「最初は私もそのつもりだったんだけど、なんだか、それだけじゃ足りない気がしてきて

……」


 曖昧な笑みで頬を掻く澄乃。


 ギブアンドテイクの度合いは計りかねるが、本人がそう言うのなら恩を貰いすぎているのだろう。恐らく雄一は『勝手にやったことだから』とか言って気にしないだろうけれど、澄乃としてはそれだと納得いかないらしい。


「雄一が貰って嬉しいものね……。そこら辺は雅人が詳しいんじゃない? この中だと一番付き合い長いんだし」


 澄乃は今年の五月の初め、紗菜は高校に入ってから。対して雅人は中一の頃からの付き合いだ。単純な期間だけで言っても倍以上は違う。


 その分雄一の趣味嗜好は把握しているはずなのだが、話を振られた雅人はかなり思案気に眉を歪めていた。


「うーん……貰って嬉しいものって言っても、雄一は基本的に物欲無い方だからなあ……」


「あれは? ヒーロー物好きなんだし、変身ベルトとかそういう玩具。メインキャラのヤツだったら気に入るんじゃない?」


「それが割と微妙なんだよなー。あいつ物欲無いくせに、本当に気に入ったものはさっさと自分で買うタイプだから、欲しいものは粗方揃えてるかもしれない。それにイマドキのヤツって、主要アイテムだけでも結構な金額になるんだよ。あいつの性格上、下手に高いものを貰うと逆に委縮する可能性が高い」


「あー、ありそう……」


 人に世話を焼きたがるくせに、自分が世話を焼かれるのは躊躇う。雄一のそんな人となりを知っている紗菜としては、高価なプレゼントを貰って戸惑う雄一の姿がありありと想像できてしまう。


 澄乃もそれは同じようで、「確かに……」と納得するように言葉を零していた。


「じゃあ、トレーニング用品は? 雅人の実家スポーツショップなんだし、何か良さげなのあったりしない?」


「悪かないけど……店側の人間から言わせてもらうと、やっぱ微妙だ。トレーニング用品はそれこそ個人の使用感が大事になってくるし、雄一もウチで買い物する時は結構長い時間かけて吟味してるからな」


「んー……こうして考えてみると、雄一って割と手強いね」


「だな」


 二人してうんうんと頷く。


 一方、対面の澄乃は「うーん……うーん……」と心底頭を悩ませていた。


 これはいけない。澄乃の悩みを解決するために相談にのっているはずなのに、このままでは余計に悩みを深めてしまう。


「ま、まあ、あんまり深く考える必要はないと思うぜ? あいつは気持ちが込もってればってタイプだし」


 悩みを和らげるように明るい声音で話しかける雅人だが、澄乃の様子はあまり変化しない。律儀で生真面目な性格が災いしてか、納得のいく答えが出ないかぎり好転することはないだろう。


(全く、こんなに思い悩んでもらえるなんて雄一は幸せ者だね……)


 紗菜の口許にまた苦笑が浮かびそうになるものの、唇を引き結んでそれを堪える。なにせ話はほとんど進展していないのだから、いつまでも余裕かまして笑っていられない。せっかく澄乃が頼ってくれたのに、これでは白羽の矢が立った身として立つ瀬がないというものだ。


 その時、まるで頭の上で豆電球が点灯するかのように、紗菜の脳内に一つの妙案が思い浮かんだ。


「ならさ、二人で遊びに行くってのはどう?」


「遊びに?」


 意図を図りかねて疑問符を浮かべる澄乃に、紗菜は「うん」と頷いてみせる。


「エスコート――だとちょっと意味が違うかもだけど、どこか面白いところに連れてって楽しんでもらうって感じでさ。雄一の性格を考えると一方的に何かを貰うよりは、白取さんも一緒になって楽しめる形の方が気兼ねなくいけると思うからね」


「なるほど。……でもそれって、いわゆる……」


 男女が二人で出かける――その行為を意味する言葉を思い浮かべたであろう澄乃の頬にほんのりと羞恥の色が差した。特別“そっち方面”の趣味がない紗菜ですら、思わずぐっときてしまう表情を浮かべている。


「あ……まあ、白取さんが嫌なら無理にとは言わないけど……」


「う、ううん! 嫌とか、そういうのは全然ないっ! 私は、ないんだけど、逆に英河くんが迷惑だったりしないかな……?」


「そこは大丈夫だと思うけど……どうなの、そこら辺?」


「そこで俺に振るのかよ……。まあ、迷惑ってことはないだろう。男の目線から言わせてもらっても、白取さんぐらい可愛い女子から誘ってもらって嬉しくない奴はいないだろうし」


「あ、ありがと……」


 雅人からの何気ない褒め言葉に、またもや頬を赤らめる澄乃。てっきりその手の賞賛は言われ慣れていると思ったが、意外とそうでもないらしい。そんな一面がまた紗菜の庇護欲をかき立てる。


「でも、楽しめるところかあ……。どこがいいんだろ?」


 方針は定まったものの、その内容まで決まったわけではない。新たに湧いて出た問題に澄乃が頭を悩ませ始める中、それを遮るように紗菜は「はいはーい」と手を挙げた。


「もし良かったらなんだけどさ……」


 テーブルの横に置いていた鞄を手に取ると、紗菜はその中に手を入れて中身を探る。


 実のところ、二人で遊びに行くという案を思い付いたのは“あるもの”の存在によるところが大きいのだ。それを提供することに若干の口惜しさは感じるけれど、正直持て余していたところもあるので、有効利用できるのならそれに越したことはない。


 目当ての物を探り当てて鞄から引き出すと、まるで手品師がカードを引き当てるかのように、どこか芝居がかった動きで澄乃に見せつける。


「“コレ”を使う――ってのはどうかな?」


 紗菜が二本の指で挟んだ物体――それが何であるかを理解した澄乃は藍色の瞳を丸く見開いた。


「そ、それは……!」

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