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EX2『また一歩、大人の階段を』

 最後にお知らせがあります。

 三月三十一日と言えば、雄一にとっては何においても優先しなければならない出来事――恋人である澄乃の誕生日という一日だ。付き合い始めて最初の機会は色々とすったもんだがあったものだが、それ以降は毎年予定を空けてしっかり祝っている。


 そしてその祝いの席も――今年で四回目だ。


「雄くーん、これ持っててくれる?」


「ほいきた」


 すっかり外も暗くなった午後七時台、自宅のキッチンで調理のラストスパートに入る澄乃に呼ばれ、雄一は即座に腰を上げた。澄乃が目線で示す一皿を手に取ると、盛り付けを崩さないよう慎重にローテーブルまで運び、またすぐにキッチンへ戻って次の皿へと手を伸ばす。誕生日ぐらい料理も任せてくれていいのに、と澄乃の指導で自炊の腕が向上した雄一は思うのだが、本人がとても張り切っているのでこうして好きにさせている。


 まあ、向上したといっても澄乃の方が格段に上なのは揺るがない。それに、今日は今までと違って特別(・・)な日でもあるので、達人の絶品料理が相応しいだろう。


 ほどなくして全ての料理をテーブル上に並べ終わると、エプロンを脱ぎ、料理中は後ろでまとめていた髪を解いた澄乃がキッチンから歩いてくる。自分のすぐ隣にクッションを置いた雄一がぽんぽんとそれを叩けば、「ありがとう」と柔らかく微笑んだ澄乃はすぐに腰を下ろした。空腹を刺激する料理の匂いが漂う中でも、澄乃の甘い匂いは掻い潜るように雄一の鼻を撫でる。


「澄乃、誕生日おめでとう」


「うん、ありがとう」


 この後の本命のために、お互いここではさらりと言葉を交わす。そしてどちらからともなくテーブルに置いたお揃いのグラスを持つと――二人の間でカチンと高い音が鳴った。


『かんぱーい!』


 澄乃と息を合わせて唱え、雄一はぐいっとグラスを(あお)った。


 口の中に流れ込んでくるのはジュースのような甘さと、しかしそれとはどこか違う――アルコール(・・・・・)の独特な風味。一気に飲み切らずに適当なところでグラスを水平に戻すと、似たようなタイミングで一息ついた澄乃と目が合った。


 綺麗な藍色の瞳が、ふにゃりと嬉しそうにふやける。


「とうとうお酒デビューしちゃったねえ」


「だな。改めて誕生日おめでとう。これで澄乃も大人の仲間入りだ」


「えへへ、雄くんに追いついたー」


“少女”から“女性”への一段を上った彼女を称えるように、サラサラの銀髪の上からゆっくりと頭を撫でる。ふにゃふにゃと(とろ)けた笑顔を浮かべる澄乃を見られるなら、もうこのままずっと撫でてあげても構わない。


 ――今日は白取澄乃、二十歳(はたち)の誕生日。約一ヶ月前に一足先に二十歳になった雄一はもちろん、これにてとうとう飲酒が解禁された澄乃は、今日という日を二人のお酒デビューの日としていたのだ。


「ごめんね、私のせいで一ヶ月も我慢させちゃって」


「気にすんなよ。一日でも早く飲みたかったわけじゃないし、どうせなら一緒の方が楽しいだろ?」


「ふふ、ありがとう。それじゃあ色々おつまみも用意したし、今日はとことん呑もうね!」


「あくまでゆっくりな」


 テンションが上がっているのは雄一も同じだが、ペース配分は大事だ。そもそもお互いアルコールへの耐性が未知数なので、それを探る意味での二人きりの酒の席でもある。


 ウキウキと肩を弾ませる澄乃を眺めながら、雄一は澄乃の手料理を堪能すべく箸を手に取った。










 乾杯と同時にちょうど良く始まった映画のエンドロールが流れている。色々とツッコミどころはあったものの、何だかんだで最後は大団円に終わったので総じて良作だったと言えるだろう。


 それはそうと。


「……ねえ雄くん、これ何本?」


「三本」


 左手の人差し指と中指、薬指を立てて見せてきた澄乃にあっさりと答える。


「じゃあこれは?」


「両手合わせて七本」


「……正解」


「澄乃、ちょっとこのかけ算解いてみてくれ」


「――837」


「早っ。というか暗算かよ」


「計算は得意だもん」


「…………」


「…………」


「……意外と酔わないもんだな」


「だねえ」


 エンドロールが完全に終わって訪れた静寂。空になった酒の缶やビンを前にした雄一の呟きに澄乃の苦笑が重ねる。


 どうやら雄一も澄乃も、アルコールへの耐性は結構強かったらしい。もちろん全く影響が無いというわけでもない。頭の奥がぼんやりと熱くなるような軽い酩酊感はあるし、隣で食べ終えた料理の皿を重ねている澄乃の頬もしっかりと赤く色づいている。


 しかしたった今確認した通り、二人とも頭自体はしっかり働いているのだ。


 色々と身構えすぎたのかもしれない。まずはアルコール度数の低いものから始めたり、空きっ腹に酒を入れると悪酔いすると聞いたからおつまみを多めにしたり、万が一嘔吐しそうな時のことを考えて洗面器やタオルを用意したり。


「なんかちょっと拍子抜けだよねえ」


「確かに。でもまあ、強いか弱いかで言ったら強い方がいいだろ」


 澄乃に同意こそしたが、雄一としてはある意味一番の結果だったかもしれない。もし澄乃が酒に弱かったりしたら、今後雄一のいないところで彼女が飲み会などに参加する際、きっと無事に帰ってくるまで気が気でならない。


 澄乃を大事にしたい気持ちは年々衰えるどころか強まる一方で、そんな雄一にとって、他の男が付け入る隙が減ったというのは正直ありがたかった。


 なにせ、ただでさえ澄乃の美貌は留まることを知らない。歳月を重ね、少女としての瑞々しさを残しつつ、大人の魅力もしっかり培っている彼女。色白な素肌はそのまま、元々抜群だったスタイルはより色っぽく、雄一に向ける笑顔にも淑やかさが増してきた。


 こんな反則級の美少女――改め美女は男なら放っておかないはずなので、酒ではそう簡単に籠絡しないというのは嬉しい情報だ。


 ……もっとも本音を言えば、残念に思ってしまう部分もあるのだが。


「雄くんが酔っ払ったらどうなるか結構興味あったんだけどなあ」


「それに関しちゃお互い様だ。酔った澄乃がいつも以上に甘えてこないかとか期待してた」


「あはは、お互い当てが外れちゃったね」


 上機嫌に笑う澄乃。ひとしきり笑った澄乃は自分のグラスにわずかに残っていた酒を飲み干し、そのまま雄一の肩にしなだれかかる。雄一の手の甲に澄乃の手の平が重なり、からかいの色を帯びた藍色の瞳が上目遣いで向けられた。


 赤く色づいた頬は、いつの間にかより濃い薔薇色に。


「ねえ雄くん? そんなに甘えてほしいんなら……別に酔ってなくてもしちゃうんだけど?」


 艶めいた唇が官能的に弧を描く。誘うように紡がれた言葉にあっさりと魅了された雄一は、ゆっくりと澄乃の頬に手を添えるのだった。

 日々のご愛読、まことにありがとうございます。前々からの予告通り、このたび新連載を始めることになりました!

 両片思いのラブコメ、今作が気に入った方ならきっと楽しんで頂けると思いますので、よろしければ応援よろしくお願いしますm(_ _)m


『頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで』

 https://book1.adouzi.eu.org/n7928hj/

 高校二年生の天見優人あまみ ゆうとが通う学校には、飛び抜けて有名な美少女の空森雛そらもり ひながいる。学業に優れ、礼儀正しく、生真面目ではあるけどいつも頑張り屋な女の子。

 たまたま荷物持ちを手伝って、その流れで優人が趣味で作ったお菓子をあげたりすることはあれど、学年も違う以上、不愛想気味な自分と彼女が関わる機会なんてそうそうあるわけもない。


 ――そんな風に思っていたのだが。


「……家出、してきたんです」

「……は?」

「だから……家出です。私、家出してきちゃいました」

 偶然夜の街で出会った雛から言われた、予想外の出来事。結局、優人の伝手を頼って彼が住むアパートの隣に引っ越すことになり、二人はお隣さんとしての緩やかな始まりを迎える。

 食事を共にしたり、ご褒美に甘い物を作ってあげたり、時にはデートみたいなお出かけもしてみたり。


 ただの先輩・後輩から隣人へ、そしてかけがえのない存在へと。ゆっくり距離を縮める遅効性ラブコメディ。

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